「帰り道はほとんど走っている」「送り迎えは私がするって、いつ決まったんだっけ」──。子どもが熱を出したと連絡を受けて職場から保育園に駆けつけ、明日までに仕上げる仕事を前に呆然とする、そんなワーキングマザーのリアルすぎる日常を描いたYouTube動画が話題を呼んだ。

 配信したのは、グループウエア市場で国内トップを走るサイボウズ。昨年11月30日に公開した第1弾ムービーは、「涙が止まらない」「私と同じ境遇」など子育て世代の働く女性を中心に大きな反響を得た。Webニュースはもちろん、TBSテレビ、フジテレビなどの情報番組も話題のニュースとして取り上げ、再生回数は現在90万回を超えている。

宣伝文句は一切出てこない

 サイボウズがチャレンジしたのは、国内では珍しい問題提起型の動画だった。多忙なママにサイボウズのグループウエア活用を薦めるような宣伝文句は一切出てこない。3分近い動画のラスト数秒で、「働くママたちに、よりそうことを」「サイボウズは応援します」というメッセージと企業ロゴが示されるだけだ。

 このブランディング動画の狙いについて同社コーポレートブランディング部長の大槻幸夫氏は次のように語る。「当社は単にスケジュールの共有ツールを売る会社ではなく、時短勤務や在宅勤務など勤務形態が多様化していく企業社会において、チームワークを高めるプロフェッショナルでありたい。とりわけ、苦労が大きい働くママのワークスタイルの改善について、考えるきっかけを作りたい。そんなメッセージを込めている」。

 同社は青野慶久社長自らが育児休暇を取得したイクメン経営者として知られ、 最長6年間の育児・介護休暇制度や、働く時間・場所に制限を設けない「ウルトラワーク」など、他社に先駆けて多様な働き方を実現してきた。そして生産性を高めるには、制度やツールもさることながら、メンバー相互の思いやり、チームワークが何にも増して重要であることも熟知している。

 それだけに動画では、ツールさえ導入すれば解決するかのような安直な表現は避けた。苦闘するワーキングマザーの姿を描くことを通じて、視聴者は自分ゴトとして向き合い、また社会の最小単位であるところの家族、夫婦間で果たしてコミュニケーション、チームワークが機能しているのかを世に問いかけた。

 今年の年明けには第2弾動画「パパにしかできないこと」を公開し、再生回数は現在までに20万回を超えた。こちらは、大変なママをいたわることがパパの役目といったくだりが、家事分担が既にしっかりできているイクメン世帯層に物足りなく映って賛否が割れた。それでも、YouTubeのGoodボタンとBadボタンの件数を見ると、Goodが85%を占めていた。動画2本のツイート数は3万件弱、Facebookのいいね!数は約3万7000件と、まさにシェアされる企業PR動画だった。

 海外では、ユニリーバがダヴブランドで展開した「本当の美しさとは何か?」を問う「リアルビューティー」キャンペーンや、P&Gが女性の偏見問題に切り込んだ「ライク・ア・ガール」など社会派の問題提起型ムービーが盛んに公開されており、カンヌライオンズでも高く評価されている。この領域に踏み込む国内企業が現れたことは大きな進化と言っていいだろう。サイボウズでは現在、秋口公開に向けて第3弾動画を鋭意制作中だという。

 CSR活動のPR記事というと企業サイトの企業概要ページの片隅に、長らく更新もされずに載っている印象が強い。それが見せ方一つで人気コンテンツに変わりうる。

サイボウズが、ワークスタイルについて問題提起したYouTube動画。再生回数は2本で100万回を超えた

 サントリーは昨年7月、コーポレートメッセージである「水と生きる」の訴求のため、缶コーヒー「BOSS」のCMで人気の宇宙人ジョーンズが滝行に挑むCMを放映した。ただし秒単位のCMでは伝えきれない内容が多く、また若年層のテレビ接触率が落ちていることから、LINE(東京都渋谷区)のまとめサイト「NAVERまとめ」が提供するネイティブ広告「スポンサードまとめ」も活用して、メッセージの趣旨を補足、解説するコンテンツを公開した。

「サントリーの密かにやってる事業がトンデモすぎる件」は「スポンサードまとめ」で公開されたネイティブ広告のPVランキング(2014年度)で4位に入った

 このスポンサードまとめが読まれる広告として威力を発揮したのが、昨年10月末の第2弾CMに合わせて公開した記事「サントリーの密かにやってる事業がトンデモすぎる件」だった。Facebookのいいね!数が1万件を超え、PVは250万に迫る勢いで、PVは2014年4月から1年間、同メディアで公開されたネイティブ広告約180本のうちトップ5に入る。

本気で森を作っている、に関心

 同社宣伝部課長の坂田淳子氏が振り返る。「第2弾コンテンツは当初なかなかコンセプトが決まらなかったが、LINEさんとの会合に天然水の森プロジェクトのリーダー(山田健氏)が同席して熱弁をふるったところ、リーダーにフォーカスしたコンテンツでいく方針が固まった」。

 コピーライターとして入社した山田氏は、「世界のワインカタログ」の編集長を務めた後、水質維持のために「天然水の森」整備事業を発案し、2003年以降、エコ戦略部・部長シニアスペシャリストとして森林再生プロジェクトを推進している、異色の人物だ。一般知名度はないに等しいが、本気で森を作っているらしいことがFacebookユーザーの関心を呼び、シェアが連鎖した。前述のビルコム提唱クチコミ新法則の1つ、「意外な人」に当てはまった格好だ。

 幅広いファンを持つ日本旅行のカリスマ添乗員、平田進也氏のように、企業には名物社員と呼ばれる存在が少なからずいる。彼らの露出は、一般消費者の企業認知を高め、好印象のきっかけになる。オウンドメディアで自社PRをする場が増えている今、異才を発掘してファンを作るアプローチも有効だ。懸念が広がるステマ行為などには手を染めず、どんな工夫で自社コンテンツを話題にするか。その結果ばかりでなく、PRに取り組む企業の姿勢と方法も問われる時代になっている。

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