この5月、ユニ・チャームが公開した生理用品と紙おむつのネット動画が立て続けに炎上した。
前者は「彼女が生理中のときに困ること」を彼氏側に尋ねたアンケート結果をもとに、同社製生理用品の利点をアピールする内容。「デート中にトイレの回数が増えると彼氏が困惑する」旨の調査結果をもとに生理用品の使用を促す内容に対し、「彼氏を不機嫌にさせないために生理用品を使うのか?」との指摘が相次ぎ、同社は動画を取り下げた。
後者の紙おむつ「ムーニー」のブランディング動画「ムーニーから、はじめて子育てするママヘ贈る歌。『moms don’t cry』」は、育児に孤軍奮闘するも空回りして苦悶するママの姿を描写し、「その時間がいつか宝物になる」というメッセージで締めくくる内容。これに「『ワンオペ育児』を美化している」と批判の声が上がった。同社としては、リアルな日常を描くことを通じてママを応援する狙いだった。「いつか宝物になる」というフレーズに、「大変なのは今だけよ」「私の時代はもっと大変だった」といった先輩ママたちの『上から目線』を視聴者が感じ取ったのが不評の要因だろう。
おむつ動画については、一方で「騒ぎ過ぎだ」「いい動画じゃないか」という意見が、問題視された後もなお相当数、SNS上に上がっているのも事実。この作品は2016年暮れに公開されたもので、4カ月あまりの間、数十万人が視聴して何事も起きていなかった。おむつ動画に対し違和感をツイートしたユーザー、あるいはそれをリツイートしたユーザーにたまたま一定の影響力があって、見えなかった論点がこのタイミングで可視化された格好だ。
おむつ動画を公開しているYouTubeで「高く評価」が押された数は、今なお「低く評価」を大きく上回っている。問題視された動画、例えば2015年3月に「寝てそれ?」「需要が違う」「最近、サボってた?」などの迷言で炎上したルミネの動画のケースでは、加速度的に「低く評価」が激増したため、評価ボタンを非公開にするほどだった。その面では、おむつ動画は決して批判一色ではなく、賛否両論といったところだ。
ママの苦労を描いて称賛された動画もある
同社の育児ママを応援する気持ちは偽りない事実で、動画を取り下げなかったことは一つの判断として尊重したい。ただし、少なからぬ主顧客層の気に障ってしまった以上、今後の広告展開のためにも、検証は必要だ。「もうママの苦労に寄り添うようなシナリオは怖くて描けない」という声が制作現場からは聞こえてくる。果たしてそうなのか?
ユニ・チャーム動画との比較論でよく取り沙汰されているのが、同業であるP&G(プロクター・アンド・ギャンブル)の紙おむつブランド「パンパース」が2016年2月に公開した動画「キミにいちばんのこと」である。ただこちらは日本語字幕入りのグローバルCMで、「みんなが赤ちゃんの誕生を祝福している」といういわばほんわか路線の作品。比較の対象としてはあまり参考にならない。ムーニーを否定してこの作品を称賛すると、「当たり障りのない作品にしておけ」と解釈する人も出てくるだろう。
比較すべきは、同じようにママの苦労を描いても炎上どころか称賛された作品だ。実はムーニーとほぼ同じ昨年12月に、花王が紙おむつ「メリーズ」ブランドで類似の動画を公開し、こちらは問題なく評価を得ている。「メリーズからママへの応援ムービー『なんで?』篇」を見てほしい。学びはこちらにある。花王とユニ・チャームの違いは何か?

花王の動画も、育児ママが悪戦苦闘する描写から始まり、「なんで私、上手にあやせないんだろう?」などのテキストが挿入される。それが3分超の動画の約半分、1分30秒の時点から一変する。バスの中で乗客のご老人にかわいがられたり、父親も途中何度か登場したりすることで、「それでもやっぱり赤ちゃんはかわいい」旨の明るい内容に「転調」するのだ。そして、「数えきれない『なんで』を重ねて、私はママになっていく。」「その笑顔と、もっと、ずっと。」というメッセージで締めくくられる。この展開ならば、仮に「その時間がいつか宝物になる」が入っていてもさほど違和感はなかっただろう。
実はユニ・チャーム動画も、全体で2分の動画の終盤、1分20秒あたりから、同様の転調がある。ところが、全体の3分の2を占める苦労の描写があまりにリアル過ぎて悲壮感が漂ってしまい、また転調がメリーズほどハッキリせず時間も短い。それゆえ、重い気持ちを引きずったまま最後のメッセージ(=その時間がいつか宝物になる)を見て、「あの苦労を美化するの?」という反発につながったのではないか。
花王の動画は「大変なこともあるけれど、みんな味方。メリーズも応援します」というメッセージを発しているのに対し、ユニ・チャームの動画は、苦闘するママの描写に大半の時間を使った以上、ママの過負荷を訴える社会問題提起型、あるいはその対応策を提示する問題解決型にしないと、気持ちの収まりがつかない人が多数現れるのも無理はない。
このように、比較することでどこが炎上のポイントだったのかが見えてくる。構成が似た動画でも、時間配分や父親の登場機会、BGMの曲調といった要素で、視聴者に与える印象がだいぶ変わることが分かる。ママの苦労描写や、「その時間がいつか宝物になる」というフレーズそのものをNG指定する必要はない。広告主も代理店のクリエイターも、怯むことなく挑戦してほしい。
おむつ動画の炎上をめぐっては、「男性社員だけで作るからズレた作品が出来上がる」とその原因を推測する論考が散見される。だが、その見方は一面的だ。管理職への女性登用が国内トップクラスの資生堂でも、「インテグレート」のCMで「25歳からは女の子じゃない」「(頑張っている様子が)顔に出ているうちはプロじゃない」というセリフが物議をかもした。また冒頭で触れたユニ・チャームの生理用品動画を制作した女子向け動画サービス「C CHANNEL」は、その媒体特性上、制作現場には女性が多い。問題の発生は作り手の性別が原因ではないと言える。
なお、ユニ・チャームには取材を依頼したが、「本件は炎上したとは認識していないので、お話することは何もない」(同社広報)との回答だった。