「カード会員の当社サイトへのログインは月に1回か2回。スマートフォン向けアプリを提供したことで、全体的な利用回数は底上げされたが、まだまだ課題は多い」

 クレディセゾンのネット事業部の磯部泰之データマーケティング部長は、自社の抱えるマーケティング課題をこう説明する。ブランドや加盟店の情報との接点拡大が、カード利用の促進につながると考えているものの、利用明細の確認などが主な目的となっているカード会社の会員サイトの利用頻度の向上は難易度が高かった。

 会員へのメールの配信や紙のDMの郵送といった施策で、これまでも接点を拡大しようと努めてきた。だが、消費者が利用するデバイス、サービスやメディアの多様化が止まらない。既存の仕組みだけで会員に情報を届けるには、限界が訪れていた。

 そこで、会員との接点の幅を広げるため、クレディセゾンは7月から、自社のクレジットカード会員データを用いた広告配信を本格化させた。同社が持つ3500万人のカード会員データやカード決済データなどを匿名処理した上で、外部の広告ネットワークへの広告配信に活用する。データに基づくパーソナライズした広告を会員に配信することで、自社のカード利用の促進や、金融商品の申し込み増加につなげたい考えだ。

 同社の持つカードの利用データにより、いつ、どこで、いくらの金額を使っているかが分かる。消費者のライフスタイルや購買力を分析する上で、とりわけ価値の高いデータと言えよう。また、クレジットカード事業という性質上、会員のデータは全員が本人確認済みのため、性別や年齢、居住地といったデモグラフィック情報の精度は極めて高い。これらのデータを使えば、ゴルフ場やスポーツ用品店をよく利用する50代の男性といったターゲット層をデータから精緻に絞り込んで、広告を配信できるというわけだ。

カード会員情報、過去13カ月分のカード利用履歴、ポイントサイト「永久不滅.com」の利用履歴などをDMPに取り込んで分析
カード会員情報、過去13カ月分のカード利用履歴、ポイントサイト「永久不滅.com」の利用履歴などをDMPに取り込んで分析

 データ活用の基盤となるのが、4月に設置した「セゾンDMP(データ・マネジメント・プラットフォーム)」だ。クレディセゾンはこのDMPにカード会員情報、過去13カ月分のカード利用履歴、ポイントサイト「永久不滅.com」の利用履歴などを取り込んだ。また、近日中にはカード利用時のオーソリゼーション(与信照会)データは、ほぼリアルタイムで取り込めるようにする。

決済データに精度の課題

 データの活用を進める上で、重要になるのがデータの精度を高めるためのクレンジングだ。クレディセゾンと加盟店開拓の代理店契約を結ぶ、アクワイアラー経由で得られる決済データは、カード利用が行われた店舗などの表記に統一性がない。「直接契約している加盟店であれば、データは比較的、統一性がある。ただ、直接契約している加盟店は全体の3割程度。残りの7割はアクワイアラー経由のため、データをそのまま使うことは難しかった」(磯部氏)。それらのデータを使えるデータに変えるため、表記を統一するなどの補正を施し、品質を高めることが求められた。

 そこでクレディセゾンは、利用された店舗の業態や立地、販売する商品などの価格帯によって、カテゴリーに分類する手法を取っている。例えば、東京・渋谷の子供向け洋品店でのカード利用であれば、「子供」「渋谷」といった2つのカテゴリーに分類する。生命保険の引き落としなら「保険」、高級ブランド店であれば「ハイブランド」といった具合だ。用意しているカテゴリーは全部で500以上にもなる。

 これらのカテゴリーと会員データを使って、広告配信をする際のクラスターを作る。例えば、「40〜50代で百貨店をよく利用しており、海外旅行を毎年している層」といったクラスターを作り、ターゲットを絞って広告を配信する。

 DMPを活用した広告配信は、6月から、クレディセゾンの会員サイト「Netアンサー」に枠を設けて実施している。また、7月からは外部メディアへと配信の範囲を広げた。データの解析やDMPの構築は、デジタルマーケティング支援のデジタルガレージと共同で進めた。「データは持っていても、それを分析するデータサイエンティストは当社には在籍していない。その役割をデジタルガレージに担ってもらう」と磯部氏は説明する。

クレディセゾンの会員サイト「Netアンサー」に枠を設け、DMPを活用した広告配信を今年6月から開始
クレディセゾンの会員サイト「Netアンサー」に枠を設け、DMPを活用した広告配信を今年6月から開始

今後は広告事業を展開

 これらのデータを基に、顧客のニーズに合わせたサービスや商品を広告で案内する。ネットでハワイ旅行について調べている20代の女性で、カード利用の限度額が間近の顧客がいれば、広告で旅行前の限度額増額を案内する。毎月、高額を利用する40代の男性の顧客には、投資向け商材を案内する広告を配信する、といった具合だ。

 また、将来的にはクレディセゾンが提供するスマートフォン向けアプリ「セゾンPortal」との連携も実現させる。セゾンPortalは、利用するカードの利用明細や、ポイントサービス「永久不滅ポイント」の確認や利用、キャンペーン情報などを見られるアプリ。既に、150万件以上、ダウンロードされているという。このアプリにも、DMPを通じたプッシュ配信でパーソナライズされた情報を提供する。例えば、池袋の家電量販店で買い物をした顧客に対して、近隣の別の店のクーポンをアプリに配信することを想定している。こうして買い回りを促進することで、カード利用の機会の増加を狙う。

 ただ、今回の取り組みのような、自社のマーケティングへのデータ活用は、クレディセゾンにおけるビッグデータ事業の序章にすぎない。同社は、(2016年度から)2018年度までの中期経営計画において、「イノベーションの実現とビジネスモデル・チェンジ」というスローガンを掲げる。このスローガンの下、先端技術を活用して、新たなビジネスモデルを生み出す。そうして2018年度に連結経常利益600億円を目指す。これは、2015年度実績から162億円の増益となる数字だ。

 ビッグデータ事業も新たな収益を生み出すための柱の1つだ。今後、クレディセゾンは保有するさまざまなデータを活用して、新たな事業を生み出していく。具体的に実現が視野に入っているのが、広告事業だ。クレディセゾンの持つデータを活用した広告配信サービスを、他の広告主にも提供していく。

 「カード会社として先頭を切って、カードデータの利活用に挑戦していく」と磯部氏は意気込む。国外ではマスターカードが、広告主にカード利用データを販売するなど、ビッグデータ事業で新たな収益を生み出している。だが、国内ではかつて東日本旅客鉄道がIC乗車券「Suica(スイカ)」のデータ販売で消費者から猛反発を食らい、販売中止に追い込まれるなど、データの利活用を巡る“苦い経験”が目立った。

 クレディセゾンもプライバシーへの配慮から、「個人情報については一切、DMPに取り込んでいない。すべてのデータに匿名加工を施した上で取り込んでいる」(磯部氏)と強調する。あくまで匿名化された会員データとカテゴリーデータのみを活用する。またデータの外部提供についても、消費者の理解を得ながら、慎重に進める考えだ。

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