【対策編】3つのポイントで効果計測を

 電通を舞台に発覚した今回の不正は、すべて電通側に非がある。とはいえ、広告主側に落ち度がなかったとも言い切れない。今回、被害に遭った企業は、そのほとんどがブランディングに運用型広告を活用していたケースのようだ。「現時点では、ダイレクトマーケティング系の広告主からは1社も被害の報告を受けていない」と日本アドバタイザーズ協会(JAA)の鈴木信二専務理事は言う。

 というのも、「ダイレクトマーケティング系の顧客の場合、広告主側の担当者がCPA(顧客獲得単価)や顧客獲得数などの数字を厳しく追いかけている」(ネット専業広告代理店の元社員)ため、不正がしにくいからだ。

 ところが、ブランディング広告の場合には、広告主側でも明確な指標を策定できていないケースが少なくない。自社で指標を持たず、広告代理店の作成するレポートの数値だけを見ていては、不正が行われていても見抜けない。広告主側も、運用型広告について一定の知識を身につける必要がある。

 広告技術を開発するFringe81の佐藤洋介プロダクト責任者は、「3つのポイントで複合的に分析すべきだ」とアドバイスする。1つ目は媒体自身が計測する指標。いわゆる媒体から上がってくるレポートだ。次に広告主側での媒体ごとの分析だ。これは広告管理ツールで取得する。これらのデータに対して、「人が介在することなくデータを収集できるダッシュボードを持つのが2つ目のポイントだ」と佐藤氏は説明する。例えば、グーグルが提供する「Google データスタジオ 360」は、広告出稿データやアクセス解析データを一元的に扱えるダッシュボードツールだ。こうしたツールを使うことで、「人為的な計算ミスなどを防げる」(佐藤氏)。

 そして、これらとは別の3つ目のポイントが第三者配信だ。第三者配信は、広告を掲載する媒体社のサーバーからではなく、広告を出稿する広告主など、第三者が管理するサーバーからネット広告を配信する仕組みだ。これにより、複数の媒体やプラットフォームのデータを一元的に管理して評価できる。こうした3つのポイントで評価することで、不正防止につながる。

 また、意図せぬ動画への広告配信などによるブランド毀損を防ぐためのアドベリフィケーションツールも日本で登場している。Momentum(東京都港区)がSSP(サプライ・サイド・プラットフォーム)事業のfluct(東京都渋谷区)と共同開発した「Axia(アクシア)」は、アドベリフィケーション技術を用いた動画広告特化の広告買い付けツールだ。広告枠を購入する前に、その枠がURL単位で違法・暴力・性的などの要素を含み、企業のブランド価値を損なうと判断した場合に広告出稿を防ぐ。

 動画広告はまだ市場が未発達のため、広告の在庫量も少なく、広告主の求める露出量を満たすには、ブランド価値を危うくしかねない海外の動画サイトへの配信を余儀なくされている面もある。こうしたツールを使うことで、ブランド毀損を防ぎながら広く出稿することができる。

日本アドバタイザーズ協会は来年、デジタルメディア委員会を発足すべく準備中
日本アドバタイザーズ協会は来年、デジタルメディア委員会を発足すべく準備中

 業界団体として透明化に努める動きもある。JAAは2017年に、「デジタルメディア委員会」を設立することを目指して準備を進めている。委員会設置の狙いについて鈴木氏はこう説明する。「例えば、字幕付きのテレビCMの普及を図ろうという動きがあるが、その費用については誰が負担するのかといったことを協議する場合、JAAに電波委員会という組織があり、同委員会を通じて日本広告業協会(JAAA)の相対する組織や、日本民間放送連盟と団体間で協議している。これと同様に、デジタルメディアについても団体間で協議をしやすくするためだ」。

 設立した後の最初の議論の焦点は「取引の透明化」だ。広告のビューアビリティやアドフラウド(不正広告)など、さまざまな面で不透明な部分も残る。こうした課題の解決に向けて、業界全体として議論を進めたい考えだ。

 「契約書の作成段階でペナルティーの項目を盛り込めば、不正のリスクを抑えられるのではないか」。こう提言するのはコスモポリタン法律事務所の平野敬弁護士だ。例えば、広告代理店側に違反があった場合に請求額の倍額を支払うといった項目を盛り込むことで、不正リスクを減らせる可能性がある。ペナルティーの項目を盛り込むだけでなく、「契約書で広告出稿のログの保存を義務付ければ、後からチェックすることもできるだろう」(同事務所の高橋弁護士)。

ネクスト、自動運用ツールを内製化

 さらに先進的な取り組みとして、広告の自動運用ツールを内製する企業もいる。不動産・住宅情報サイト「HOME'S」を運営するネクストは10月から、一部の子会社向けに、ディスプレイ広告の自動運用ツール「Charlie」の提供を始めた。

ネクストは自社開発した入札ツールでインハウス化を進める
ネクストは自社開発した入札ツールでインハウス化を進める

 Charlieは「Yahoo!ディスプレイアドネットワーク」と「Google ディスプレイ ネットワーク」に対して、入札から広告クリエイティブの入稿、そしてレポーティングまでを自動で行うツールだ。「いずれは完全な全自動にしたいが、現時点では提供を開始したばかりのため、子会社のマーケティング担当者が、システムが正常に稼働しているのを見ながら予算の調整などを行っている状況だ」とHOME'S事業本部マーケティング戦略部マーケティングオートメーションユニットの渡邉雄三ユニット長は言う。

 こうした仕組みを事業会社が自ら開発するケースは極めてまれだ。本業とは離れたシステムの開発に投資をする判断も難しい。だが、その背景にはネクスト本体での成功体験がある。同社では、2015年に検索連動型広告の自動入札システム「Mam」を開発している。開発を決めた当時も、本業ではないシステムの開発の是非について議論が分かれたという。開発を後押ししたのが、2014年に買収したスペインの不動産情報のアグリゲーションサイト「Trovit」を運営するトロビット・サーチだ。「同社は広告運用を内製化しており、成果を上げていた。これに刺激を受け、国内でも内製化の機運が高まった」と渡邉氏は振り返る。

 利用できるデータの幅が広がることも、開発する上で大きなメリットだった。自社開発システムであれば、顧客データや売り上げデータなど他社のシステムには渡しにくい、基幹システムに蓄積されているデータも活用できる。それらを活用することで、より精緻な入札のアルゴリズムを開発できると考えた。こうして開発したMamは大きな成果を上げた。2015年11月の中古マンションの購入の問い合わせ件数は、前年同月比で50%増加。検索連動型広告の運用の作業時間は、85%削減された。

 大きな成果を上げたものの、「子会社にまでデータサイエンティストを配置して、個別に広告運用のツールを開発するのはコストに見合わない」と渡邉氏は話す。そこで、子会社でも汎用的に使える仕組みとしてCharlieを開発した。Charlieの開発で広告運用の手間を減らし、「マーケターがメールやWebサイトなどの他の施策も含めた、カスタマージャーニーマップ全体の最適化にリソースを割けるようにする」(渡邉氏)。内製のシステムのためデータは当然、すべて自社にたまり、透明性は極めて高い。

 とはいえ、「広告代理店を排除したいわけではない」と渡邉氏は言う。広告運用については自社のシステムでまかなえているが、メディアプランニングなどについては今も代理店と共に策定している。「取り引き形態がコンサルティングと運用なのか、あるいはコンサルティングだけを任せるのかを状況に応じて判断しながら、臨機応変に支援してもらう」(渡邉氏)。

 電通はこうした広告主のニーズを捉え、広告の枠売りからコンサルティング業へと生まれ変わることを目指して7月に電通デジタルを設立したばかり。それゆえ今回の不正の発覚は、自らデジタルマーケティング市場に冷や水を浴びせる格好になった。JAAの鈴木氏は言う。「テレビは整然と取引されているが、それに比べてネット広告はまだ未成熟。きちんと整備して、意義のあるメディアにすべき段階にきた」。ネット広告業界全体で襟を正す時期に差しかかっているのは間違いない。

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