6月下旬に開催された「カンヌライオンズ2016」には、今年も斬新な切り口の施策が世界各国から集まった。現地に飛んだ博報堂インタラクティブデザイン局の林智彦氏が、その模様をレポートする。

 今年も6月下旬に「カンヌライオンズ」が開催された。年に1度、世界でナンバーワンの広告作品を決めるアワードと講演セッションがセットになったフェスティバルだ。

カンヌライオンズ2016の授賞式の様子
カンヌライオンズ2016の授賞式の様子
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 カンヌから「広告」の文字が消えて、「クリエイティビティー」にフォーカスしたのが2011年。今年は、「ライオンズエンターテインメント」というフェスティバルが新設された。

 「ライオンズイノベーション」のイノベーション部門は、英グーグル・ディープマインドの「アルファ碁」が受賞。同クリエイティブデータ部門とカンヌライオンズのサイバー部門はオランダのINGバンクの「The Next Rembrandt」(人工知能が3Dペイントで描いたレンブラントの“次回作”)が受賞した。この結果に、「これらのどこが広告なのか」というコメントを、特に広告表現や制作に関係している人から聞いた。

 だがテクノロジーを活用した企業のサービス開発を担当している私からすると、マーケティング、プロモーション、販売の全てがデジタルシフトによって一体化している現在においては、自然な流れだと感じた。

 広告は、宣伝や販促だけのテーマではない。ビジネス全体でどのようなクリエイティビティーを発揮できるのかが問われている。そんな、ビジネスとクリエイティビティーが融合する時代だからこそ、今年のカンヌを見て私は、「クリエイティビティ ーで何ができるか」こそがキーワードだと思った。

 今の時代は経営、マーケティング、プロモーションなど、あらゆるレイヤーで、できることが増えすぎ、何が正解かが見えにくくなっている。必要なのは誰も試したことがない施策、本業と競合するかのような取り組みを、既存の枠組みにとらわれず、強い意志で遂行する気概とスキルだろう。そうした骨太な挑戦マインドを、今年のカンヌライオンズの受賞作に多く感じた。

 では、その主な受賞作を紹介していこう。

(1)「REI #OptOutside」(外に出よう) チタニウム部門のグランプリ
 米国のブラックフライデーは、クリスマス商戦の幕開けであり、小売店にとって売り上げが一気に上がる(黒字になる)日である。人々はこぞってショッピングに出かけるが、買い物だけでなく、大自然の中にも出かけてほしいというメッセージを伝えるため、アウトドアショップの米レクリエーショナル・イクイップメント(REI)は、この日、一斉に全店舗を休みにすることをアナウンスした。この取り組みはSNSで広く拡散し、60億以上のメディアインプレッションを獲得したという。

(2)「UNDER ARMOUR RULE YOURSELF」(陰の努力が、あなたを光の当たる場所に導く) フィルムクラフト部門グランプリ
 今年31歳になる米競泳選手マイケル・フェルプスが、リオオリンピックに向けて黙々と、過酷なトレーニングを続ける様子を映像化した。

 「陰の努力が、あなたを光の当たる場所に導く」というコピーと、「RULE YOURSELF(自分を支配する)」というタグラインが印象的な作品だ。

(3)「The Swedish Number」(スウェーデン人がランダムに観光案内してくれる電話番号) サイバー部門ゴールド
 ある番号に掛けると、ランダムにスウェーデン人に電話がつながり、自国について案内してくれる、という施策である。

 公的な目的を持つクラウドソーシングという新しさと、実際にこの施策がローンチされて使われた、という事実が多くの人に勇気を与えた。

(4)「McWhopper」
 「国際平和デー」に向けて米バーガーキングが、普段は競合している米マクドナルドと“停戦”して、一緒にマッシュアップバーガーを作ることを提案するというPR施策である。

 15段広告の活用などでうまく好意を形成し、大量のPR露出とファン化に成功した。提案したのはニュージーランドの広告会社で、自国で得意先に自主的にプレゼンテーションしたところ、最初は難しいという反応だったというが18カ月をかけて粘った結果、本国である米国で実施された。

(5)「BREWERIES "Brewtroleum"」(世界を救うためにビールを飲む)
 ビール生産をする際に出る副産物から燃料を抽出するという施策。本物の燃料スタンドをニュージーランド中に建築だという。その数、50カ所だという。ちなみにBrewtroleumとは、「Brew=醸造」と「Petrolium=石油、原油」を組み合わせた造語であり、ビール粕燃料、といった意味になる。

「MTV ビデオミュージックアワード」では、アーティスト広告を、ユーザーが自由に加工できる素材として提供した。出典:カンヌライオンズ
「MTV ビデオミュージックアワード」では、アーティスト広告を、ユーザーが自由に加工できる素材として提供した。出典:カンヌライオンズ
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(6)「MTV ビデオミュージックアワード」(アーティスト広告をユーザー加工素材として提供)
 米MTVによる今年のプロモ&アクティベーション部門シルバー受賞作。恒例のビデオミュージックアワードを活性化するために、アワードの事前広告はすべて緑の背景による「未完成の素材」として掲示した。その上で、ユーザーが自由に背景を編集できるようにして、本番の広告として紹介した。誰もが映像を作れるようになってきた時代のファン巻き込み施策だと言える。

国連事務総長も登場

 今回の会場セッションには、潘基文国連事務総長も登場した。ちょうど英国のEU離脱が決定した翌日というタイミングを捉えて、「私たちは一緒に働くことで、一緒に強くなれる。そのことが、いい世界を築いていくためのキーだ。人間性のために、最も大きいキャンペーンをクリエイトしてほしい」とスピーチ。居並ぶ聴衆はスタンディングオベーションで応えた。

 国連は「Sustainable Development GOALS(持続可能な開発目標)」という目標を17設定しており、世界的な広告会社グループは、その中からいくつかの注力領域を決めて、この取り組みを支援している。会場では電通、ハバス、パブリシス、IPG、オムニコム、WPPという広告業界の「THE BIG SIX」のCEO(最高経営責任者)と事務総長によるディスカッションもあった。

 ここまで、2016年のカンヌを象徴する施策を、いくつかご紹介した。プロモーションの色彩が強いものが多いが、既存の枠組みを破り、新しいインパクトを世の中に生み出そうとしている意欲を、十分に感じ取っていただけたのではないだろうか。