公開後に批判が寄せられる動画が後を絶たない。問題作が生まれるもとになる3つの“思い込み”から脱して、広く支持される動画広告のあり方を探った。

 「ちょっと俺も出張行ってくる」「全編見たww」「さすがサントリーさん、攻めますねえ」──。7月6日、サントリーが新ジャンル「頂(いただき)」の発売に合わせて公開したWeb動画広告「絶頂うまい出張」が公開されるや、ある企業のマーケティング担当者がこの動画を個人で開設するFacebookにシェアした。すると、業界人から動画を称賛するコメントが次々と寄せられた。

サントリー「頂(いただき)」の発売に合わせて公開したWeb動画広告「絶頂うまい出張」は、批判を受け、翌日に公開中止に
サントリー「頂(いただき)」の発売に合わせて公開したWeb動画広告「絶頂うまい出張」は、批判を受け、翌日に公開中止に

 この動画は、北海道・東京・神奈川・愛知・大阪・福岡を舞台に出張中の男性サラリーマンが現地の居酒屋などで出会った女性から声をかけられて意気投合し、ご当地グルメを肴に「頂」を味わうというもの。だがその内容は、女性がやたらと棒状の食べ物をくわえたり、胸を強調したり、「コックゥ~ん!しちゃった…」「肉汁、いっぱいでました」といったセリフが続いたりと、飲料のCMにしては下品さが否めない。男性の顔は映らずカメラが男性目線になっている体感型の構成や、そもそも「絶頂~」という動画タイトルも、品が良い表現とは言い難いのではないか。

 SNSで批判的な声が上がったことを受け、サントリーは翌7日、早々に動画の公開を中止。ところが上記Facebookには、動画を批判するユーザーへの恨み節が綴られていた。個人的な感想に是非を持ち込んでも仕方ないが、この感性で広告宣伝に携わっていくと、今後相当にストレスがたまるか、あるいは炎上トラブルを起こす可能性も出てこよう。

 サントリー「頂」が鎮火するや、今度は杜の都が燃えた。“出火元”は、宮城県と地域の観光業界が会員になっている「仙台・宮城観光キャンペーン推進協議会」が夏の観光キャンペーンの一環として公開した壇蜜さん主演のPR動画「涼・宮城の夏」だ。

亀の頭をなでると巨大化する宮城県PR動画
亀の頭をなでると巨大化する宮城県PR動画

 壇蜜さん扮する伊達家家臣の末裔「お蜜」が、夏バテしている地元のゆるキャラ「むすび丸」を涼しい宮城にお連れする設定。だが、お蜜に寄り添われたむすび丸が鼻血を出したり、「肉汁トロットロ、牛のし・た」というセリフを唇のドアップ映像でささやいてみたり、使いの亀がお蜜に「乗ってもいいですか?」と頭を撫でられ巨大化したりと、やりたい放題。「これで宮城に行きたくなるか?」と地元住民からも悪評が絶えない。

※観光キャンペーンは9月末までだが、8月26日の関連イベント終了後に配信を停止する予定

 度が過ぎたお色気路線が立て続けに不評を買った格好だが、問題はそれにとどまらない。今年5月にはユニ・チャームの紙おむつブランド「ムーニー」の動画広告に対して、働くママを応援したいという趣旨でありながら、「ワンオペ育児を肯定している」と批判が集中した。同様に、多忙な働く女性の美容をサポートすることを狙ったちふれ化粧品は、「女磨きをおろそかにしていませんか?」という広告メッセージで長年の愛用者を失望させた。

 このように近年、特に女性の描き方や心情理解の面で文脈を読めていない広告が、消費者の心証を悪化させるケースが頻発している。

 ①「ギリギリ」「スレスレ」の線を狙うほど動画の再生回数が増える ②SNSの普及で不寛容社会になって広告表現がつまらなくなった ③女性が広告制作現場にいれば炎上するような作品は防げる──。こうした考え方が、これらの問題作の引き金になっているように映る。本特集では、こうした思い込みに反証を提示した上で、ユーザーに支持される動画広告のあり方について考察したい。

思い込み① “ギリギリ”狙い再生増→「エロ」はシェアに不向き

 せっかく動画を制作・公開しても、ターゲットとなる消費者が見てくれなければ意味がない。そこで、話題を集めるために許容されるギリギリ、スレスレの線を狙うような議論がコンペの現場でなされている。だが、再生回数を伸ばしたいがためにギリギリに走るのは、2017年の今となっては逆効果になりかねない。

 オプトで動画マーケティングを支援するブランドメディア・オンラインビデオアドソリューション部のクリエイティブディレクター松本康成氏は、近年の動画クリエーティブの傾向について次のように説明する。

 「動画広告マーケティングが一気に開花した2014年はYouTube一強時代で、インパクトのあるクリエーティブによって不特定多数を振り向かせるマス広告型のモデルだった。だがS N Sが一段と普及した2015年以降、届けたいターゲットに動画を配信して、ユーザーからユーザーへ情報を広げてもらう間接リーチ型に変化している」。

 2014~2016年にかけてSNS利用者が増えるのに合わせ、プラットフォーム側で動画広告配信のメニューが充実し、動画はYouTubeだけでなく主要SNSにアップする分散型に移行している。「企業側が伝えたいことを一方的に表現するのではなく、それを見たユーザーがどんな言葉で友人に伝えたくなるか、クチコミ文脈を考えながらエンゲージメント重視で作り込んでいくことが大切になる」(松本氏)。

 翻って自分のSNSタイムライン上にお色気動画が表示された場合、仮に面白いと思えたとしても、異性のリアルの知人ともつながっているFacebookでは、シェアボタンをタップする手が止まるのではないか。

 もう一つ、近年起こったメディア環境の変化として、「BuzzFeed」日本版のオープンや「ハフポスト」日本版のリニューアルがある。博報堂グループのデジタル総合広告会社、スパイスボックス(東京都港区)取締役副社長の物延秀氏は、「BuzzFeedなどの新興メディアが渦中の広告表現をいち早く積極的に記事化することで、そのオピニオンが大きな影響力を持つようになった」と見る。比較的リベラルな立場からの評論が多いため、女性から見て不愉快な要素があるクリエーティブに対する評価は厳しいものになる。これに触発されて、「何となく不快に思うがこれは私だけなのか」とこれまでなら押し黙っていた層が意思表示するようになった。黙認か無関心か、あるいは意思表明はしないが不快なのか。いまいちつかめなかったサイレントマジョリティー層が声を上げ始めたことは、大きな変化だ。

 記者はポリティカル・コレクトネスを説いて回るような徳も格もない。だが、女性のシェアはハナから期待できず、男性も周囲を気にしてシェアを避けるようなコンテンツでは、ギリギリ狙いが逆効果になってしまうという実利面からの懸念はお伝えできる。

 YouTubeの上半期人気動画広告ランキングでも、トップ10作品は有名タレントの起用が要因とはいえ、ギリギリ、スレスレのクリエイティブは一つもない。シェアを期待して公開する動画に、シェアを回避したくなるような要素を持ち込むのは避けるべきではないだろうか。

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