動画サイトの利用者拡大や、Facebookなどの動画対応、動画広告サービスの勃興など、ネット動画をマーケティングに活用する土壌が整い、それに合わせて動画の利用に踏み切る企業が増えている。パナソニックも積極的にネット動画を活用したマーケティングを実施する1社。同社は5月により効果の高い動画作りを目指して、新たな分析手法を採り入れた。視聴者の感情の起伏を分析するもので、この分析結果を基に、より視聴者の感情に訴えかける動画作りを狙った。そうして制作した動画を広告として配信した結果、動画によってはクリック率(CTR)が6.0%を叩き出すなど、大きな成果につながった。
パナソニックがより効果の高い動画作りを目指したのは、2020年に開催が予定されている東京オリンピックに向けて展開しているキャンペーン「Beautiful JAPAN towards 2020」だ。キャンペーンでは、オリンピック出場を夢見る子供たちを撮影した動画を各都道府県ごとに制作して、テレビCMやYouTube、Facebookなどで配信している。配信する動画はすべて4K対応のカメラで撮影されており、この映像を通じて、パナソニックの4K技術や製品に関心を持ってもらうことを狙う。

現在、鹿児島県や島根県、福島県など10県の動画を制作・投稿しており、最終的には47都道府県を網羅する計画だ。パナソニックがこうした動画マーケティングを実施する上で、指標として重視しているのが視聴者による動画の拡散と完全視聴率だ。ストーリーを重視した数分にわたるネット動画の場合、動画開始から数秒で離脱されてしまっては、印象にも残らず、動画の拡散も期待できない。
動画を最後まで見てもらうには、視聴者の注意を引くために、印象的なシーンを効果的に使うなど、動画の構成が1つの重要な要素となる。しかし、「Webの動画ではどこで離脱したかは明らかになるものの、なぜ離脱したのかまでは分からない。そのため、何を改善すれば離脱率が下げられるのかといった具体策に落とし込めていなかった」(パナソニックコンシューマーマーケティングジャパン本部コミュニケーショングループWebチームの鐵祐子主事)。そこで、パナソニックは新たな分析手法に取り組んだ。
感情の変化を捉える調査
パナソニックが新たに採り入れた分析手法は、動画の視聴者の感情の起伏の変化を分析するものだ。英動画広告配信サービスのアンルーリーが提供するサービスで、動画を閲覧する視聴者がどのシーンで、心に温かみを感じたのか、驚きを感じたのか、あるいは悲しい気持ちになったのかといった、感情の変化が分かる。これにより、例えば、動画の前半部分に感情の起伏が見られない場合には、興味を引きつけられておらず、離脱率が高まる可能性があるため、感情に与える影響が大きいシーンを動画の冒頭に配置し直すなど、動画の改善に役立てられる。
「尺が短いテレビCMの調査は、動画に対してトータルでどんなイメージを抱いたかを尋ねるだけで十分だが、1分を超える長尺が多いネット動画は、より細かく感情の変化を捉えて動画の編集に生かしたかった」(鐵氏)という狙いから活用を決めた。
具体的には、アンルーリーの調査パネルに対して、分析したい動画を視聴してもらう。今回の調査では、静岡で短距離走に挑む高校生に焦点を当てた「静岡・陸上篇 夢に向かって走り続ける」と、女優の綾瀬はるかさんが出演するテレビCMの2種類を調査。対象者は250人で、100人が広告主のターゲット層、残りの150人は国内の人口統計の年代平均(18歳以上)に基いて抽出した。この250人に動画を閲覧してもらった上で、動画についてのアンケート調査を行った。
調査に当たっては、アンルーリーが動画の印象的な場面を言語化する。例えば、「子供たちが陸上のハードルの練習をしている場面」といった具合。言語化する場面は約2分間の動画で20~30に及ぶという。この場面ごとに、どんな感情を抱いたかを選び、抱いた感情を5段階で評価してもらう。抱いた感情は、「幸せな気持ち」「温かな気持ち」「懐かしい気持ち」など18種類に及ぶ。
こうした調査結果は、感情の起伏の推移を表すグラフとなって表れる。例えば、静岡で短距離走に挑む高校生に焦点を当てた動画では、母親が子供に弁当を作っている場面で温かみを感じる項目が大きく高まるなど、人と人とのきずなが感情に影響を与えることがデータから立証された。
そこで、こうしたデータを基に、パナソニックは新たに2つの動画を制作した。パナソニックではキャンペーンの展開に当たって膨大な量の動画を撮影しており、まだ動画に利用していない素材が大量に眠っていた。この素材を活用して、再編集したものだ。
分析結果に基づいた動画を制作
まず、各地域のアスリートの家族とのきずなを描いた「家族のきずな篇」を制作した。これまでの動画では使用していなかった、両親やコーチといった、人と人とのつながりを表す場面を多く用いた動画だ。また、調査でも温かみを感じた人が多くいた、静岡篇の母親が弁当を作る場面を冒頭に置いている。

もう1つは、アンルーリーのアドバイスを生かして制作した。アンルーリーはこれまでの動画キャンペーン支援の経験から、どのような動画が視聴者による拡散や感情の起伏に影響を与えるかといった知見を持つという。パナソニックは、同社から「悲しいという感情を与えながら、最後に前向きな場面を見せると、感情の起伏が大きくなり、拡散につながりやすい」というアドバイスを得た。この知見を基に、「失敗篇」を作成した。動画では競技に取り組む子供が失敗を繰り返す場面を取り上げながら、最後に成功の場面を紹介している。成功の裏側で、子供たちも数多くの挫折を乗り越えていることを伝える内容だ。
こうして制作した動画を、その効果を分析するため、6月16日~7月10日にかけて、アンルーリーの動画広告のネットワークを通じて配信した。動画サイトで動画の再生直前に広告が流れるインストリーム型と、ディスプレイ広告の枠に動画広告を配信するインページ型の2種類を配信した。その結果、いずれも完全視聴率は極めて高い数値となり、CTRもインストリーム型で平均4.2%、インページ型では6.0%と非常に高い効果につながった。
パナソニックコンシューマーマーケティングジャパン本部コミュニケーショングループプランニングチームの野村智之主幹は「Web媒体の運営やネット広告を担当するチームとプランニングのチームで、共通言語としてデータを活用できたことで、意思疎通がしやすくなった」と成功の要因を語る。
テレビとネットの連携が強まるにつれて、今後、ネット広告とテレビCMの担当部門が共同で動画を制作する機会も増えそうだ。そうした時には、異なるメディアをつなぐ共通指標を設けることで、コミュニケーションをスムーズにすることが肝要といえよう。