インターネットやSNSの普及によって、消費者は商品やサービスに対するクチコミを簡単に手に入れられるようになった。商品の購入やサービスの利用を検討する段階で、企業が発信する情報だけでなく、クチコミも参考にして意思決定する消費行動は、もはや当たり前になっている。
そうした行動は、商品やサービスの購買にとどまらない。転職活動においても同様だ。入社を検討している企業で実際に働いたことのある人のクチコミは、求職者が応募するかどうかを決める上で貴重な情報となる。転職情報事業のエン・ジャパンが運営するサイト「カイシャの評判」も、そうした情報源になるべく、転職活動で役立つ企業のクチコミを集めている。
具体的には、サイトの利用者に、働いたことがある企業の残業時間や会社の風土などをクチコミとして投稿してもらっている。それを求職中のサイト利用者が見て、応募しようとしている会社の“実態”を知ってもらうことで、いざ入社した後に「想像と違った」となるミスマッチの減少につなげようとしている。それが結果的に、求職者と採用する側の双方にとって有益になると、エン・ジャパンは考えている。
同社は、こうした考えで運営している同サイトをマーケティングに活用するための位置づけを昨年8月、大きく変えた。従来は、転職情報サイト「エン転職」に会員登録している利用者に、転職の参考情報として見てもらうという位置付けで、登録会員の応募率を高めることが狙いだった。そのため、カイシャの評判への流入はエン転職経由が多くを占めていた。
これを大きく転換。カイシャの評判のクチコミを非会員でも見られるようにした。クチコミというコンテンツ自体が、集客に活用できると判断したからだ。いわゆる、コンテンツマーケティングの一環として、検索サイト経由で、まずカイシャの評判に人を集める。そこから、エン転職へと誘導することを狙う戦略へと変えた。
コンテンツをオープン化した結果、戦略転換から約半年で、カイシャの評判の月間のアクセス数は2.4倍の2300万にまで増加した。同サイト経由のエン転職への流入数も3.1倍に増えており、集客に大きく貢献している。こうした成果を受けて、今年6月1日には、企業ではなく、業界単位で情報を発信していくサイト「スマート業界地図」を開設し、コンテンツマーケティングをさらに強化している。
コンテンツ開放で高いSEO効果
エン・ジャパンがカイシャの評判をオープン化した背景には、同社が直面していた3つの課題があった。1つは、広告単価の増加である。求人が増えて売り手市場となる中、求職者を確保しようと人材会社による競争が激化している。その影響から、「検索連動型広告は、クリック単価が平均で3倍になっている」(執行役員の寺田輝之デジタルプロダクト開発本部長)という。もちろんエン・ジャパンは広告費を抑えるために、広告運用を最適化する努力を続けていたが、それだけでは限界があった。
2つ目は、オープン化する前は、カイシャの評判のコンテンツを検索サイトのロボットがクローリングできず、SEO(検索エンジン最適化)対策効果も低かったことだ。
そして3つ目は、競合サイトに対する知名度やアクセス数の低さだ。当然だが、企業のクチコミサイトは、エン・ジャパンの運営するサイト以外にも多数ある。そして、その多くは無料の会員登録やクチコミの投稿、サイトで利用できるポイントの購入などをクチコミの閲覧の条件にしている。カイシャの評判も同様だったが、競合に比べて後発であるため、知名度やアクセス数ではライバルの後塵を拝していたのだ。
エン・ジャパンが決断したコンテンツのオープン化は、こうした3つの課題の解決につながる可能性があった。そして120万件の企業のクチコミが投稿されているカイシャの評判をオープン化すれば、大きな集客効果が期待できるのではないかと考えた。
「競合サイトの中には、有料会員などから収益を得ている企業もいるため、コンテンツを開放しづらい。一方、当社は本業であるエン転職に送客することで収益を得られる。コンテンツを開放すれば、制限をかけている他社よりも高いSEO効果が期待できる」と寺田氏は語る。実際、オープン化したことで検索サイト経由のアクセスは一気に増えている。
若年層の獲得狙い新メディア
エン・ジャパンでは、単純にコンテンツを開放するだけではなく、会員から得たアンケートを基に、よりニーズの高い情報の拡充にも取り組んでいる。寺田氏によれば、カイシャの評判の利用動向から、「年収」「残業時間」「企業風土」の3つを主に知りたがっていることが分かってきたという。
そこで、クチコミの投稿時にサイト利用者から取得しているアンケートデータを基に、企業ごとに会社全体の平均年収やその会社における業種ごとの平均年収、平均勤務時間、平均有休消化率など、60項目に及ぶデータをグラフにして視覚化。「会社分析レポート」として、オープン化した後に提供し始めた。当初は会員限定のコンテンツとして提供していたこの機能も、5月19日には非会員でも見られるようにして集客に活用している。
アクセス数が増えて、サイトが活性化したことで、新たなマーケティング施策の展開にもつながっている。クチコミ情報の開放によって、アクセス数が増加する中、サイト訪問者の26%を24歳以下が占めるなど、若年層の獲得にも大きく寄与していることが分かった。エン・ジャパンは新卒採用事業を展開していないことから、これまで若年層とブランドの接点が希薄だった。ところが、「入社後すぐや、第2新卒の人たちも検索して訪問してくるようになった」(寺田氏)。
そこで、この層の獲得を狙い、6月1日に新たにカイシャの評判と連動したサイト「スマート業界地図」を始めた。「若年層の転職希望者の多くは就職に失敗したと思っており、異なる業界への転身を望んでいる」(寺田氏)。このことから、具体的な企業のクチコミ情報の検索に先立って、まずは関心のある業界について知りたがっているというニーズが高いと仮説を立てた。
スマート業界地図はこのニーズを満たすことを目指したものだ。「インターネット」「銀行」「自動車」など全24業界の業界が抱える課題や、企業動向などをコラムとして掲載しており、業界転身を検討し始めた段階で業界研究に役立つ内容となっている。業界別のページには、カイシャの評判に掲載されている、企業別のレポートやクチコミ情報も一部見られるようにして、業界研究から、具体的な企業の研究へと、転職希望者の段階の移り変わりに合わせて、シームレスに情報を得られる作りとなっている。
さらに利用者の増加で、さまざまなデータも得られるようになっている。そうしたデータは、現時点でリターゲティング広告の配信にしか活用できていない。そこでデータをさらに有効活用するために、プライベートDMP(データ・マネジメント・プラットフォーム)を設置し、データドリブンなマーケティングも推進していく計画だ。