「熱さまシート」「アンメルツヨコヨコ」「サロンパス」「ハイチオールC」「イブクイック頭痛薬」……。2014年9月、中国の大手ネットメディアに、「日本に行ったら絶対に買うべき12の『神薬』」と題した記事が載った。

 中国人から見れば、日本のドラッグストアは、本国より商品を安く購入でき、偽物をつかむリスクもなく、品質も高いため、訪日時に薬を購入しようとする意欲は高い。そこへ神12薬のようなキャッチーなお墨付き記事が出ると、それが実際には本国で買える品であっても、微博などで拡散・共有されて訪日予備軍の買い物リストに加わり、やがて「爆買い」を引き起こす。

 この神12薬の中に5つの自社商品が含まれていたのが小林製薬だ。2015年4~6月の液体絆創膏「サカムケア」の売り上げは、前年同期比で5.4倍増。二の腕のブツブツを治す「ニノキュア」が同約5割増。「熱さまシート」も同約4割増と売れに売れた。同社は今春からインバウンド対策のスタッフを配置し、訪日客が多い店舗で重点的に中国語の店頭広告(POP)を展開するなど、訪日中国人客が購入しやすい環境の整備を進めている。

現地とタイアップする資生堂

 神12薬に続こうと化粧品業界も中国向けの訴求に力が入る。 資生堂はヘアケアブランド「TSUBAKI」のシャンプーに、2011年のリニューアルから長崎県五島産の椿油を配合し、同年から上海での現地生産を開始している。以来、同社は県とタイアップし中国でのPRに取り組んでいる。

 今年5~8月にかけて、資生堂の中国現地法人のWebサイト上で、花と一緒に撮影した自分の写真を投稿するキャンペーンを実施して、26万人が参加した。投票で人気の高かった3人と、現地の販促イベントで長崎旅行に当選した2人の計5人がこの10月、タイアップツアーに参加し、椿の搾油などを体験した。県側としては、中国東方航空の上海- 長崎直行便で長崎入りすることで、中国との距離の近さをアピールする狙いがある。参加者と中国の同行メディアは「TSUBAKI×長崎」体験を微博でリアルタイムに投稿した。

 2014年は「髪のきれいな女性」コンテストの当選者を、2013年はTSUBAKIの中国向けイメージキャラクターを務めるトップモデルを長崎に招いた。中国本土を対象にTSUBAKIと長崎の魅力を発信する企画を定例化している。こうした取り組みの結果、数あるヘアケアブランドの中でTSUBAKIを買い物リストに入れる訪日中国人客は多いようだ。

微博アカウント運用のルルルン

微博で「ルルルンを探せ」キャンペーンを実施し、商品写真を多数露出
微博で「ルルルンを探せ」キャンペーンを実施し、商品写真を多数露出
微博で「ルルルンを探せ」キャンペーンを実施し、商品写真を多数露出

 では、資生堂のように中国に現地法人を持つような大企業でないとインバウンド商戦を勝ち抜けないのかというと、必ずしもそうではない。工夫次第で訪日客に情報を発信し、売り上げを伸ばすことは可能だ。

 東京・自由が丘や北千住などの駅構内に店舗を構える流行発信ショップ「ranKing ranQueen(ランキンランキン)」(運営:東急レクリエーション)が発表した「上半期ヒット商品ベスト50」で、容量やタイプ違いの3アイテムがランクインした商品がある。グライド・エンタープライズ(東京都渋谷区)が開発・販売するフェイス用シートマスク「ルルルン」がそれだ。

 人気の理由は、42枚入りで1500円というリーズナブルな価格設定。まず国内でヒットし、トライアル用に販売した300円の7枚入りタイプもギフト需要で売れ筋になった。「かさばらない」「軽い」「安い」「カワイイ」の四拍子そろった7枚入りは訪日客にとってもお土産にピッタリで、売れ行きが加速している。

 グライド・エンタープライズは、今春からルルルンブランドで微博アカウントの運用に乗り出し、併せて4月中旬からの1カ月間、写真投稿キャンペーンを実施した。ドラッグストアなど店頭の棚に陳列されている商品を撮影し、「ルルルンを店頭で探せ」というハッシュタグを付けて投稿すると、抽選でプレゼントが当たるというもの。

 期間中、「マツモトキヨシで購入」「池袋のLOFTで発見」「上野のマルイで買った」といった商品写真付きの投稿が相次いだ。参加対象は訪日中の買い物客に限られるが、狙いはその投稿写真がタイムライン上に流れる多数のフォロワーへの訴求効果にあることは明らか。比較的低予算でできるキャンペーンとして参考になりそうだ。

タイでInstagramを活用するパルコ

 東南アジアからの集客に取り組んだ企業も見ていこう。商業施設運営のパルコは、国内全19店舗のうち渋谷、池袋、札幌、名古屋、福岡をインバウンド重点店舗として対応を強化したことで、2015年3~8月のインバウンド売り上げは、渋谷店が前年同期比55.5%増、売り上げシェアで10%に達した。池袋と札幌は同倍増以上、福岡は同3倍増といずれも売り上げを伸ばしている。

タイからの集客を強化するパルコは、170万フォロワーを抱えるインスタグラマーを起用
タイからの集客を強化するパルコは、170万フォロワーを抱えるインスタグラマーを起用
タイからの集客を強化するパルコは、170万フォロワーを抱えるインスタグラマーを起用

 パルコの場合、中国本土よりもタイ、台湾からの訪日客による売り上げが大きいのが特徴だ。

 タイからの集客で特に成果を上げているのがインフルエンサー施策だ。タイはInstagramの普及率が高く、2年前の調査ではInstagramで投稿件数が多い都市ランキングで1位のニューヨークに次ぐ2位にバンコクが入ったほど。“自撮り”文化が強いお国柄でリーチするため、有力なインフルエンサーに来店・取材してもらい、Instagramに投稿してもらう施策を実施している。

 同社が起用しているPimtha(ピムタ)さんは、170万人ものフォロワーを擁する人気モデル兼インスタグラマーだ。現在はチェンマイ在住だが、大分県別府市の立命館アジア太平洋大学に留学経験がある日本シンパだ。

 同社メディアコミュニケーション部の山口豪氏は、「彼女が渋谷パルコ内の自主編集ショップ『ミツカルストア』に出品している服を着て投稿すると、7万件規模のいいね!が集まる。パルコ案件でこれまで100万件以上のいいね!を獲得している」と説明する。同社は公式Instagramアカウントを開設しているが、フォロワーは約5500人。拡散力には雲泥の差がある。この秋からはミツカルストアで、Pimthaさんがプロデュースしたアクセサリーの販売も始め、拡散のネタを増やしている。

 なお、インフルエンサーを起用したクチコミ施策は有料で、現状、広告表記や関係性の明示が曖昧なため、米国や日本の基準で考えれば「ステマ」のように映るケースもある。タイでは現在、ステマが問題であるという意識が極めて希薄だ。ステマや個人情報に対する厳格さは国・地域によって違いがあり、また5~10年スパンで変化も起こりうる。その時点の現地の慣習でターゲット層も理解しているのであれば、本誌としてここでは是非の判断は避けたい。

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