
旅行ガイドブックや地図を主力とする出版大手の昭文社が、インバウンド(訪日外国人)向けスマートフォンアプリ「DiGJAPAN」の普及に力を入れている。東京、京都、大阪、奈良、札幌、福岡、広島など国内の主要エリアごとに、観光名所や店舗のクーポン、飲食店情報、買い物に関する情報、イベント情報、それに最近の注目トレンドなどを、アプリ上で見ることができる。
旅行ガイドアプリ「まっぷるリンク」など、昭文社がデジタルメディアを提供する場合、これまでは同じ内容を先行して発売する紙媒体で収益を稼ぎ、デジタルメディアはあくまで紙媒体の読者に対する無料サービスという位置づけだった。DiGJAPANは同社として初めて、紙媒体を持たないデジタル先行のメディアであり、「アプリに対する広告出稿で稼ぐ」(グローバル事業本部グローバル事業統括部マーケティング推進課課長の鶴岡優子氏)ことを狙う。2014年11月にリリースしたアプリは、今年3月段階ではまだ10万ダウンロードにとどまるが、「台湾とタイからの訪日外国人を中心にダウンロード数は急伸中」(鶴岡氏)。繁体字(台湾)、タイ語、英語、簡体字(中国)、韓国語の5つの言語に対応しており、早期に100万ダウンロードを達成するのが目標だ。
台湾向けFacebookがファン約38万人を獲得
このアプリをリリースするきっかけになったのが、2012年12月に同社がスタートさせた台湾向けFacebook。それまでインバウンド向けビジネスには力を入れてこなかったが、「Facebookによる発信なら低コストで広くアジアに情報を発信できる」(鶴岡氏)と考えた。
その際、担当者である鶴岡氏自身と受け手が同じ目線に立ってコミュニケーションできるように、「ターゲットとして20~40代の女性を強く意識」(鶴岡氏)。そのうえで日本の観光地情報や食べ物・飲み物の情報などを日本語で記し、それを翻訳して写真付きでアップすることを繰り返した。すると、台湾でたちまち人気が高まり、約38万人のファンが付いた。内訳は狙い通り、96%が18~44歳の女性だった。
どんな内容が受けているのかを分析したところ、「近年、話題になっている中国人の“爆買い”などとは異なる傾向が見られた」(鶴岡氏)。爆買いの対象となる家電製品や日用品などではなく、コンビニエンスストアが出す新作スイーツや、価格は高いけれど美味しそうな高級ソフトクリーム、日本でしか入手できない限定フレーバー入りの商品といった「日本にいないと分からないような“小ネタ”の受けが最も良かった」(鶴岡氏)のだ。
当時、そのようなユーザー目線からの細かい情報をインバウンド向けに発信しているメディアは少なく、こうした情報をスマホ向けアプリにして発信すれば、広告モデルのデジタルメディアとして十分に成り立つのではと踏んだ。
実際、14年11月にリリースしたアプリでは、ユーザー目線を意識したつくりを徹底した。鶴岡氏ら担当者が日本語で書き起こし、各国語に翻訳していた方式を15年2月に改めた。「編集の経験は問わず、日本で暮らしながら海外から来た友人に日本を案内しまくっている人を狙って」(鶴岡氏)、台湾、タイ、韓国、米国の女性を1人ずつ計4人、スタッフとして採用。アプリの中味や、アプリのリリースと同時にDiGJAPANという名称を付けて連動性を高めていた台湾向けやタイ向けFacebookの内容を、これら4人を中心に作る体制に切り替えたのだ。
例えば、単なる割引クーポンではなく、有名なあんみつ店で「あんみつの上に抹茶アイスを載せられる」というクーポンを考案してアプリで提供。実際に外国人女性スタッフがその店を訪れ、抹茶アイスをあんみつに載せて美味しそうに食べる写真をFacebookにアップした。Facebook上では外国からの「かわいい」との声が溢れ、ページからアプリのダウンロードページに遷移した人も多く、ダウンロード数が一時的に増えたという。「どんな内容が海外の女性に受けるのかを分かって内容を考えている。アプリとFacebookの連動も進めているし、ユーザーとのコミュニケーションがより深まった。狙い通り」と鶴岡氏は語る。
タイ国際航空など現地企業と提携
アプリの制作体制の強化と同時に、アプリのプロモーションや広告出稿を促す営業活動にも力を入れている。

「日本に来てからではなく、来る前にアプリをダウンロードしてもらうこと」(鶴岡氏)を狙い、台湾やタイなど現地の企業と提携して、訪日を考えている人に現地でアプリのプロモーションを図っている。例えば、タイ国際航空と提携し、6月から10月末まで、タイ国際航空便を予約した客にはタイで借りて日本で使えるWi-Fiルーターのレンタル料金を4日間まで50%割り引き、同時にDiGJAPANのダウンロードを促すというキャンペーンを展開中だ。
また広告営業も、いまのところ昭文社の法人営業部門にインバウンド専用の営業グループを作って、取引実績のある広告主に直接売り込む体制を採っている。このため、広告収入の額そのものはまだ公開できないが、「確実に伸びている」(鶴岡氏)という。将来は広告会社と組んで営業攻勢をかけることも検討しており、そうなれば増収を後押しすることは間違いない。
まず現地の潜在顧客とコミュニケーションを図れるFacebookを展開し、その手応えをそのままアプリに反映させ、さらに現地でのプロモーションに力を入れて人気を集めるというDiGJAPANのマーケティング手法は、競争の激しいインバウンドビジネスにとって、参考になる点が多いのではないだろうか。