難しいと言われ続けたメーカー直販で、大きな成果を上げる企業がようやく出てきた。先進企業の取り組みを追うと、ECを成功へと導く3つのルールが見えてきた。

 「当社の自社EC(電子商取引)サイトの売り上げは2013年度に前年度比2.6倍になり、2014年度はさらにそこから1.5倍になった」

 こう明かすのは菓子メーカーロッテのマーケティング統括部デジタルマーケティング部の緒方久朗部長だ。同社は2011年から自社ECサイトのてこ入れを始めた。グループの中で点在していたECサイトを統合。会員を集めやすくする仕組みも整え、大きく成長し始めた。

ロッテはグループ内のECサイトを統合し、販売する商品や会員数を拡大。2014年度の売り上げを前年度比で1.5倍にした
ロッテはグループ内のECサイトを統合し、販売する商品や会員数を拡大。2014年度の売り上げを前年度比で1.5倍にした

 これまで、メーカーが運営する直販サイトは成功しづらいと言われていた。流通企業を介して商品を販売している場合、直販サイトで既存商品を割り引きしたりすると、いわゆる“中抜き”の形になり、既存の取引先との摩擦を生みかねない。とはいえ、定価で単に商品を並べているだけでは、消費者がわざわざメーカーのサイトで購入する意味がない。

 取引先との摩擦を避けるためにネット専用商品を作ったとしても、流通経路が限られることから、大々的なテレビCMを打つような予算は取りづらく、結果的に売り上げも小さくなりがちだ。そのため、売り上げだけを指標にしてしまうと、大きな成果にはつながりにくい。

 このように、メーカー直販は乗り越えるべき課題が多く、大きな成功例が出てこなかった。だが、ようやく、ロッテを始めとする成功例が現れ始めた。本特集では、メーカー直販に取り組む企業への取材を通じて、成功のポイントを「商品戦略編」と「広告宣伝編」に分けてまとめた。まずは、自社ECで販売する商品戦略と新たな会員獲得の仕組みを整えて、大きな成長を遂げたロッテの事例から紹介していこう。

共創で高付加価値なネット専用商品を開発

 ロッテがECに専念する部署を設立したのは2011年のこと。それ以前は「会員制度もなく、ただ商品を並べているだけのサイトだった」(緒方氏)。専門部署ができたことで、本格的に直販サイトの活用に踏み出した。その背景を緒方氏はこう説明する。「ここ数年、端的に言えばヒット商品が出づらくなっている。競争激化で、どんなに良い商品でも売れ行きが悪ければ、すぐに棚から落ちてしまう。かといって、流通が助けてくれるわけではない」。

 この課題をメーカーの立場で解決するため、自社ECの強化を目指した。「自社ECは消費者と直接の接点を持てる場だ。良い商品だけど棚落ちしてしまった。そういう商品も知ってもらって、購入に結びつけられる可能性がある。また、多くの商品を並べつつ、より深い商品やブランドの価値を伝えられるはず。それによってロッテファンの増加につなげたい」(緒方氏)。このように、ロッテが自社ECを強化する狙いは、売り上げだけでなく、ブランディングの側面も強い。

 例えば、ロッテのECサイトで人気の商品の1つに、新商品の詰め合わせセットがある。昨年から販売を始めたもので、1時間程度で用意した500セットが完売するほどの人気だ。「秋は多くの新商品を発売するが、棚には限りがあるため全商品が流通の棚に並ぶことはほとんどない」(緒方氏)。詰め合わせにすることで、より多くの新商品を食べてもらうための、サンプリングを目的としている。

 市場販売価格より割安にする代わりに、商品に関するアンケートへの回答を購入条件としている。アンケートはブランドの認知度や商品への理解度に関する項目を、ブランドごとに用意するなど多岐にわたるが、回収率は9割を超えるという。こうして回収したアンケートは、パッケージや流通の店頭に設置するPOPの制作などに生かせる可能性がある。

 ECで扱う商品の範囲も、ロッテ本体のお菓子だけではなく、グループ会社の商品にまで広げている。例えば洋菓子メーカーの銀座コージーコーナーや、チョコレートメーカーのメリーチョコレートカムパニーなどは、以前は独自にECを展開していた。ロッテはこれらのECの会員制度を統合。1つのIDでグループのすべてのECで買い物できるようにしたほか、ロッテ本体のECで、そうしたグループ会社の商品の一部も購入できるようにした。直近では6月から、ロッテリアの冷凍ハンバーガーの販売を始めるなど、お菓子にとらわれない商品展開に力を入れている。流通との取引関係から、既存商品をそのまま販売しづらいメーカーECゆえ、グループの力を結集することで、取扱商品と会員規模の拡大の両面を狙った。

キャンペーンサイトをECに連動

 会員獲得の仕組みも整備した。それが、すべてのブランドのキャンペーンを網羅的に展開するキャンペーンサイトだ。「従来、プレゼントキャンペーンなどは、ブランドごとに個別で展開し、募集して、キャンペーンが終わると個人情報をすべて破棄していた」(緒方氏)。

 個人情報の流出を防ぐためだったが、ECを強化する以上、個人情報の取得は避けられない。そこで、すべてのブランドにまたがるキャンペーンサイトを作り、会員情報を統合した。利用者はキャンペーンに参加するたびに個人情報を入力する手間が省け、ロッテはECの会員を増やせると考えたのだ。現在は、消費者がキャンペーン応募時に情報を入力すると、ECにも自動的に会員登録される仕組みとなっている。

 これによって、ロッテのキャンペーンに参加するような能動的な顧客をECの会員にできるようにした。その結果、会員は数十万人規模にまで拡大している。こうした商品戦略と会員獲得施策の整備によって、ロッテの自社ECは急成長を遂げた。

 そして、会員数が十分な規模に達したことから、7月からは自社EC専用商品の開発にも取り組み始めた。その1つがパイ専門店「リトル・パイ・ファクトリー」と共同開発した、重量比で通常商品の3倍のパイ菓子「おおきなパイの実」だ。

 実は、ロッテは2013年にも一度、自社EC専用商品を開発した経験がある。だが、まだ会員規模が小さく販売に苦労した。そういう意味では、おおきなパイの実は再挑戦になるが、今回は売れ行きも好調で、既に生産数の7割以上が売れているなど、手応えを感じているという。今後は、こうした自社EC専用商品の開発を強化することで、自社ECの価値を高め、さらに顧客との関係を強めていきたい考えだ。

商品開発を通じてキズナ作り

 メーカーがこれまで持ちづらかった消費者との接点を強化する──。共同で商品を開発することで、こうした狙いをより強く推進しているのが、サッポロビールだ。同社が取り組んだ、消費者と共同でビールを開発した企画「百人ビール・ラボ」が、自社ECを展開する1つのきっかけとなった。

共創した製品の最初の販売チャネルとして自社ECを活用するサッポロビール
共創した製品の最初の販売チャネルとして自社ECを活用するサッポロビール

 この百人ビール・ラボは、Facebookページや自社サイトを通じて、ビール愛好家から味の方向性やパッケージのデザインまで、意見を募り、商品を開発していく企画だ。これまでに「百人のキセキ」と「百人のキセキ 魅惑の黄金エール」という2つの商品の開発までこぎつけている。

 ただ、こうした商品はビールの愛好家の意見が色濃く反映されているため、非常にエッジの立った商品となりがち。そのため、既存流通で拡販するのは難しいと考えられた。そこで、新たに自社ECを開設し、顧客に直接販売することを選んだ。商品の共同開発を通じたビール愛好家との関係作りから、実際の商品の販売までを、一貫してオウンドメディア上で実行できるようにしたわけだ。

 6月から、ビール愛好家との商品共同開発企画の第3弾も始まった。今回は、「百人ビール・ラボ社」という架空の会社の下、「日本一笑顔になれるビールを創ろう!」というスローガンを掲げ、商品だけでなく、「広告宣伝の方法から売り方まで、消費者とともに議論していく」(営業本部営業戦略部デジタルマーケティング室の工藤光孝室長)計画だ。

 こうして開発した過去の商品は、いずれも数週間で完売。その後、営業部門からの提案で、コンビニエンスストアなどで展開するに至っている。このように、商品開発、テストマーケティング、そして流通への展開という、これまでとは異なるマーケティングの“場”として、ECの活用が進んでいる。