利用者は急増しているが、マーケティングには今ひとつ使いにくかったInstagram。壁を破るには、投稿写真を自社コンテンツに活用するという逆転の発想が必要だ。

 写真・動画に特化したSNS「Instagram」の利用者が国内でも急増している。昨年6月に月間利用者数が810万人を超え、今年3月には1200万人を突破した。国内の利用者の増加に合わせて、企業のマーケティング向けサービスも充実しつつある。

 Instagramは昨年5月に広告サービスを開始、10月に広告から問い合わせやアプリのダウンロードなど、目的の行動につなげられる「コールトゥアクション」など、商品ラインアップを拡充した。今年8月16日からは新たに「ビジネスプロフィール」と企業アカウント向け解析ツール「Instagramインサイト」の提供を始めた。こうしたサービスやツールを活用することで、Instagram上でのマーケティングを支援する。

HISは利用者に常時、専用のハッシュタグをつけた写真の投稿を呼びかけ、該当の写真を自社のアカウントに投稿する形でInstagramのアカウントを運用する
HISは利用者に常時、専用のハッシュタグをつけた写真の投稿を呼びかけ、該当の写真を自社のアカウントに投稿する形でInstagramのアカウントを運用する

 しかしながら、InstagramはFacebookやTwitterと比較してマーケティングに使いづらい面もある。広告以外の投稿にはURLを添付できないこともその1つの理由だろう。Instagram上の投稿から自社サイトへ誘導できないため、Instagram経由のCVR(コンバージョン率)は測定できない。そのため、「いいね!」数などから算出するエンゲージメント率を指標に設定することになる。

 だが、このエンゲージメント率を高めるのも至難の業。なぜならば、Instagramで人気を集める利用者が投稿する写真の質は、プロ顔負けの腕前だからだ。企業側もそれ相応の写真を投稿しなければ関心を持ってもらいにくい。ところが、制作コストをかけても、エンゲージメント率だけを指標にしていては、その投資対効果を社内に納得いく形で説明することは難しいだろう。また、質の高いコンテンツを継続して作り続けることも骨が折れる。

難易度高いInstagram活用、鍵握るUGC

 このようにInstagramはマーケティングプラットフォームとしての重要性が増す半面、活用の難易度は高い。しかし、少し視点を変えるだけで、活用の可能性は大きく広がる。鍵を握るのは利用者が投稿した写真、いわゆるUGC(ユーザー・ジェネレーテッド・コンテンツ)だ。

 Instagramでは写真の投稿時に、関連する「#」から始まるハッシュタグと呼ばれるテキストを付ける利用方法が定着している。このハッシュタグを起点に、同じハッシュタグを付けて投稿している他の利用者の写真を閲覧して、趣味や興味関心が近い人とコミュニケーションができる。

 例えば、「#toyota」で検索すると実に700万件以上の写真が投稿されている。ハッシュタグは日本語にも対応しており、「#ポケモンgo」が付けられた写真は既に43万件を超える。このように日々、利用者によって新しいブランドコンテンツが生み出されているわけだ。ここに目を付けた企業は、利用者を巻き込む形でInstagramを活用している。

 UGCの活用先はさまざまだが、本特集では、「コンテンツマーケティング」「EC(電子商取引)」「広告」の3つの方法で活用する企業を紹介する。まずは利用者と共にコンテンツマーケティングを推進する、旅行会社のエイチ・アイ・エス(HIS)の事例から見ていこう。

(1)コンテンツマーケティング:
利用者から写真を収集、記事として再利用

 HISは複数のInstagramのアカウントを開設しているが、そのうちの1つが3月に開設した「タビジョ(@tabi_jyo)」だ。同アカウントはその名称の通り、旅行が趣味の女性を対象としている。実はこのタビジョに投稿されている写真、そのほとんどが利用者からの投稿だ。その写真をタビジョアカウントで再投稿することで成り立っている。

 仕組みはこうだ。まず、「#タビジョ」というハッシュタグを常設して、そのハッシュタグを付けた写真の投稿を呼びかけている。また、投稿してくれた人の写真をタビジョのアカウントで紹介することも併せて案内し、再投稿の許諾を得る。#タビジョ付きの写真は、既に約6000件が投稿されている。これらの写真の中から、毎日1枚を選んでタビジョのアカウントに投稿する。こうすることで自社でコンテンツを作らないアカウント運営を実現している。

 こうした取り組みの背景には、写真が中心のSNSゆえの課題がある。HISはそれまで、公式アカウント(@his_japan)を通じて、自社で持つ素材の中から写真を選んで投稿していた。ただ、「ソーシャルメディアで反響を得られる人気の観光地の写真は限られ、競合のアカウントを見ればどの旅行会社もウユニ塩湖の写真を投稿するなど、似たり寄ったりだった」(HIS本社営業戦略室コーポレートコミュニケーショングループの丹下陽一郎チームリーダー)。

 既存のコンテンツだけでブランドとして差異化を図ることは難しかった。また、Instagramで反響の高い写真がFacebookと似ていることから、せっかくプラットフォームを変えても新たな顧客層をつかまえられていない可能性もあった。

 ブランドとしての差異化、そしてInstagramならではの顧客層の開拓。この2つの課題に対する打開策を考える中で、目を付けたのがUGCだった。「ふとした時に利用者の投稿した写真を見ていたら、旅行会社の写真と趣が異なる点に気が付いた」(丹下氏)。それは、自分自身や友人をその風景にどう溶け込ませるかにこだわっている点だという。

 旅行会社の持つ素材は、いずれも景色や建築物などをいかに美しく撮るかに重きを置いている。「自撮りも含めて、人物が中心である写真は新鮮に見えたし、そこにリアリティーを感じた」と丹下氏は言う。そういった写真を投稿する層に情報を届けるには、自社で持つ素材だけでは難しいと判断。利用者の力を借りることにした。こうした背景からタビジョを開設した。

利用者の投稿写真でコンテンツマーケティングを推進するHIS
利用者の投稿写真でコンテンツマーケティングを推進するHIS

 タビジョが徐々に浸透して手応えを感じ始めたことから、オウンドメディアとの連携も始めている。連携先は、海外旅行のコンテンツマーケティングを目的としたサイト「Like the World」だ。コンテンツマーケティングを実施する上で陥りがちなのがコンテンツ不足。これを補うためにUGCを活用している。

 タビジョの常連と協力した記事制作もその1つ。利用者の写真を再投稿するうちに、「同じ人の写真を何度も選ぶことが増えてきた」(丹下氏)。中には沖縄・石垣島を愛するあまり、岐阜県から移住した経験を持つ女性もいた。そこでInstagramを通じて直接連絡を取り、彼女の目線で石垣島のお薦めスポットを紹介する記事を制作して掲載している。

 また、HISの公式アカウントとの連携も進めている。例えば、定期的に「#オレンジのセカイ」「#ムラサキのセカイ」といったハッシュタグを付けた写真を募集。投稿された写真の中から優れたものを選んで、「世界のオレンジの絶景9選」といった記事としてLike the Worldで紹介している。企業のコンテンツマーケティングに堪えうる写真を集められるのも、Instagramの特徴だろう。

 ただし、UGCを活用して制作した記事には原則、旅行商品などへのリンクは張らないようにしているという。「自分たちの写真が商売に使われている」という意識を持たれると、協力関係を築けなくなる恐れがあるからだ。そのため、まずは利用者との関係性をきちんと構築することを目指して慎重に進めていく考えだ。

この記事をいいね!する