2014年にデジタルマーケティング部を設置し、グループ全体でデジタルマーケティングを推進しているキリン。その旗振り役である取締役常務執行役員CMO・CSV本部長の橋本誠一氏が、「Digital Marketing Week 2015」の基調講演に登壇。「デジタルによるマーケティングの変革」と題し、キリンの現在とこれからを語った。

 橋本氏は、「これからは商品そのものに価値があるのではなく、お客様が消費することで価値が生まれるという発想が必要」と語り、商品そのものを訴求する従来型マーケティングからの脱却を宣言した。

「サイエンスにはハートが必要」と語るキリン取締役常務執行役員CMO・CSV本部長の橋本誠一氏
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「サイエンスにはハートが必要」と語るキリン取締役常務執行役員CMO・CSV本部長の橋本誠一氏

 スマートフォンやソーシャルメディアなどを使いこなす現在の消費者は、単なる情報の受け手ではない。自ら情報を選択し、編集し、発信する存在だ。このような消費者を対象にするマーケティングでは「お客様の関心に寄り添い、必然的に生活や社会といった、お客様と関心を共有できるテーマに焦点を当てることになる」と語った。

プライベートDMPの導入も計画

 さらに2015年には「顧客の行動データや反応からインサイトを獲得し、最適なおもてなしを実現する気付きを得ることに注力していく」と説明。プライベートDMP(データ・マネジメント・プラットフォーム)を導入する計画があることも明かした。

 現在はデータを集めている段階だが、ネットの反応を見ながら、顧客へのメッセージを変えるといった打ち手は既に実施。「従来も施策のトラッキングやリサーチはしていたが、デジタル化で、(リサーチ結果を打ち手に反映するなどの)スピードは格段に上がっている」と話した。

 CMO(最高マーケティング責任者)として、キリンのデジタルマーケティングを推進する中で橋本氏が感じているのが、リアルな体験に対する消費者ニーズの強さだ。「デジタルメディアが発達するにつれ、リアルな体験が、より求められるようになっている。(工場見学や飲食店などでの)リアルな体験の場とデジタルを結び付けることがカギで、そもそも両者は結びつきやすい」と指摘した。

 例えば、キリンは昨年4月に開設したEC(電子商取引)サイト「DRINX(ドリンクス)」でビールブランド「SPRING VALLEY BREWERY」の限定商品などを販売している。これはプロトタイプ商品を6種類も作り、消費者とネットなどでやり取りしながら共創した商品である。「SPRING VALLEY BREWERY」は同サイトの目玉商品だが、リアルで同ブランドのビールが飲めるのは、東京と横浜に設けた直営店舗のみ。店舗に行くと、ビールの香りや風味を自分好みにカスタマイズできる“体験”などもできる。キリン流のネットとリアルをつなぐ試みが、既に形になっている。

 そして橋本氏は、デジタルマーケティングには、「データから仮説を作るのは強い思い」「お客様の琴線に触れるコミュニケーション」「本音のコミュニケーションが絆を作る」という3つの視点が重要とした。

 アナログ的なフレーズにも思えるが、そうではない。顧客の本質的なニーズを見つけるには、顧客・商品に対する強烈な思い入れ、社会的な課題などへの使命感をマーケターが持つことが重要。デジタルだからこそ、その重要性は増している、というメッセージだ。

 「サイエンスにはハートが必要」。満席の会場に穏やかな笑顔を向けつつ、橋本氏はこんな言葉で基調講演を締めくくった。