「今朝5時15分頃、博多駅前2丁目交差点付近で道路陥没事故が発生しました」
2016年11月8日早朝に福岡市の博多駅前で大規模な道路の陥没事故が発生した。この事実をいち早く伝えたのが、同市の高島宗一郎市長だ。高島氏は逐次、自らの「Facebook」アカウントを通じて情報を発信。また、投稿にコメントとして寄せられた「穴にたまった水は抜かないのか?」「水はこれ以上増えてあふれないのか?」「道路復旧までの手順は?」といった疑問に対しても、対策本部の担当者に聞いた内容を適宜回答して、市民に安心感を与えた。
市長自らインターネットサービスを利用して、市民が知りたがっているであろう情報を発信する姿勢が大きな反響を呼んだことは記憶に新しい。だが、市長だけがIT巧者なわけではない。福岡市全体が住みやすい街づくりを目指して、ITの活用に積極的に取り組んでいる。そうしたITを活用した街づくりの一環として、2017年4月25日に福岡市のLINE公式アカウントを開設し、市民への情報発信を強化している。
実は福岡市は、公式アカウント開設より5年前の2012年にも、中小企業を対象にしたマーケティングサービス「LINE@」の活用を始めている。
2010年に広報戦略室を設置して、さまざまな媒体やサービスを通じて市民に情報を届ける方針を決定。Webサイトや「Facebook」、グーグルのSNS「Google+」など多岐にわたるサービスを活用する中で、「当時はまだLINEは若い層がメーンの利用者だったため、そうした層への情報発信の強化を目的に活用を始めた」(市長室広報戦略室広報課の鐘ヶ江秀樹主査)。
LINE@では、中国から高濃度で飛来する微小粒子状物質「PM2.5」の基準超過予測に関する情報など、生活に密着した情報を発信。順調に「友だち」数が伸び、約4万人が登録するまでに拡大した。
しかし、課題も感じていた。当時のLINE@は全員に同じメッセージを一斉に配信することしかできなかった。これがブロック率の増加を招いた。「いらない情報が届くと、すぐにブロックされてしまう。一人ひとりに適した情報を届ける必要性を感じていた」(鐘ヶ江氏)。
福岡にLINEが拠点を設置
そんな折、LINEが福岡に新たな拠点を設けることになる。2013年11月にLINE Fukuoka(福岡市博多区)を設置し、サービスの開発拠点として稼働し始めた。こうして物理的に福岡市とLINEとが近づいたことをきっかけに、LINEが蓄積してきたサービスやノウハウを地域貢献に活用できないか、という議論が活発化した。
こうして、2016年10月24日に福岡市における情報発信強化に関する連携協定を締結した。この協定から生まれた具体的な取り組みが、LINE公式アカウントと、データに基づいた情報の出し分けを可能にする「LINEビジネスコネクト」を活用して地域、市民の属性データに応じた情報を配信するサービスだ。
配信する情報は主に3つ。避難勧告などの緊急情報やPM2.5の予測情報などを知らせる「防災」、ごみの種類や居住地ごとに収集日を通知する「ごみの日」、子供の年齢に応じて情報を出し分ける「子育て」となる。利用者は福岡市のLINEに友だち登録した後に、「使い方/設定」のボタンをタップして、受け取りたい情報を設定する。
1つの管理ページで受け取りたい情報を選択できるため、利用者にとって利便性が高い。
防災であれば、「緊急情報(避難勧告等)」「光化学オキシダント情報」「黄砂情報」「暑さ指数情報(熱中症情報)」などから受け取りたい情報の種類を選ぶ。また、雨量や河川水位情報については、3つのエリアから自分の居住地に該当するエリアを選択することで必要な情報だけを受け取れる。
ごみの日の情報は「燃えるごみ」「燃えないごみ」「空きびん・ペットボトル」といったごみの種類と、居住地のエリアを町名まで指定することで、自分の居住地に関係する通知だけが届く。また、受け取りたい時間を設定することで、ごみの捨て忘れの防止にもつながる。
3つ目の子育てについては、「健康・医療」「しつけ」「イベント」「その他おしらせ」といったカテゴリー、エリア、そして子供の年齢を設定することで、「生後3カ月の子供を持つ家庭に、小学生を持つ家庭向けの情報が配信されるようなことをなくし」(鐘ヶ江氏)、関連性の高い情報を選択して受信できるようにした。
既存の資産を生かして情報配信
では、なぜその3つの項目の情報発信を始めたのか。理由は2つある。まずは単純に、情報ニーズが高いと判断したからだ。例えば、PM2.5の予測情報やごみの日に関する情報は緊急性が高く、直接手元で受け取れて、情報到達力のあるLINEとの親和性が高いと判断した。もう1つの理由は、既にメール配信で情報の出し分けを実現できており、それをLINEに応用することで、開発コストを抑えられるという点だ。
例えば、防災に関する情報は「福岡市防災メール」という形で、登録情報に基づいたメールの出し分けに取り組んでいた。今回のLINE公式アカウントの活用では、このメールが配信されたときにLINEを配信するシステムが受け取って、LINEでの閲覧に最適化された形で配信するという仕組みになっている。
また、ごみの日については地域ごとに何時に収集されるのかといったデーターベースを元々保有しており、子育てに関しても子供の月齢や年齢に合わせて配信するメールのリストが既にデーターベース化されていた。こうした既存の資産をそのまま流用することで、開発コストや期間を圧縮できることから、まずはそれら3つの情報から発信することにした。
そのうえで、友だち登録者を募るために、LINEのメーンキャラクターである熊の「ブラウン」やウサギの「コニー」と博多ラーメンや明太子といった福岡市の特産物とコラボレーションした大型絵文字「スタンプ」を制作。福岡市のアカウントと友だちになることで、ダウンロードできるようにした。
また、LINE公式アカウントの開始に合わせて、市長が記者会見を実施したことで、大手新聞社やテレビ番組でも取り上げられて、大きな注目を集めた。このような広報活動も実を結び、開始からわずか1カ月程度で友だち数は20万人を突破した。福岡市にはおよそ150万人が住んでいるが、早くも15%近い登録者数を集めている。
この取り組みは10月までの試験運用というスキームで始めており、今後、運営にかかるコストや市民からのニーズを鑑みながら継続を決める計画だった。だが、「既に多くの人に登録をいただいていることから、やめるという選択肢を取ることはないだろう」と鐘ヶ江氏は言う。実際に市民からも、「燃えないごみは月に1回しか収集されないため忘れがちだったが、LINEに通知がくることで忘れなくなった」といった評価の声も届いているという。
福岡市では市政への信頼度について市民からアンケートを取得している。「かつては40数パーセントにしか評価されていなかった。それが2010年に高島市長に代わってから30ポイント以上高まった」(鐘ヶ江氏)。さらにLINEを中心とした、情報発信の強化によって、さらなる信頼度の上昇につなげたい考え。それにより一層、住みやすい街として認識してもらうことを目指す。