抗議が必要とも思えない場面で執拗に攻撃する側の、思考や攻撃対象の選び方にはどのような理屈があるのか。こうした現象、世相は何に起因するのか。各界の専門家に聞いてみた。
書籍『ウェブはバカと暇人のもの』の著者で、ネットニュース編集者として数々のクレームを受けた経験を持つ中川淳一郎氏は次のように語る。
「通勤電車が混雑していて不快だったとしても彼らはJRや私鉄に抗議しません。それはクレームをつけたところで簡単に変わるわけがないと分かっているから。つまりターゲットは抗議すれば折れる可能性があると思われているところ。そこでお詫びに追い込むという“成功体験”を積み重ねて増長してきた」。そのため企業に対しては、「攻撃に振り回される必要はない。毅然と無視していい」と言い切る。
テレビ視聴者が評論家になる時代
なぜかくも直裁的で刺々しい表現がネット空間を飛び交うのか。目白大学教授で心理学の一般書籍を多数出版している渋谷昌三氏に尋ねた。
「テレビのコメンテーター席に、以前の評論家に代わって視聴者と知識レベルが同等のタレントが陣取るようになり、視聴者がそれをジャッジする評論家になった。タレントの起用はニュースを身近なものにする利点はあるが、短い尺でエッジの効いたコメントをして注目を集めようとするあまり、雑な紋切り型の表現も目立つ。字数制限で前提条件を書く余裕がないTwitterがそれを助長しているのではないか」(渋谷氏)
堀江貴文氏ら有名人がTwitterを使ってワンフレーズで舌戦を展開し、それをメディアが面白おかしく取り上げる。彼らに憧れつつも立場上実名で投稿できない一般人が、匿名を隠れ蓑に投稿内容をエスカレートさせ、言葉が乱暴になっていく。
渋谷氏が手がけた消費者研究によると、商品・サービスに不具合があった際、真っ当な指摘をして改善にたどりつける人は2割強ほどだという。そうした正当なクレームができない人が、ネットで愚痴を書き込むといった行動に出やすい傾向があるのかもしれない。企業としてはカスタマーサービスの分かりやすさや良心的な対応が“護身”につながりそうだ。
炎上参加者はWeb利用者の0.5%、攻撃者は数人のケースも
では、炎上に参加する人はネットユーザーの何%なのか。炎上事例を計量経済学の見地から分析して規模について数値化した、国際大学グローバル・コミュニケーション・センター助教の山口真一氏によると、過去1年以内に参加経験がある人は0.5%を切る水準だという(下図)。

約2万人のネットリサーチ会社のモニターを対象に、炎上の認知度や見た経験、書き込んだ経験などを尋ね、ヘビーユーザーが多い調査モニターのバイアスを調整して割り出した値だ。パーセンテージで見れば超少数派だが、実数としては約20万人に上る。それでもその大半は、炎上トラブルを報じるニュースを引用して一言コメントを付けるだけだ。問題は一つの炎上案件に2回以上投稿する人。その一部に、直接的に抗議・攻撃に参加する人がいるという見立てだ。一つの炎上に複数回投稿する人は数十人から数百人、直接攻撃者はその10分の1存在するとしても数人から数十人の規模に過ぎないことは覚えておきたい。
炎上の怖さは、炎上中よりもむしろ“焼け跡”にある。A社の商品について調べようとして悪評に出くわした場合、その悪評が事実なのか否か、にわかに判断することは難しい。それでもネット風評対策コンサルティングのエルテス(東京都港区)が実施した自主調査によると、「ネガティブな記載が気になる」人は90%を超え、それによって「購入を取りやめる」人も80%に迫る。
火種は小さいうちに消し止めたいが、炎上や抗議にさらされるのは必ずしも自社に致命的な落ち度があるときばかりではない。上表のように、過去にCM・プロモーションが問題になった事例をみると、すぐに謝った方がよいものから、突っぱねてもよかったのではないかと感じるものまでさまざま。炎上の初期段階で適切に判断するのは容易ではない。
すべてケース・バイ・ケースになるが、“有事”の対応について考える訓練になりうる実例を挙げる。サイボウズが3回にわたって展開した、共働き家族のワークスタイルを主題とするブランディングムービーだ。
2014年12月に公開した第1弾「大丈夫」は、ワーキングマザーが仕事と保育園の送り迎え、急な発熱による呼び出しなど家事・育児で慌ただしい日常に翻弄されながら自問自答する姿を描いた3分弱のショートムービー。職場のチームを管理するグループウエア市場のトップランナーとして、過度に負担がかかっているワーキングマザーの現状に焦点を当て、ワークスタイル改善について考えるきっかけを作ろうとした、国内では珍しい問題提起型の内容だった。

同様の境遇にいる働くママからの共感を得て拡散し、テレビの情報番組でも取り上げられ、硬派な内容ながら再生回数は150万回を超えた。そして翌2015年1月、サイボウズは第2弾「パパにしかできないこと」を公開する。
家事育児分担が進んでいる共働き層から不評
しかしながらSNSに投稿される感想は第1弾と打って変わって手厳しい内容だった。大変なママの状況を理解し、いたわることが、パパにしかできないことだという趣旨だったが、「そんなことより家事育児は“パパでもできること”だらけだから、引き受けたらどうか」と、家事育児の分担ができている先進的な共働き層から不評を買った。
サイボウズとしては、理想的な共働き夫婦像や解決策を提示するのではなく、平均的な共働き世帯で起こりそうな“あるある”シーンを活写することで、考える機会を提供することを狙っていた。しかしながら第1弾が好評だったがゆえに第2弾のハードルが想定外に上がってしまった。また第2弾で解決策が提示されると予想する人もいたため、その意味では“期待外れ”となり、その反動が不満のコメントとして投稿されることになった。同社は第1弾と第2弾を同時並行で制作し、先出しする第1弾により労力を割いていたため、第2弾の内容の詰めにいくばくか甘さがあったことも否めない。
動画プロジェクトを指揮した同社コーポレートブランディング部長の大槻幸夫氏は、「反響を見た当初はさすがに凹んだ」と振り返るが、意気消沈する同部門を救ったのは社長の青野慶久氏だった。青野氏が注目したのは、YouTubeの再生回数のすぐ下に表示されている「高く評価」「低く評価」の数字だ。広範に支持された第1弾は高く評価の割合が95%を超えていた。ところが不評と思っていた第2弾も、高く支持の割合が80%を超えていたのだ。厳しいトーンの意見とは必ずしも一致しない感想を持つ層も広く存在していた。先進的共働き層の感想や提言をもちろん“ノイズ”扱いはできないが、それとは異なる一種のサイレントマジョリティーの存在を、YouTubeの指ボタンに教えてもらった格好だ。
自信を取り戻した大槻氏は、その後も女性向けWebメディアの共働きを考える企画などに出演し、第3弾となる全6話のドラマ制作にも取り組んだ。こちらは昨年暮れから年明けにかけて公開した。週1ペースの公開で全30分近くになるため再生回数は伸ばしにくいが、YouTubeの高く評価の割合は第1弾並みで、広く支持されている。商品にしてもCMにしても、想定とは異なる反響やネガティブな意見が寄せられるケースがあるが、このように“声なき声”の反応を確かめてみることは大切だ。