Samba TVのような第三者のプラットフォームが参入を計画する一方、放送局側も視聴データの活用に意欲をのぞかせる。

 「今年はテレビ視聴データの運用のガイドラインが制定されて、利活用が本格化する。当社でも視聴データをデジタル媒体に活用して売り上げに結びつける準備を進める」。フジテレビジョン営業局営業推進センターデジタルマーケティング部部長(取材時)の久保木準一氏はこう意気込む。

 同社はテレビの視聴データの活用に先駆けて、オンライン動画配信サービス「プラスセブン」の視聴データの活用に取り組んできた。DMP(データ・マネジメント・プラットフォーム)を設置して、そこにプラスセブンの視聴データを取り込んでいる。プラスセブンでは初回視聴時に性・年代と居住地の郵便番号をアンケートで取得しており、このデータを視聴データとともにDMPに蓄積している。そのデータを使って、視聴者層に適した広告の配信や、エリアごとに広告クリエイティブを出し分ける商品「エリアマッチ」などを開発して販売している。

 ゆくゆくはこのDMPにテレビの視聴データも取り込み、外部の媒体にも広告配信できるようにしていく。これにより実現を目指すのは、フルファネルでのマーケティング支援だ。まずCMで広くリーチを取って、そのデータをDMPに蓄積する。次にその中から、プラスセブンで見逃し放送を視聴した人に、データを使いターゲット層に合わせて適切な動画広告を配信して、製品やブランドへの理解を深める。さらに外部の広告プラットフォームへも広告配信をして、購入に結びつけるといった具合だ。

 「当社でもパブリッシャー・トレーディング・デスクという形で、視聴データを使ったデジタル広告の出稿までをプランニングできる体制を整えたいと考えている」と久保木氏は意気込む。テレビを含めた統合的な広告運用の支援事業を標榜する。

フジテレビは郵便番号でクリエイティブを出し分け可能な商品を開発
フジテレビは郵便番号でクリエイティブを出し分け可能な商品を開発

 同時に商品開発にも力を注ぐ。6月に新たに販売を始めたのが、データ放送と郵便番号を組み合わせて、関東1都6県で広告クリエイティブを出し分ける「エリアメッセージCM」だ。データ放送機能で画面に表示するL字型の枠に対して、地域別に異なるメッセージを表示できる。

 この商品を早速採用したのがキリンビールだ。同社は地域ごとに味が異なるビール「47都道府県の一番搾り」のCMに活用した。「店舗を持つ企業であれば、QRコードを表示することで地域別にクーポンを出し分けるといったチラシ的な使い方もできる」と営業局スポット営業部主任(取材時)の長嶋大介氏は提案する。

日本ケーブルテレビ連盟は共通IDを7月に開始、多様なサービスと連携を検討する
日本ケーブルテレビ連盟は共通IDを7月に開始、多様なサービスと連携を検討する

 地上波だけではなくケーブルテレビにもデジタル化の波が押し寄せている。日本ケーブルテレビ連盟は7月から、ケーブルテレビ事業者間の統一ID「ケーブルID」の運用を始めた。加入するケーブルテレビ事業者の顧客IDと裏側で連携することで、共通基盤化する。IDを共通化することで、さまざまな他社サービスと連携しやすくして、ケーブルテレビ事業者が高度なサービスを提供できるようにするのが狙いだ。「他社サービスとIDを連携する際の翻訳機のような役割だ」と日本ケーブルテレビ連盟の柴垣圭吾企画部長は説明する。連盟には国内のケーブルテレビ事業者550社のうち370社が加入している。そのうち65社がこのケーブルIDの導入を決めた。

 この新たな共通基盤の構築で将来、ターゲティング広告への活用も視野に入れる。そのためケーブルIDと連携した視聴データ解析、及び広告配信をするために、新たなセットトップボックス(STB)の開発を進めている。

 2018年8月から提供を始めて、業界全体でこの新しいSTBを普及させようとしている。99社が既に10万台を発注しており、年間で100万台の購入を見込む。

 EC(電子商取引)事業者との連携も検討が進む。テレビ画面上で承諾をするだけで、EC事業者のIDとケーブルIDがひも付く。その後、テレビ画面上でショッピングをすれば、会員登録などをしなくてもケーブルテレビの契約者情報に基づいて、購入した商品が配送されるといったサービスを検討している。

指標の整備では米国に遅れ

 一方で遅れているのが指標の整備だ。国内でも昨年からようやく、調査会社のビデオリサーチが関東地区でタイムシフト視聴(録画視聴)の視聴率計測が始まった。これをリアルタイム視聴に足し合わせた「総合視聴率」が新たな指標として提供されている。実際に広告販売の指標としても使われるようになっており、フジテレビでもこの総合視聴率を広告販売の指標に活用していく。

米ニールセンは3月からトータルオーディエンス計測の提供を開始
米ニールセンは3月からトータルオーディエンス計測の提供を開始

 だが、米国はそのさらに一歩先を行く。米調査会社のニールセンは3月から新たな指標「トータルオーディエンス計測」の提供を始めた。ニールセンのデータによれば、米国のテレビ番組の視聴動向は年齢層で完全に分かれている。リアルタイム視聴する人の7割を35歳以上が占める。50歳以上の層だけでも4割近くに上る。一方、パソコンやスマホを使い、ネットでテレビ番組を視聴する層を見れば、18~24歳が半数を占める。もはや若者はテレビ番組をテレビで見ないことはデータからも歴然だ。

 「ネット」と一括りにしたが、テレビ番組を見るネットのサービスも多岐にわたる。放送局の公式Webサイトで視聴することもあれば、YouTubeやSNS上で視聴することもあるだろう。このようにリアルタイムかタイムシフトかという視聴方法、視聴デバイス、そして視聴サービスと複数のレイヤーで視聴データの分散が起こっている。この分散する視聴データを統合したのがトータルオーディエンス計測となる。

 広告枠の買い付け手法のデジタル化も進む。米DSP(デマンド・サイド・プラットフォーム)事業のザ・トレード・デスクCEO(最高経営責任者)のジェフ・グリーン氏は「ネット接続されたテレビであれば、これまでターゲティングできなかったテレビの広告枠も、データを使ってプログラマティックに買い付け可能になる。これは広告業界にとっても大きなチャンスだ」と語気を強める。

 同社でも「かなりの人数の開発者をテレビ関連製品の開発に充てている。ニールセンや米フールーなどと提携して、改善した製品を今年の後半に提供する予定だ」とグリーン氏は明かす。具体的には買い付け可能な広告枠の在庫量が増加するほか、STBのデバイスIDとスマホのデバイスIDを接続して、オフラインでの購入まで計測可能にする。

 視聴者の分散化、視聴態度の多様化によるテレビ媒体の変化についてメディアコンサルタントの境治氏は「これまでのリーチメディアから、最大のセグメントメディアへと捉え直すべきだろう」と提言する。

 CMのリーチ力はいまだ大きいものの、どの層を狙うかによって出稿すべき番組や方法を考慮するといった、ネット広告的な柔軟な発想が求められる。

この記事をいいね!する