マーケティング戦略の立案に不可欠なリサーチは今、これまでになかった難題に直面している。正確で効果の高いリサーチを実施するために何が必要なのかを考えた。

 「20代男性の53.3%が『交際経験なし』」(ITmediaビジネスオンライン)、「恋人がいるのは5人に1人、結婚願望も激減」(BIGLOBEニュース)─―。

 6月21~22日にかけて、こんな記事タイトルのニュースが各Webニュースメディアで掲載され、驚きのツイートがネット上を飛び交った。同22日夜には、今日のニュースを振り返るNHK総合「ニュースチェック11」がトレンドワードとして「交際経験なし」を紹介。その後も、同24日に日本テレビ系の朝の情報番組「スッキリ!!」、同30日に同局早朝の情報番組「ZIP!」、7月7日には再度NHKニュース「おはよう日本」でこの話題を取り上げた。

 元ネタとなったのは、明治安田生命保険グループのシンクタンク、明治安田生活福祉研究所(東京都千代田区)が、20~40代の恋愛と結婚について今年2月に実施した「第9回 結婚・出産に関する調査」のアンケート結果である。2005年から結婚・出産に関する意識調査を継続的に実施しており、未婚者の交際経験については3年前の2013年2月に実施した第7回でも尋ねていた。比較すると、20代未婚男性で「交際経験なし」の人の割合は3年前が30.2%だったのに対し、今年は53.3%で、「23.1ポイント上昇、1.7倍にもなっています」とグラフ入りでレポートしている(図1)。この激変ぶりに各Webニュースメディアが飛びつき、拡散されて、テレビ番組も話題に乗ってきた格好だ。

図1 20代未婚男性の「交際経験なし」がわずか3年で激増?
図1 20代未婚男性の「交際経験なし」がわずか3年で激増?

 だがちょっと待ってほしい。交際経験なしが3年で20ポイント以上も増えたというデータを目にしたら、「若者を取り巻く環境にいったい何が起きているのか」「そもそもたった3年で“経験なし”が20ポイント以上増えることなど起こりうるのか」といった観点で数字に向き合うのがマーケターであろう。

 まず確認すべきは調査概要だ。同調査は2005年の第1回から2007年の第3回までが郵送調査、2008年の第4回からWebアンケート調査に切り替えてマクロミルの登録モニターを対象に実施してきた。それが今回はクロス・マーケティングの登録モニターに切り替わっている。

 市場調査会社サーチライト(東京都豊島区)社長でリクルート住まいカンパニー 住まい研究所の主任研究員を務める志村和明氏は、次のように苦言を呈する。

 「調査会社を変更して検証もせずに時系列比較するのは、社内的なリサーチ資料ならともかく、10年に及ぶ定番の調査としては不適切で、リサーチリテラシーを問われる問題だ。今回のような数字の変動があった場合は、社会的な影響も大きいため、その項目の発表は差し控えるべきだったのではないか」

 ほかにも問題がある。調査概要の回答者数に目を向けると、3年前の調査では20代前半の未婚男性が103人、同20代後半が155人と20代後半の回答者が厚くなっているのに対し、今回の調査では20代前半・後半とも150人ずつ。両調査とも補正はかけておらず、20代の年齢分布が異なる状態で比較していた。

 この点を質したところ、「今回のデータを前回に合わせて補正をかけたところ、53.3%から52.5%へ0.8ポイント低下するが、傾向に変わりはない」との回答だった。

 ここでさらに疑問が浮かぶ。20代後半より交際経験なしが多いであろう20代前半の回答者数を減らしても、交際経験なしの割合がわずかしか減らない。ということは、交際経験は年齢を重ねるごとに急激に増えるものではなく、非常にゆるやかな伸びであることを意味する。ちなみに今回調査の交際経験なし率は、20代前半が57.3%、20代後半が49.3%。3年前は20代前半が34.0%、20代後半が27.7%であるという。

辻褄が合わない変動への対応は?

 本誌はこれらの数字をもとに20代の「既婚者」「交際経験がある未婚者」「交際経験がない未婚者」の割合を年齢別にシミュレーションしてみた(図2)。既婚率(離別・死別の独身者含む)は2010年の国勢調査(20代前半が平均約6%、20代後半が同約28%)を参照し、20代後半に伸びが加速するように設定。一方の交際経験なし率については特定の年齢で急減する性格のものではないため、20代前半の真ん中に当たる22歳、20代後半の真ん中に当たる27歳がそれぞれの平均値になると仮定して、等間隔で減っていくように設定した。既婚率は3年でさらに減っている可能性があるが、そこは変えていない。

図2 「交際経験あり」が3年後、「交際経験なし」になる?
図2 「交際経験あり」が3年後、「交際経験なし」になる?

 グラフを見ると、3年前の20歳は交際経験あり+既婚者で6割を超えるが、現在の23歳は交際経験あり+既婚者が半数を割る水準だ。当たり前のことだが、交際経験は「なし」から「あり」に変わることはあっても、「あり」から「なし」に変わることはない。交際経験のある人がその後既婚者となって調査対象から外れたことを加味しても、辻褄が合わないのだ。

 明治安田側は、「前回と今回の回答者が同一ではない、つまり追跡調査ではないため、数値が大きく変動する場合も可能性としてはある」ことは認めた。

 志村氏が指摘する通り、やはり今回ほどの大きな変動が生じている場合は、少なくとも時系列比較は避け、公表する結果を制限し、注釈を付ける、または納得性の高い社会的要因を挙げて説明する必要があっただろう。報じるメディアにも問題がある。変化こそがニュースバリューとはいえ、ただリリースを垂れ流すのではなく、3年で激変する要因を考えることで、数字の不自然さに気づけたはずだ。企業のマーケターから異論が聞かれなかったのも残念である。

 今回の交際経験の数字の差は、リサーチ会社を変えたタイミングで生じたわけだが、ではマクロミルのモニターの方が“リア充”が多いのか、どちらがよりその世代の実像に近い代表性のあるモニターなのかを問うことはあまり意味がない。実際、この大手2社の両社でモニターに登録している人は相当数いるため、モニターの性格がまるで違うとは考えにくい。「設問の内容や回答環境によって変わることは起こる」(志村氏)。こちらを気にした方がよさそうだ。

 例えば、交際経験のある・なし以外に前回とは異なるさまざまな質問をしているため、それが交際経験がない人にとって前回より回答しやすいか否かで、歩留まりが変わり得る。また設問が大量にある場合、それでも最後まで完答してくれる人は、マメな性格だったり、あるいは謝礼へのこだわりが強かったりするかもしれない。そうであれば、そうしたモニター特性が、設問への回答で何らかのバイアスがかかって表れる可能性はある。

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