ネット広告を巡る事件や事故で、業界の体質や配信の仕組みの問題などが明らかになった。業界挙げて襟を正すと同時に、広告主側も指標の明確化などを急ぐ必要がある。
電通の不正を皮切りに、ネット広告を巡って事件や事故が相次いでいる。電通の発表の2日前の21日、動画サイト「FRESH! by AbemaTV」に広告ネットワークを通じて配信された広告を発端に、ユニリーバ・ジャパンが消費者から批判を受けた。さらに現地時間の23日、米フェイスブックが動画広告の効果算出の仕組みに問題があったと発表。くしくもネット広告が抱える多くの課題が、数日間で浮き彫りになった格好だ。
米グーグルが広告サービス「Google AdWords」を始めたのが2000年10月。それから14年で、ネット広告市場は国内でも1兆円を超えるなど急成長を遂げた。しかし、その成長スピードの速さゆえに課題は今も山積みだ。
今回、起こったネット広告を巡る事故や事件を他山の石として、業界や広告主が一枚岩となり、健全な発展に努めるべきだろう。そこで、事故や事件の起きた原因や問題点を明らかにするとともに、業界の動向や広告主側でできる対策について紹介していこう。
【事例編】電通、広告ネットワークの課題
「7月ごろにトヨタ自動車から、きちんと広告が配信されているか確認したいため、データを提供してほしいという要請を受けた」

グーグルの関係者はこう明かす。本来なら広告が配信されているはずなのに、全く目にすることがない。さらに、想定している効果も得られない。ところが電通が提出したレポート上では配信されていることになっている。ここに疑問を感じたトヨタは、検証のためにデータの大本であるグーグルからデータを取り寄せて、電通のレポートと突き合わせて分析したのだろう。
電通のレポート上は広告が配信されていることになっているにもかかわらず、グーグルのデータ上では配信されていない。この矛盾をトヨタは突いた。これをきっかけとして電通が社内調査をした結果、広告表示回数などに人為的なミスや故意による虚偽の報告があったと判断。8月15日に中本氏を委員長に据えた調査委員会を発足させた。
調査対象となる広告主企業は、社内にデータが残っている2012年11月以降に、運用型デジタル広告を受注した1810社で、キャンペーン数は約20万件。9月22日時点で不適切業務に当たると判断された案件は633件で、対象となる広告主は111社。この111社に8月下旬から9月上旬にかけて、電通は報告書を送付している。不適切業務に相当する金額は約2億3000万円とした。
そのうち14件、金額にして320万円が、広告が掲載されていないにもかかわらず掲載費を徴収した架空請求に当たる。例えば、本来ならディスプレイ広告を月間で1万回掲載する契約だったが、運用がうまくいかず9000回の掲載にとどまった。こうした場合にも、1万回の掲載分の広告費を徴収していた。
広告を掲載していないにもかかわらず掲載したと虚偽の報告をして広告費を徴収したこのケースは、「架空請求に当たり、詐欺罪に当たる可能性がある」とコスモポリタン法律事務所の高橋喜一弁護士は指摘する。

不正を招いた3つの理由
なぜこのような事態を招いたのか。その理由は大きく3つある。まず、(1)従来の商慣習をネット広告にも持ち込んでしまったことだ。従来の広告事業は、電通が広告在庫をまとめて仕入れて、そこに利益分を上乗せして広告主に販売する。いわば広告枠の卸業とも言える。「その際、広告枠をいくらで仕入れたかといった原価は開示しないのが広告業界では普通だ」(ネット広告のコンサルタント)。広告主が求める露出量などに合わせて広告枠を提供する。電通側で価格の管理がしやすかった。
こうした商慣習をネットの運用型広告にも適用してしまった。運用型広告では広告管理画面に表示される広告のインプレッション数やクリック数がこの原価に当たるだろう。管理画面の数字は広告主側に開示していなかった。ところが、運用型広告は従来の広告と大きく異なる点がある。それは掲載が保証されるものではなく、また、原価を電通側でコントロールできない点だ。
検索連動型広告や、DSP(デマンド・サイド・プラットフォーム)を通じたディスプレイ広告はいずれもリアルタイムの入札制である。競合の出稿状況などによって、入札単価が上下する。そのため、想定よりも広告が出稿できない、あるいは予算を予想以上に早く使い切ってしまうといった事態を招く恐れがある。これを隠蔽するために、さも想定通りに広告を配信したかのように数字を改ざんした可能性がある。
もう1つの理由は、(2)データの不透明さだ。大手食品メーカーの元マーケティング責任者はこう指摘する。「大本のプラットフォーマーは詳細な配信データを持っている。ところが電通内で何をしているのかが外から見えにくいため、手抜きが起こり、不正につながったのではないか」。
本来、ネット広告は配信結果やクリック数といったデータを精緻に取得できる。広告管理ツールの管理画面を見れば、配信した広告のインプレッション数やクリック数、広告の配信単価などが一目瞭然だ。こうした広告管理ツールの管理画面と併せて広告主に結果を報告していれば、不正など起こるはずがない。あるネット専業広告代理店の元社員は「広告主が求めれば、広告管理ツールの管理画面のスクリーンショットを送ったり、管理画面を見せたりすることもある」と説明する。
だが、電通は旧来型の商慣習に則って、管理画面のデータを広告主には開示してこなかった。広告管理画面は開示せず、表計算ソフト「Excel」で複数の広告プラットフォームのデータを統合的に管理してレポートとして提出していた。そのため、手元でデータを改ざんして、実態とは異なる虚偽の報告をすることが可能だった。
しかし、そもそも「(広告プラットフォームの)アカウントは広告主のもの。それを見られないのは根本的に間違っている」(前出のネット広告のコンサルタント)。広告プラットフォームは、閲覧する人によって権限を変えられる。この閲覧権限を広告主側に付与するだけでも透明性を高められる。電通においては、「広告の配信データを、広告主が直接見られるダッシュボードの開発を検討し始めている」(電通関係者)。信用回復のためには、電通自身が率先して、こうした情報の開示に努める必要があるだろう。
理由の最後は、(3)チェック体制の不備だ。電通ではレポートを作成する際に、検索連動型広告やDSPを通じて配信したディスプレイ広告、SNS広告など、さまざまなプラットフォームの配信データを1つのExcelシートに取りまとめていた。このような複雑な作業をしているにもかかわらず、「おかしな点を発見する管理体制が不十分だったことは間違いない」と中本氏は振り返る。
マス広告については、「出稿する部門と、実際にテレビCMなどが放送されたことを確認して請求書を発行する部門が異なる。部門を分けることで緊張感を保っているため、不正が起こることはありえない」と中本氏は断言する。だが裏を返せば、ネ ット広告部門ではこの役割分担ができていなかったということでもある。そして、「(広告を運用する)本人以外は数字を見ていなかった」(中本氏)ため、不正を見抜くことができなかった。