商業施設の運営を手掛ける東急モールズデベロップメント(東京都渋谷区)が展開する、EC(電子商取引)サイト「SHIBUYA109 NET SHOP」が好調だ。今年の7月の売上高は前年同月比で10%増加した。4月からサイト訪問者に特定条件でクーポンを提供するなど、もてなす施策に取り組んだことで、成約率(CVR)が約40%増加。その結果、売り上げ増加につながった。
実はそれまでは、決して好調とは言えない状況が続いていた。「ここ数年、売り上げは横ばい」と事業本部109事業部109ネット部の望月健太郎アシスタントマネジャーは振り返る。少子高齢化による客層の縮小、ファッションECサイトの増加を起因とした競争の激化、競合との取り扱いブランドの重複など、SHIBUYA109は多くの課題を抱えている。
「これまで通りの運営では、競合と差異化できない」(望月氏)。そこで、SHIBUYA109の強みを生かすために、ECサイトに“接客”の概念を取り入れることにした。「従来SHIBUYA109では、一部の販売員がカリスマ店員と呼ばれて、その販売員とのコミュニケーションを目的に来店する顧客もいるなど、接客に強みを持っていた」(望月氏)。こうした、来店客とのコミュニケーションを、ECサイト上でも実現することを目指した。若年層が主な顧客のためスマートフォンを重点的に強化した。
チャットの利用は進まず
導入したのがチャット機能だ。サイト訪問者と直接会話できるチャット機能を付加することで、サイトの利用促進につながると考えた。まずは、サイトの利用法などについて疑問を抱いた訪問者がすぐに問い合わせできるように、会員登録やQ&Aのページなどに「問い合わせ」ボタンを設置した。ところが、「想定以上に問い合わせにつながらなかった」(望月氏)。そこで、当初の狙いである接客強化に活用法を切り替え、ボタンの表記を「接客」に変更。設置場所も商品ページなどに変えた。
それでも、事態は好転しなかった。「勤務時間の関係から、チャット対応は午後7時までが限界なのに、本来、ECサイトが活発に利用されるのは午後8時以降。このため、コアタイムに対応できなかった。また、チャット専任の担当者による対応しかできず、本来の強みである販売員を立てて直接対応することも、仕組み的に難しかった」ことなどが、利用が進まなかった理由だと望月氏は見る。その結果、接客ボタンのクリック率(CTR)は1%にも満たなかったという。

約3カ月間チャットを運営したものの、満足のいく効果にはつながらなかった。そこで、ツールの活用法を再考した。東急モールズデベロップメントが導入した、EC事業支援のSocket(東京都渋谷区)のツール「Flipdesk」には、チャット機能以外にも、サイト上の情報や割り引きクーポンをプッシュで表示する機能など、様々なマーケティング機能が含まれている。
東急モールズデベロップメントはチャットと並行しながら、特定のブランドのページには、そのブランドと併売されやすい他のブランドの期間限定セールの案内を表示するボタンを設置していた。すると、こちらのボタンはCTRが5%となるなど、訪問者の興味関心を強く引いた。こうした成果から、Flipdeskのチャット機能の利用はいったん止めて、情報発信やクーポンの提供機能に集中することに方針を改めた。
さらに望月氏は、「単にクーポンを表示するだけではつまらない。より買い物を楽しんでもらいたい」と考え、様々な工夫を施すことで、訪問者に楽しみを与えることを目指した。例えば、ABテスト機能を使ったクーポンの出し分けだ。本来、ABテスト機能はクーポン施策の本格実施に先駆けて、一部の訪問者に対して2つの異なるクリエイティブのクーポンを出し分けることで、どちらがより効果的かを見極めて、効果が高い方を採用する、といった活用法が一般的だ。これに対し、東急モールズデベロップメントはABテスト機能を、クーポンのエンターテインメント性を高めるために利用した。
ABテスト機能で「おみくじ」
具体的には「おみくじクーポン」と題したクーポンを提供した。例えば、大吉が出れば「10%引き」。そのほか、5%引き、1000円引きといった4種類のクーポンを訪問者ごとに出し分けた。「ただ提供されたクーポンよりも、自分で引いたクーポンなら多少割引率が低かったとしても、利用率は高まると考えた」(望月氏)。狙いは的中し、クーポン取得者の10%が実際に買い物をした。

7月にはこの手法を応用して、さらに効果を高めた。「値下げの神様」というキャラクターを作り、ECサイトの画面上に表示。キャラクターをタップすると、おみくじと同様に、ランダムで割引率や額が異なるクーポンが表示されるようにした。「おみくじだと、大吉や小吉といった表記で、自分の引いたくじがどの程度の当たりなのか分かってしまう。ところが、値下げの神様の企画では、単にランダムでクーポンが表示されるので、そうしたクーポンの良し悪しが分かりづらくなる」(望月氏)。このクーポンは取得者のうち15%が利用する成果となった。
また、東急モールズデベロップメントでは、9月に午後7時~午前2時まで、時間限定で「お月見クーポン」を提供するなど、季節ネタも組み合わせて、臨機応変に訪問者とコミュニケーションしている。毎月提供するクーポンの数は30種類に及ぶという。
また、Flipdeskでは過去の訪問履歴や購入履歴から、既存顧客か新規顧客かを判別できる。これを利用して、新規顧客には割引率の高いクーポンが当たりやすくするなど、新規顧客獲得のため戦略的にクーポンを出し分けている。
また、10月1日からは、来店頻度を高める施策にも取り組む。「当社では10月9日を『109の日』と称して、毎年、新たなマーケティング施策に取り組んでいる」(望月氏)。今年はサイトを訪問するだけで、ECサイトで利用できるポイントを毎日100ポイント取得できるようにする。そうして、顧客との接点の拡大を狙う。
今後の課題はオムニチャネルへの対応だ。「SHIBUYA109は中高生が顧客の中心。そのため、顧客でいる期間は極端に言えば3年程度と短い。その間にどれだけ、密に顧客と接点を持てるかが重要になる」と望月氏は言う。そのため、今後は店舗とECサイトを活用した接点拡大に努めていく方針だ。