スターバックスコーヒー ジャパンのスマートフォン向けアプリが好調だ。「100万件のダウンロードを目標に据えていたが、5月の提供開始から半年以内には達成できそうだ」。スターバックスコーヒー ジャパンマーケティングコミュニケーション本部の長見明デジタル戦略部長はこう明かす。想定以上に好評を博しているため、機能の改善や拡張といった開発のアクセルを踏み、さらなる利便性の向上に努める。
順調な滑り出しを見せているスターバックスのアプリ。だが、実は同社は、長らくアプリの開発を見送ってきた。初代「iPhone」の発売以降、アプリ開発会社からはさまざまなアプリの提案が寄せられていたものの、長見氏は首を縦に振らなかった。
「小売業のアプリの定番機能は店舗検索とクーポンだが、それだけではスターバックスらしさがない。また、単なるWebサイトの焼き直しなら、サイトのスマホ対応だけで十分。スマートフォンのOS(基本ソフト)の刷新などに伴う、アプリの改修といった投資に見合う成果を得られる見込みが薄い」(長見氏)と判断していたからだ。
一方で、スターバックスのWebサイトのアクセスに占める、スマートフォン経由の割合は急速に高まっており、マーケティングのプラットフォームとしてスマートフォンの重要性が急速に高まっていることは明らかだった。そこで、将来的にアプリに展開することを見越しながら、直接的に収益につながるサービス開発への投資を先行して進めた。
顧客基盤の構築を優先的に開発
特に注力して開発したサービスの1つが、スターバックスが発行するプリペイドカード「スターバックスカード」だ。このカードは、スターバックスコーヒーの店舗で、会計時に現金に代わる支払い方法として利用できるもの。ただ、従来は店舗での入金と支払い機能しか持たなかった。
「このカードの利用データをきちんと蓄積できる仕組みを整えれば、顧客の分析やCRM(顧客関係管理)に活用できるはず」。そう考えた長見氏が新たに構築したのが、スターバックスカードと連携した会員サイト「My Starbucks」だ。このサイトの会員情報とカード利用データをひも付けて管理できる顧客基盤の構築を目指した。
My Starbucksでは、スターバックスカードの利用者がカード情報を登録することで、オンライン経由で残高を確認したり、入金したりできる。これにより、カードの利便性を高めた。また、会員先行で新商品の情報などを告知することで、カード利用の利便性向上以外のメリットを提供して、登録を促した。同サイトの会員数は現在約200万人。うち100万人近くがプリペイドカード情報を登録している。My Starbucksのおかげで、カードの利用が広がった。既に全店の決済のうち15〜20%をこのプリペイドカードが占めており、顧客の間では決済手段としての利用頻度が高まっている。
ここまでスターバックスカードの利用が広がったことによって、さらなる利用促進の手段として、ようやくアプリ化が視野に入った。「既に顧客に使われているサービスをアプリ化して利便性を高めることで、きちんと利用されるアプリになる」と長見氏は考えていたからだ。
スマートフォン向けアプリ市場は戦国時代の様相を呈している。ゲーム、ニュース、コミュニケーションなど多岐にわたるカテゴリーで日夜、無数のアプリが提供される。キャンペーンを展開するなどの手法でアプリのダウンロード数を増やしたとしても、生活者のライフサイクルに組み込まれて継続的に利用されるようなアプリでなければ、すぐに使われなくなってしまう。これではせっかく開発したアプリも宝の持ち腐れになってしまう。
先述した通り、スターバックスカードは既に顧客の間で十分利用されている。そのカードがさらに利用しやすくなれば、既存のカード利用者は積極的にアプリを利用する可能性は高い。また、アプリの告知という点では、My Starbucksの会員基盤を最大限に生かせるというメリットも持ち合わせていた。アプリの利用者が増え、カードの利用促進につながれば、直接的に売り上げ増加に貢献できる。そうすれば、投資に対する成果も見えやすくなる。そこで、スターバックスカードをメーン機能に据えて開発したのが、「スターバックス公式アプリ」だ。
アプリだけでコーヒーが買える

アプリでスターバックスカードを利用する場合、所有しているカードのカード番号と暗証番号をアプリに入力して登録する。登録後にアプリ上の「支払い」ボタンを押すと、カードのバーコードが表示されるようになる。店舗での会計時に、このバーコードをレジで読み込むだけで決済が完了する。アプリの画面を見せるだけで会計できるため、財布から物理的なカードを取り出す必要がなくなる。アプリ利用者が得られる価値としては明快だろう。
My Starbucksの利用者であれば、さらに利便性が増す。同サイトでは単純に入金をするだけではなく、プリペイドカードの残高が一定額を下回ると、登録しているクレジットカードから自動入金されるサービスを提供している。このサービスの利用者であれば、プリペイドカードをアプリに登録するだけで、My Starbucksの自動入金などの設定が、そのままアプリにも反映される。
とはいえ、プリペイドカード機能だけでは、カード利用者以外にとってアプリは無用になってしまう。そこで、商品情報や、店舗で使える電子ギフトカードを知人にプレゼントできる「Starbacks eGift」、店舗検索機能などの機能も盛り込んでいる。「アプリの利用をきっかけに、プリペイドカードの新規利用者獲得にもつなげたい」(長見氏)。
これらの機能の提供により、アプリへの移行を促すことで、カード自体の利用頻度の増加につながり、売り上げの拡大が期待できる。また、カードの利用データはMy Starbucksの会員情報とひも付けて蓄積しているため、より深い顧客分析も可能になる。さらにアプリであれば、プッシュ通知を利用して、新商品情報などを肌身離さず持ちあるくスマートフォンに直接届けられるため、情報配信のプラットフォームとしても利用できる。
長見氏は、「商品やサービスの体験という下地があって、初めて使われるアプリになる」と強調する。今後もアプリありきではなく、既存の商品やサービスをより使いやすくという視点で開発を進めていく。