キリンとアスクルとが共同開発したヒット商品の1つが、キリンビバレッジの健康麦茶「moogy」(ムーギー)だ。アスクルの日用雑貨を扱うEC(電子商取引)サイト「LOHACO」専用商品である。この商品のパッケージはコンビニエンスストア向けなどの商品とは、全く違うデザインになっている。イラストベースのパッケージが全部で16種類もあり、キリンのロゴも手描きされている。さらにデザイナーがSNSを活用して情報発信するなど、マーケティング施策もユニークだ。その開発の狙いと、moogyのデザインが生まれた背景などについて、キリンビバレッジのマーケティング部デザイン担当の水上寛子氏、寺島愛子氏、遠藤楓氏に、エステー執行役エグゼクティブ・クリエイティブディレクターの鹿毛康司氏が聞いた。

エステー執行役の鹿毛康司氏
エステー執行役の鹿毛康司氏

鹿毛:「moogy」のパッケージを初めて見て、とても前向きにデザインを楽しんでいる様子が浮かぶパッケージだと感じました。自分たちで手を動かしてデザインしたのでしょうか?

寺島:開発の打診を受けた当初、私たちはディレクションを担当し、実制作は外部に依頼することを考えていました。しかしLOHACOが「東京デザインウィーク」に出展するブースに、キリンからも商品を出してほしいと要請を受けたことがきっかけで、私たち3人が担当することになりました。

水上:私は「生茶」の担当で、寺島は「世界のKitchenから」、遠藤は「午後の紅茶」の担当。異なるブランドを受け持っているデザイナーが有志で集まって、moogyをデザインすることになったのです。

寺島:ところが担当したはいいものの、開発にかけられる時間がとても少なかった。そこで、3人でデザイン案を2つ考えて当時の社長(前社長の佐藤章氏)に提出したところ、外部に依頼するのではなく、自分たちでデザインを手掛けてみてはどうかと提案されました。

 自分たちで商品コンセプトを考えていたので、これをそのまま外部のデザイナーに渡しても、単にデザインに落とし込むだけの作業になってしまう。また以前から、出来ることなら自分たちでデザインを手掛けてみたいとも思ってもいました。ですから、社長に背中を押されたこともあり、自分たちでデザインを手掛けることへの挑戦を決めました。

鹿毛:商品パッケージを作る時、商品名やウリとなるポイントなど、伝えるメッセージの優先順位を考えることで凝縮したパッケージが出来上がります。今回は自由にデザインをしたそうですが、どのような考え方で進めたのでしょうか?

遠藤:パッケージは普通、消費者に使っていただくことと、既存の売り場で買っていただくことを重視してデザインします。商品名を大きく表示したり、ブランドを立たせたり。しかしmoogyは、ネット通販用の商品なので、パッケージを生活にどう溶け込ませるかを重視して、徹底的に工業製品っぽさを払拭することを目指しました。

手描きの許可を社長に直談判

寺島:飲料は、喉が乾いたら飲み、飲んだら捨ててしまう。お客さんと一緒にいる時間がとても短い、究極の消耗品です。しかし、そんな商品をデザインするために、クリエーターと膨大な時間をかけて作り上げている。そうした仕事であるため、新商品が企画する度に、切なさを感じていました。

 中身がおいしいから選んでもらうというのが、食品の基本的な価値ですが、それだけではなくて、その人の暮らしの一部になって、一緒にいられるようなデザインを作りたいと思っていました。

 moogyでは、そういった飲料デザインの“掟”をすべて捨て去ることから始めました。例えば、ロゴ。主張の強いロゴの使用をやめたかったので、社長に3回も交渉しに行きました。

左から水上氏、寺島氏、遠藤氏
左から水上氏、寺島氏、遠藤氏

遠藤:自分で手描きをしたロゴを、社長も参加する飲み会に持ち込んで交渉したこともありました。手書きしたイラストをスキャンして取り込むなど、結構アナログな形で進めました。実はバーコードも手描き風にしています。

寺島:最初はペットボトルを想定して開発していたのですが、描いたイラストをはめ込んでもしっくりきませんでした。そこでペットボトルではなく缶にして、しかも中身を見せずに、全体を包装で覆うデザインにすることを考えました。16種類もデザインを作ったのは、LOHACOで購入した時にどのデザインが届くか分からないワクワクを感じてもらいたかったからです。

鹿毛:ワークショップなども開催していますが、ご自身で企画しているのですか?

寺島:moogyの世界観に共感をしてくれる来場者がいそうなイベントを見つけて、企画書を持参して説明に行っています。

ファッション誌のような世界観

 ブランドサイトも、ファッション誌のような世界観を目指して制作会社にデザインを委託しました。飲んだ後も長く手元に置いてもらいたいので、「DIYコーナー」を設けて、moogyのパッケージを筆立てや花瓶として使う工夫を載せています。

 「Instagram」上の公式アカウントのコンテンツも自分たちで作っています。写真にコメントがつけば、自分たちでコメントを返します。マーケティングや宣伝まで取り組むのは初めてのことです。

水上:お陰様で、結婚式で来場者に渡すギフトとしても、moogyが選ばれたりしていて、これまでの飲料とは違う買い方をされています。

鹿毛:普段はデザイン会社と一緒に仕事をしていますね。その場合、どの段階から開発に関わっていますか?

水上:かなり最初の段階から関わっています。キリンビバレッジはキリンビールとは組織体系が違っていて、各ブランドのマーケティングチームにデザイナーが所属しています。

遠藤:顧客のインサイトの分析やどのような価値を提供するのかといった上流からデザイナーが関わっているのが特徴です。

鹿毛:チーム内で意見がぶつかることもあるのでは?

水上:チームよりも営業や生産管理といった部署とぶつかることが多いですね。コストの問題で、生産部門と折り合いがつかなかったり。ただ、そうしたことも、商品をつくる上では重要なステップだと思っています。

 例えば「赤い帯を入れてほしい」といった要望をもらったら、なぜ入れたいと思ったのか。もらった要望の「裏側」を考えるようにします。その真意が、他の商品ときちんと区別できることなら、帯に限らず、どうすればその課題を解決できるのか。そうしたソリューションをデザイン面から提案することを心がけています。

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