EC(電子商取引)の急拡大が招いた宅配危機に、どう立ち向かえば良いのか。厳しい環境でも成長を続ける先進事例から、その対処法を探った。

 EC(電子商取引)界の巨人、米アマゾンは日本市場でもその存在感をさらに増している。日本国内の売上高は2016年12月期に107億9700万米ドルに達した。1ドル=108円換算で1兆1660億円7600万円、前期比30.6%増という著しい伸びだ。

 日本におけるECの市場規模自体も急拡大を続ける。経済産業省の調査によると2016年に国内EC市場は15兆1358億円となり、ここ5年でほぼ倍増したという。

 しかし、この成長に影を落とす大きな問題がある。EC事業者などが消費者に商品を配送する際の「ラストワンマイル」を担う、宅配業界の危機だ。

 宅配便の取り扱い個数はここ数年増え続け、2016年度には前年度比7.3%増となる40億1861万個に到達し、史上初めて40億個を突破した(国土交通省調べ)。

 だがその結果、宅配業界ではドライバーの過酷な労働が問題視されるようになった。荷物量が増えたのに加え、およそ2割の荷物が受取人不在で再配達になるため、ドライバーが配送に費やす手間は増す一方。消費者の多くが、帰宅後の「午後8~9時」を選ぶ傾向が強い配送の時間帯指定サービスも、ドライバーにとっては夜間の拘束に直結する。クリスマス商戦や歳暮が重なり、荷物量が通常月の約2倍になる12月は特に労働が過酷になり、昨年末には一部地域で遅配が生じたという。このままでは日の出の勢いのECが、宅配のラストワンマイル問題で失速しかねない。

宅配ロッカーに活路見いだす

 もちろん、宅配各社も手をこまぬいているわけではない。昨年頃から、コンビニエンスストアなど自宅以外で荷物を受け取れる拠点を拡大したり、宅配ロッカーを設置したりして、ラストワンマイルを運ぶ荷物の量を削減しようと力を注いできた。

物流現場の人手不足と過酷な労働を解消する切り札の1つとして、脚光を浴びている宅配ロッカー。ヤマト運輸はフランスのネオポスト社と合弁で事業を展開中
物流現場の人手不足と過酷な労働を解消する切り札の1つとして、脚光を浴びている宅配ロッカー。ヤマト運輸はフランスのネオポスト社と合弁で事業を展開中

 例えば宅配最大手のヤマト運輸は、フランスのネオポストと合弁でPackcity Japan(パックシティジャパン、東京都千代田区)を2016年5月に設立。同社と契約した会社なら誰でも利用できるオープン型宅配ロッカーを、首都圏の駅周辺を中心に設置中だ。8月末時点で既に808台が設置済みで、「当初の想定よりユーザーの利用率は高い」(Packcity Japanの勝洋一郎執行役員営業部長)という。これを受け、2022年度までに5000台という当初の目標を前倒しし、今期中に3000台の設置を目指している。

 さらに宅配各社は今年に入り、ドライバーの待遇改善や設備の自動化などの原資とするため、配送料金の値上げを打ち出した。

 ヤマト運輸は10月から、佐川急便は11月から、それに日本郵便は2015年8月に続いて2018年3月にも、それぞれ宅配便の個人向け料金を値上げする。大口割引が適用されている法人顧客についても各社は値上げを求め、交渉が折り合わなければ取引停止も辞さない構えだ。

EC・オムニチャネル企業も“足回り”を考える必要

ここ数年の物流に関連したニュース
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 こうしたラストワンマイルを巡る動きは、EC専業の事業者はもちろん、リアルな店舗とECを組み合わせたオムニチャネルを推進する企業にとっても、見過ごせない問題になっている。

 例えば、宅配各社から求められる値上げを承諾し、ユーザーにその値上げ分を転嫁すれば、EC離れが起こりかねない。かといって宅配各社からの値上げ要求に応えつつ目立った対策を取らなければ、配送料の負担で収益は悪化するだろう。

 EC事業者やオムニチャネルに取り組む企業にとっても、繁忙期に大量の注文を受けると、自社からの荷物の出荷が滞ったり、宅配各社の現場に大きな負担をかけたりするため、注文の平準化を図りたいという事情もある。品揃えやWebサイトの使い勝手などに加え、配送といういわば“足回り”についても、EC事業者やオムニチャネル企業がマーケティングの一環として考える必要が出てきたと言ってよい。

 そのため今年になって、利用企業はもちろん、「サプライヤー」と位置付けられる宅配業者の中にも、ドライバーの過酷な労働を軽減しながら、ユーザーの利便性を引き上げ、当該サービスを長く使ってもらってユーザーのLTV(生涯顧客価値)を向上させようとする新しい戦略を打ち出す企業が増えてきた。「ユーザーの多くは、早く安くだけでなく、ニーズに見合ったサービスを見合った価格で求め始めている」(ロコンドの田中裕輔社長)。宅配のラストワンマイル問題というピンチの状況をチャンスに変え、顧客との関係を強化しようという取り組みを、事業者編とサプライヤー編に分けて追った。

事業者編:自宅への配送回数を実質的に削減

 ユーザー宅への配送回数を実質的に引き下げながら、「指定した時間に自宅で荷物を受け取りたい」というユーザーのニーズを追求し、ユーザーの利便性ひいてはLTVの向上を狙っているのが、アスクルが運営する消費者向けECサイト「LOHACO(ロハコ)」だ。

 中核となるツールが、グループ会社による独自の物流網が構築されている東京や大阪の一部地域を対象に、昨年8月から始めたサービス「Happy On Time」である。ユーザーは、Webサイトか「ロハコアプリ」から、当日14時までの注文なら翌日以降の6~24時の中から、配送してほしい日時を1時間単位で指定できる。

ロハコの「Happy On Time」の基本的な仕組み
ロハコの「Happy On Time」の基本的な仕組み

 その後も、配送指定当日の朝に、ロハコからユーザーに対して、メールとアプリへのプッシュ通知で配送予定時刻を、例えば「14:15~14:45」のように30分刻みで通知。配送予定時刻の1時間前からは、自分宛の荷物を運ぶトラックの位置をWebサイトやアプリの地図でユーザー自身が確認できるようにし、アプリからの注文のみだが、配送予定時刻10分前には「もうすぐ到着」と再度アプリのプッシュ通知でユーザーに知らせる。

 「ユーザーにこまめに配送時刻を伝えることで受け取り時に不在となる事態を防ぎ、再配達率を下げて実質的な配送回数を減らすのが狙い」と、アスクルECR本部配送マネジメント配送イノベーションの吉村芳記部長は語る。

 併せて今年8月からは、注文時または注文後にドライバーに要望できる項目を新たに4つ加えた。例えば、注文時に、「宅配ボックスでの受け取り」を断っていたのに、駅前で友人に出会ってカフェに寄ることになったので配送予定時刻までに帰宅できないというような場合、配送時刻直前でも、「宅配ボックスで受け取る」を指定したり、「置き場所を指定して受け取る」を選んで「玄関先に置いておく」を指定したりできる。

 目的地に到着したドライバーが荷物のバーコードをリーダーで読み取る際、これら4項目の要望があればポップアップ表示され、ドライバーがその要望に応えるという仕組みだ。「ユーザーと緻密なコミュニケーションを取り、確実に荷物を受け取ってもらう手立てとして導入した」と吉村氏は語る。

 ユーザーがHappy On Timeを利用した場合、再配達率は今年8月末時点で2.2%まで低下した。一般的な再配達率は20%とされるので、約10分の1の水準まで引き下げに成功したことになる。ただ、配送予定時刻をユーザーに通知するには、計画通りに配送トラックを動かさなければならない。宅配ではドライバーがトラックを駐車するための時間、台車を押して移動している時間、ユーザーと会話している時間などさまざまな要素を、配送計画に盛り込まなくてはならない。

 そこでアスクルは、トラックの位置情報、ドライバー自身の位置情報、道路の混雑具合、配送地域のイベント開催情報、気象情報、曜日といった1件ごとの配送にかかわるデータを収集・蓄積し、予測からずれが生じたとき、何が影響しているのかをAI(人工知能)で分析することで、配送時間を予測する精度を高めることにも取り組み始めた。「年内にAI分析システムのβ版が稼働することを目標にする」(吉村氏)。

 このAI分析の進展を踏まえ、今後はHappy On Timeの対象地域を、東京23区と大阪市24区の全域に拡大していく予定。また、セブン&アイ・ホールディングスと提携して11月から開始予定の生鮮品宅配サービスでも、Happy On Timeを利用できるようにしていくという。

 さらに10月からは、「まとめてたのめば、みんなにやさしい。」キャンペーンを開始する。これは一定の金額以上の注文をした場合(5000円または1万円を予定)、通常付与するものとは別に、あらかじめ決められた定額の「Tポイント」を付与するという施策。思い立ったらすぐに注文するため注文回数が増えがちなユーザーに対して、Tポイントを活用することで注文を1回にまとめるインセンティブを与え、配送回数を実質的に減らそうという試みだ。

 アスクルは今後も、こうして配送回数を実質的に減らすことで宅配現場への負荷を軽減させながら、確実に商品をユーザーの自宅に届け、満足度の向上を図っていく考えだ。

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