アドテクノロジーを駆使して、自社ECサイト「DRINX」の売り上げに結びつけているのがキリンだ。同社は、アスクルとヤフーが共同運営するECサイト「LOHACO」で販売している自社商品の購買データやサイトの利用データを活用して、外部サイトで広告を配信し、自社ECの集客に結びつけるといった取り組みを始めている。

ヤフーDMPを活用し広告配信

 キリンは昨年9月から、発泡酒「オフホワイト」をLOHACOで先行販売している。オフホワイトは、既存のビールではなかなか手に取ってもらえないような層、特に若い女性層をターゲットに開発した商品だ。アルコール度数が3.5%と通常のビールと比較して低く、苦みも抑えている。

 ただ、「狙う層はそもそもビールへの関心がないので、単に流通の棚に並べては手に取ってもらえない。そこで、ターゲット層がいる場所で販売すべきと考えた」とマーケティング部商品開発研究所商品開発グループの北島苑氏はLOHACOで先行販売した狙いを説明する。

 LOHACOで先行販売したもう1つの狙いがデータだ。「LOHACOはデータ開示にオープンで、どんな層が購入しているか、何と一緒に買われているか、どの時間帯に買われているかといったデータが入手できるため、ターゲット層が合っているかの検証や顧客のライフスタイルの分析ができる」(北島氏)と考えた。

外部のEC事業者である「LOHACO」のデータを活用するキリン
外部のEC事業者である「LOHACO」のデータを活用するキリン

 その結果、元々は20~30代の女性をターゲット層として想定していたが、40歳前後の主婦層なども購入層として多く含まれていることが分かった。また、白ワインなどを購入するなど、普段からお酒を楽しんでいる人も購入しており、少し軽めのビールを飲みたいというニーズから購入しているのではという仮説も立った。

 そこで、白ワインに関心がある層に絞ってオフホワイトのネット広告を何度か配信したところ、クリック率(CTR)は通常の2倍になる傾向にあった。

 とはいえ、こうした取り組みは実験的要素が強い。というのも、そこまで対象を絞り込むとリーチが取りづらいからだ。こうした実験を繰り返すことで、ボリュームと効果の向上のバランスが取れた、適切なターゲティングの方法を模索している。

 また、5月に自社ECでオフホワイトのトライアルセットを発売した際には、LOHACOのデータを活用して自社ECに集客した。LOHACOはヤフーが共同運営していることから、そのデータを「Yahoo! DMP(データ・マネジメント・プラットフォーム)」に取り込むことができるという。このDMPに取り込んだデータから、オーディエンス拡張を行い、オフホワイトを購入した層と近い層に対して広告を配信した。

 結果、用意した約3000セットは1カ月も経たずに完売したという。もちろん、既存の会員にもメールなどで案内したため、完売した理由のすべてが広告の効果ではない。ただ、キリンの自社ECということもあり、既存の会員は男性が中心。一方、トライアルセットの購入層は女性が多く、広告自体の効果も高かったことから、「販売に大きく寄与したと言える」(北島氏)。

 このように、キリンは外部のEC事業者をうまく活用しながら、自社ECのマーケティングにも生かしている。それらの位置付けの違いについて、CSV本部デジタルマーケティング部の渡辺尚武部長はこう考えている。「自社ECは大量に商品を売って儲けるより、顧客との関係性を作るコミュニティに近い。一方、LOHACOは自社商品以外との買い合わせや、より広い購入層など多様なデータが手に入るため、消費者インサイトの分析に向いている」。今後もそれぞれの特長を生かしながら、さらにEC活用を推進していく考えだ。

 ここまでに登場した各社は、商品戦略とメーカーならではの情報を生かした広告宣伝などで、売れるサイト作りを目指している。とはいえ、いずれの企業も、売り上げアップだけを目的とは考えていない。

顧客の声を掲載、CVRが大幅増

 例えば、ロッテはECをキャンペーンのプラットフォームとしても活用することで、各ブランドのシステムコストの削減につなげている。これにより、「これまでシステムに割いていたコストを景品に使うなど消費者に還元できる」(緒方氏)。また、サッポロビールは商品開発を通じた顧客とのキズナ作りなど、売り上げ以外の目的を持って運営に当たっている。

メーカーECで成功するための3つのルール
メーカーECで成功するための3つのルール

 メーカーが自社ECを展開するうえで、「売り上げだけを目的にすると、失敗すると言い切れる」と指摘するのは、ECの支援事業を手掛けるネットコンシェルジュ(東京都港区)の尼口友厚社長だ。自社ECは、これまでメーカーが持ちづらかった、消費者との直接の接点を作ることができる場所。流通ではなくわざわざ、メーカーのサイトで購入してくれるような顧客層に対して、どれだけブランドロイヤルティを高められるかは重要なポイントだという。

 次に商品戦略だ。既存の流通網だけでは満たせなかった顧客ニーズを満たす、「かゆいところに手が届くサービスや高付加価値といった、特別な商品を作る」(尼口氏)ことはもう1つの重要なポイントだ。それが、既存の流通との差異化につながり、結果的に顧客に対する価値の提供につながる。マルサンアイは低糖質という高付加価値商品を用意することで、糖質を気にする消費者に対し、購入の動機付けとしている。

 3つ目として、メーカーだからこそ持っている商品にまつわる情報を生かした広告宣伝活動も重要だ。尼口氏はこれまで手掛けてきたEC支援の実績からこう振り返る。「せっかくメーカーがECをやっているのに、カタログ的に商品を載せているだけのサイトは意外と多い」。

 メーカーだからこそ、商品の開発背景やブランドの持つストーリーなど、さまざまな情報が社内に眠っているはずで、それを生かさない手はない。「以前、ECを支援したベビースキンケア商品を販売するメーカーには、商品を購入した顧客からイラスト付きの感謝の手紙が多数届いていた。これをスキャンしてECサイトに掲載したら、サイト訪問者の成約率(CVR)が7ポイント以上向上した」と尼口氏は明かす。

 このように、社内に眠る情報をうまく活用することで、商品に対して情緒的な価値を付加できる。それが機能面以外の差異化につながり、購入を後押しする可能性がある。富士フイルムはまさに、商品やブランドが持つ背景などについて、動画を活用して顧客に伝えようとしている段階だ。

 さまざまなメーカーが自社ECを立ち上げるケースは増えている。だが、既存流通との摩擦を避けながら、成功に結びつけるのは非常に難しい。売り上げが伸び悩んでいる企業は、上記の3つのルールにのっとり、自社ECで何を実現したいのかという目的設定から見直してみては、いかがだろうか。そうすれば、その目的に合わせて自ずと何を売るべきかという商品戦略も見えてくる。それが、メーカーECで成功する第1歩となるはずだ。

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