米大統領選は、ヒラリー・クリントン氏優勢の戦前の予想を覆し、ドナルド・トランプ氏の勝利に終わった。投開票前日の11月8日、米ハフィントンポストは、「98.0%クリントン氏が勝利する」「選挙人538人のうち、当選ラインの270人を大きく超える323人を獲得する」との観測記事を掲げていた。今年6月に行われたEU(欧州連合)離脱を巡る英国の国民投票でも、同じような展開が見られた。接戦という下馬評を脱して直前に優勢と伝えられた陣営が、ともに苦杯をなめている。なぜ直前の予測がここまで覆されるのか?

投開票前日に「98.0%クリントン氏が勝利する」と予測した米ハフィントンポストのサイト
投開票前日に「98.0%クリントン氏が勝利する」と予測した米ハフィントンポストのサイト

 詳細は今後の分析を待つ必要があるが、世論調査といっても、特に対面の場合には人は本心と異なる回答をする、つまり“ウソをつく”場合があることには、留意しておく必要がある。

 例えば、バラク・オバマ氏が勝利した2008年の米大統領選を前に、「黒人(の血を引く)大統領の就任を歓迎しますか?」という世論調査をしたと仮定して、対面している調査員が白人だった場合と黒人だった場合では、結果はどうなるか。また、今回の大統領選で「女性初の大統領就任を歓迎しますか?」という世論調査をしたと仮定して、調査員が男性だった場合と女性だった場合では、結果はどうなるか。

 回答者の考えは1つのはずだが、調査員の属性によって調査結果がブレる可能性は十分にある。例えば日本で夫婦別姓を選択できる制度の是非について調査した際に、調査員が年配の男性である場合と若い女性である場合とでは、やはり結果がブレる可能性がある。調査員が年配男性であれば夫婦別姓に反対し、若い女性なら賛成と答える人も出てくるだろう。

“虚偽回答”は悪意からではない

 こういった“虚偽回答”をするのは決して悪意があるからではない。目の前の相手(調査員)に対する“遠慮”が働いたり、相手が期待しているであろう回答を想像して、そう見られたい、思われたいという姿に回答を合わせようとする「ええかっこしい」の性質が回答に影響する可能性もある。こうした性質は誰しも少なからず持ち合わせている。従って、「来たる衆院選であなたは投票に行きますか?」という質問をされれば、「行く」という回答が実際の投票率より10~20%高く出るのが常である。対面の世論調査に“ウソ”は付きものと考えたほうが良さそうだ。

 今回の米大統領選で、トランプ氏支持層は「低学歴・低所得の白人男性」が中心であるとのレッテルが当初から貼られてきた。それだけに、当該層や、じわじわとトランプ氏への支持が広がっていったとされる中間層は、こうしたレッテルを自らに貼られることになる世論調査にはあまりまともに向き合いたくなかったのではないか。調査に対して回答しなかったり、ウソをついたりした人が少なからずいた可能性は十分にあるだろう。英国のEU離脱(BREXIT)でも、事前の世論調査では、実際は離脱派だった低所得の中高年層のボリュームを捉えきれなかった。

 “ええかっこしい”は調査員が介在する対面調査で現れやすく、調査員が介在しないネットリサーチならば本音を出しやすい。従って、調査手法がネットリサーチに移行していることは、実態に近い結果を得やすくなっている面はある。ただし、低学歴・低所得層は、ネット回答モニターとしては確保しづらい層とされている。これも調査結果と選挙結果とでズレが生じる要因になっていると考えられる。本来この層はさほど投票率が高くないため、捕捉できなくてもこれまでは選挙の大勢に影響を及ぼさなかった。それがBREXITと大統領選においては、既存の秩序やエリート主義に対抗する一大勢力となって、結果を揺るがす影響を持つに至ったようだ。

マーケターにとって他人事ではない

 英国・米国でのどんでん返しは、日本企業のマーケターにとって決して他人事ではない。マーケティングリサーチでも、設問の仕方によっては、消費者は本音と異なる“ウソ”の回答をする可能性があるからだ。

 例えば、健康志向への関心の高さを尋ねようとして、設問が「あなたは自分の健康が気になりますか?」「健康に良い食材のメニューがあれば注文してみたいと思いますか?」といった設問なら、大抵の人は「Yes」と答えるだろう。優等生的な回答を半ば強いるような設問では、消費者は、実際には健康に関心が薄くても追従する可能性が高い。従って、ここで得られた回答を基に、飲食店が「野菜たっぷりバーガー」を投入しても、確実に売れる保証はない。飲食店の業績V字回復の救世主は「テキサスバーガー」だったりするのだ。

 「世間体として、『こういう人間』と思われるのには抵抗がある」──。そんな要素を含む調査では、人は特に悪意はなくとも、実際に取る行動とは異なるウソをつくことがある。サイレントマジョリティーの嗜好やインサイトを読み違うと、マーケターも痛い目に遭いかねない。米大統領選から学ぶことは多い。

◆書籍『だから数字にだまされる』(小林直樹著、日経BP社)第1章で、「若者の政治離れ」の真相について、第6章で、開票率数%で「当確」が打てるカラクリについて解説しています。