増え続ける訪日観光客が支えるインバウンド需要の獲得で成果を上げる企業が出てきた。その先頭を行く企業の取り組みは、国内の消費者を対象にしても応用できそうだ。
速い!寿司が超特急でやってきた!──。
写真・動画特化型SNS「Instagram」や中国版Twitterと呼ばれる「微博(Weibo)」、そしてYouTubeなどで「Uobei(魚べい)」と検索すると、高速レーンで配送される寿司に歓声を上げる訪日外国人客の動画や写真が、驚きのコメントとともにアップされている。

東京・渋谷の道玄坂を上る途中、細い脇道を入ったところに“回らない回転寿司”として知られる「魚べい」がある。回転寿司チェーン大手の元気寿司が経営する次世代型店舗で、「タッチパネルによる注文システム」「3段高速レーンで特急配送」がウリ。他の客が注文した握りや軍艦巻きが目の前を行き来し、自分が注文した品は目の前でピタリと静止する光景は、多くの訪日客にとって初めて体験する驚愕のエンタテインメントだ。同店は今、訪日客で混み合う人気店となっている。
ところ変わってラーメン激戦区として知られる東京・池袋。東口の明治通り沿いに、夜遅くまで行列の絶えない人気店「無敵家」がある。行列ができて十余年の有名店だが、以前は終電が近づくにつれて列が短くなっていた。ところが現在は、深夜1時になっても新たに並ぶ人がいて一向に行列が縮まらない。何が起きたのかと深夜、現地に出向くと、行列客の会話からはほとんど日本語が聞こえてこない。列の大半は池袋近辺で宿泊している訪日客だった。
今年の訪日客数は過去最高を上回る
日本政府観光局が9月16日に発表した2015年1~8月の訪日客数は、前年同期比49.1%増の1287万5000人。9月10日時点で1342万4000人を記録し、過去最高だった2014年の1341万3400人を上回った。
このように急増が続く訪日客が、定番の旅行ガイドブックなどと並んで情報源として重視しているのが、個人のブログやSNS、クチコミサイトだ(下図参照)。

無敵家の場合も、長い行列に並ぶ様子を“自撮り”した訪日客の写真がたびたびSNSに投稿されており、行列すること自体が一種のレジャーになっている。
行列が絶えない理由として、旅行系クチコミ情報サイト「トリップアドバイザー」の影響もありそうだ。同店のクチコミ評価は、豊島区の食事ができる施設2684軒中1位。高評価の宿泊施設やレストランに対して授与する「エクセレンス認証」も受けている。この認証が与えられる飲食店は日本国内で800店ほど。ラーメン店はその中でも数が少なく、訪日客にとって貴重な存在だ。
これから旅行を検討している訪日予備軍は、こうしたネット上のクチコミ情報に敏感で、熱心に収集する。そして信頼できる仲間やサイトのクチコミを頼りに、好評な飲食店での食事、あるいは商品の購入を、旅行スケジュールに組み込んでいく。最初に寿司とラーメンを取り上げたのは、訪日客が日本滞在時に食べたいジャンルとして挙げるトップ2であり、SNS上での訪日客の書き込みが特に多いキーワードだからだ。
訪日客を迎える日本の企業や自治体の立場で言えば、訪日予備軍がこうしたクチコミを検討する段階で、自社の商品や店舗、地域が候補に上がっていなければ、訪日客による“インバウンド特需”を味方にするのは容易ではない。本特集では、まずインバウンド需要の取り込みを目指す企業が、訪日客のニーズをどのように把握しようとしているのかに着目。次いで、成功を収めた企業がどのような手法で訪日予備軍や訪日客に情報を発信し、購買につなげているかを分析した。訪日客だけでなく、日本の消費者にも通じる手法があるかもしれない。
観光庁は9月、「年間訪日客数は何も起こらなければ1900万人に届く勢い」との見通しを示した。もっとも、1~8月のペースが9月以降も続くと通年でちょうど2000万人となり、2020年の目標値を5年前倒しで達成する可能性も出てきている。

そこで、さまざまな企業・団体が、訪日客のニーズを把握しようとアンケート調査を実施して、訪日客の行動パターンを数値化して公表している。例えば、「訪問先のトップは新宿。次いで銀座、浅草」「訪問回数は初めてが○%、2回目以上が△%でリピーターが増加傾向」といった具合だ。こうしたマクロの動向は、確かに大前提の知識として押さえておく必要がある。
だが、訪日客は決して「新宿派」や「初訪日派」などアンケート項目に沿ってパターン化されているわけではない。例えば東京・秋葉原には、家電購入のために訪れた人もいれば、萌え文化体験を目的に訪れた人もいるだろう。両者は前後の行動もそもそもの嗜好も大きく異なる。訪日客のペルソナを複数パターン作って対策を練るには、アンケート調査だけでは不十分なのだ。
ここで役立つのが、前述した通り、訪日客が書き込むSNSである。移動経路や食事、買い物の実態を積極的に投稿する訪日客のSNSにフォーカスすることで、彼らの行動を可視化し、本音や不満を把握できる。訪日客を狙う企業や団体は、訪日客のSNSを分析することで、打つべき次の一手が見えてくるのだ。
「ベジタリアン」がSNS分析のキーワードに
以前から提供しているソーシャルリスニングサービスで、訪日客のニーズを把握するサービスを今後展開予定のNTTコム オンライン・マーケティング・ソリューション(東京都品川区)。同社リサーチ&CRM本部の石田佳之氏は「ベジタリアン」をSNS分析のキーワードの1つに挙げる。
例えば、厳格な完全菜食主義者である「ヴィーガン」は、訪日前になかなか情報を入手できず、店探しに苦労している投稿が見られるという。ここ数年でイスラム教徒向けのハラール対応は日本でも進んだが、ベジタリアンは意外な盲点だ。
専用メニューを用意する飲食店はあるが、その情報を求めている人々に十分に届いていない。ヴィーガンはSNS上で「#vegan」「#veganinjapan」といったハッシュタグをたどって情報収集をしているため、SNSでハッシュタグを付記して告知すれば彼らの目に留まり、旅行準備段階で候補店に入る可能性が高まる。
飲食店情報サイトなら、料理ジャンルの絞り込み機能でベジタリアン対応の追加を検討することができるはずだ。食品メーカーにも商機があるかもしれない。SNS分析を深掘りすることで、こうした隠れたニーズを浮き彫りにできる。利用価値はありそうだ。