シャープ買収で、国内でも名を馳せた鴻海精密工業(ホンハイ)。新イベント「D3 WEEK 2016」7月28日(木)の基調講演に、その戦略子会社Square Xの謝榮雅董事長が登場。2017年に開始するIoT(Internet of Things)家電事業の全貌を明かします。デジタルマーケターも注目の講演に先立ち、同社の研究拠点を世界のメディアで初めて取材した「日経デザイン」丸尾弘志編集長の特別レポートをお届けします。
米アップル製品を数多く手がけたことで急成長を遂げ、今やロボットや電気自動車の製造までも行う世界最大手のOEM(相手先ブランドによる生産)メーカー、鴻海精密工業(以下、鴻海)。
これまで世界のメーカーを陰で支えていた存在だった同社が、来年1月IoT(Internet of Things)家電事業に参入する。その全貌を日経デザイン編集部は取材した。
最近は、2016年4月にシャープを買収し、その後フィンランドのノキアの買収を画策するなど、完成品メーカーとしての体制づくりを急速に推し進めている。そんな鴻海が、ついに完全オリジナルの新ブランドを立ち上げ、名実ともに家電メーカーとして表舞台に躍り出ようとしている。
日本には2018年に登場か
2015年4月に鴻海は、台湾のトップデザイナーである謝榮雅氏が代表を務める「奇想創造 GIXIA GROUP」と共同出資で、IoT家電メーカー「富奇想 Square X」(以下、Square X)を設立した。資本金は2億5000万台湾ドル(日本円で8億2500万円、1台湾ドルを3.3円で換算)で、7割を鴻海が出資。Square Xの董事長は謝氏が務める。

謝董事長は、2013年の4月から1年間、ITアナリストやエンジニア、グラフィックデザイナーなど7人とチームを組み、鴻海がOEMメーカー脱却を図るためのリサーチをリードしていた。「鴻海は基本的には何でもできる企業だが、その中でも特に強みを持つ技術は何か。素材加工技術から組み立て製造技術、ソフトウエア開発技術など、鴻海の郭台銘・董事長とともに、同社が持つ技術をつぶさに調査していった」。さらにその後1年、今度は今の市場に求められているものはどのような商品・サービスで、鴻海の技術をどう生かすことができるのか、マーケットに対するリサーチを実施したという。
そのリサーチの成果を現実のものにする会社が、Square Xだ。同社は2017年に、現在開発中の商品群を年初に行われるエレクトロニクスショーで正式発表する予定。まずは台湾とヨーロッパで販売を開始。2018年には日本でも展開していく計画だ。
日経デザインは、その正式な発表を前に、台湾・新北市にある同社のIoT家電研究施設にメディアとして世界で初めて潜入。同社の戦略を独占的に取材した。
すべての機能が正方形のパネルで
「我々と鴻海の関係者以外、まだほとんどの人が入ったことがない」(謝董事長)。そう言われて、撮影すら制限された研究所に案内される。そこに広がっているのが、キッチンやリビング、ベッドルーム、そして洗面所など、一般の家庭を模した部屋の数々だ。

どの部屋でも、いわゆる家電製品が床やテーブルに置かれていない。代わりに目を引いたのが、壁に整然と取り付けられた厚さ4センチ、縦横が34センチの無数のパネルだ。アルミの押し出し成型の薄いフレームで四面が囲まれたこのパネルは、1枚ごとに異なる家電の機能を埋め込んでモジュール化したもの。パネル化された家電を壁に取り付ける機構も独自で考案し、あらゆる機能を壁1面に集約させるという提案で、ライバルひしめく家電市場に切り込んでいくという。

その中心となるのが、OS(基本ソフト)まで独自で開発した壁掛け型の情報端末だ。普段は時計や天気予報などの情報を流す窓として機能し、スピーカーのパネルと連携させればオーディオ機器となる。iPadと同じような情報検索やコミュニケーションのツールだが、さまざまな企業と連携して、各家庭のコンシェルジュとなるようなサービスをこの端末を使って多数展開していくことを目指している。
例えばタクシーの配車サービス。呼んだタクシーが今どこを走っていて、あと何分で到着するのかが端末を通じて分かる。地域のスーパーやコンビニと連携し、即日配達の買い物ができるなどのサービスを独自の直感的なインターフェースで実現。一般的なネット通販サイトをしのぐ、きめ細やかな使い勝手の良さを実現する。
端末以外にもさまざまな種類の家電の開発を進めている。サーキュレーターや空気清浄機、照明、ヘアドライヤー、アロマディフューザー…。家電以外にも、電動アシスト自転車や壁面緑化用の植物、収納、装飾用パネルなど「鴻海のみならず多くの企業と連携をしながら製品や機能の充実を急ぐ」(謝董事長)。前述の情報端末は各製品パネルをコントロールする役目も果たし、各機器のメンテナンスや操作をここから行えるほか、「家族の生活パターンを覚えて、それに合わせて製品のオン・オフを自動で行う」「季節や時間帯を考えながら、利用者の好みに応じたアロマを自動で調合する」といったことも可能にする。
世界的な住宅の狭小化を見据える
こうしたさまざま機能を持つパネルを、消費者は自由に組み合わせて使う。狙うのは、家電量販店を通じた小売りではなく、デベロッパーや住宅メーカー、建築家や工務店ルートでの販売だ。当面のターゲットは、新築やリフォーム需要。その時に提案がしやすいよう「キッチンやリビング、寝室などに最適化された家電パネルのセットを用意し、サービスも含めて提案する」(謝董事長)考えだ。
既存の家電のスタイルやあり方、そして売り方までも大きく変える仕組みで、同じ鴻海グループのシャープなどとの差異化を図る。一方でシャープとは、家電開発においては、技術的な協業を積極的に進めていく考えだ。
こうした壁掛け家電を開発した背景には、「人口が都市に集中し、居住空間のコンパクト化が世界規模で進んでいる」という住まい方のトレンドがある。実はすでに、こうしたコンパクトライフ化するトレンドを捉えている企業がある。スウェーデンの家具大手イケアや「無印良品」ブランドを展開する良品計画などのライフスタイル提案型の企業は、狭い住空間でいかに快適に暮らすかというソリューションの開発と提案を積極的に実施し、世界的に人気を博している。
Square Xが狙うのも、まさにここだ。世界の人々が抱えるライフスタイルにまつわる問題を、最新のテクノロジーやネット技術を活用しながら解決することを目指し、まったく新しいアプローチから、家電のあり方を大きく変えようとしている。
発売は2017年。発売後1年で、タブレット端末だけで100万台の出荷を狙うという。すでにオランダの高齢者向け住宅で機器を一括導入することが決まっているといい、こうした先行導入事例を皮切りに、まずは大口での導入を図っていく計画だ。