米国本社が株式売却を検討するほど低迷した日本マクドナルドの業績が急回復している。この復活劇の陰に何があったのか。知られざるデジタル活用の舞台裏を追った。
「ボリューム満点でおいしい! 私の評価は★5.0!」「満足感大きい。私の評価は★4.5!」──。

日本マクドナルドが4月5日から販売を開始した「グラン」シリーズ3種類の売れ行きが好調だ。ビーフ100%のレギュラーメニューとしては8年ぶりとなる新商品。8年前の「クォーターパウンダー」と入れ替わる形での登場に、クォーターパウンダーを惜しむ声も根強かったが、発売後はグラン登場を歓迎する声が、クォーターパウンダーロスの声を圧倒している。同社の4月の既存店売上高は、このグラン効果もあり、前年同月比12.7%増と高い伸びをみせた。
グランシリーズの出足が好調な最大の理由は、3種類の中でボリュームのある「グラン クラブハウス」が、ビッグマックより高い490円という価格設定ながら、称賛の声が上がるほどの味わいを実現できたことだ。そして、その評判を広く消費者に伝えるSNS施策を展開したことが、客足の伸びにつながった。
具体的には、「グランのおいしさあなたは★(ほし)いくつ?」キャンペーンがそれだ。マクドナルドのTwitterアカウントをフォローした上で、キャンペーンページでグラン3商品のいずれかを選んで5つ星満点で評価し、感想をツイートするというもの。抽選で300人にマックカード3000円分が当たるプレゼントキャンペーンではあるが、単なる応募にとどまらず、大半が4~5つ星評価で、かつ思い思いに自分の言葉で感想がつづられていたのが特徴だ。
Twitter採点はマクドナルドにとって今回が初めてではない。昨年4月末に「クラブハウスバーガー」を期間限定で販売した際、スクラッチ式の「星付けカード」を配布。スクラッチを削って星を出したカードを撮影し、感想とともにバーガー名のハッシュタグを付けて投稿してもらうという取り組みを実施している。
実はこのクラブハウスバーガーが好評で、レギュラーメニュー化を目指そうとアレンジを加えて商品化したのが今回のグランシリーズである。そんな自信作ゆえ、再びTwitterを使った5つ星評価を取り入れた。
ホットリンクのクチコミ分析ツール「クチコミ@係長」を利用して、発売後1カ月間のTwitter採点をクラブハウスバーガーとグランシリーズで比べたところ、グランシリーズの方が約2倍、採点ツイートが多かった。グランシリーズは、食べたお客の星の数と声を、つながりのある友人を呼び込む強力なメッセージとして、うまく集客に活用した。
2014~2015年にかけて食の安全にかかわるトラブルに見舞われ低迷したマクドナルドだが、急回復を支えた要因としてSNSやスマートフォン向けアプリをはじめとするデジタルツール・メディアが果たした役割は大きい。本特集ではその具体的な取り組みに迫りたい。
既存店売上高38.6%減の危機
本論に入る前にまず、マクドナルドの現在に至る過程をざっと振り返っておきたい。2年連続最終赤字に陥っていたマクドナルドは、「マックからマックへ」の移籍で話題となったアップル出身の原田泳幸氏をCEO(最高経営責任者)に迎えた2004年から2011年まで、8年連続で既存店売上高を伸ばした。だが、2012年以降は一転して業績が悪化。レジカウンターからメニュー表を撤去したり、時間内に商品を渡せなかったらサービス券を配ったりする施策も不評で低迷に歯止めがかからず、2013年8月に現職のサラ・カサノバ氏が社長に就いた。
しかし翌2014年7月、中国の食肉製造卸事業者が扱う鶏肉に消費期限切れのものが含まれている可能性があったため、チキンマックナゲットの販売を中止。調達先をタイに変更したが同年8月の既存店売上高は前年同月比25%減と落ち込んだ。さらに客足もまだ戻らない矢先の翌2015年1月、異物混入のトラブルが発覚し、当月の既存店売上高は同38.6%減という危機的な状況に陥った。
それから2年あまり、マクドナルドは見事に復活を遂げた。5月10日に行われた2017年第1四半期の決算発表では、今期連結業績見通しを当初予想から上方修正することを発表。売上高は95億円増の2460億円、最終利益は60億円増の145億円を見込んでいる。また昨年の年初、日本事業に見切りをつけて日本法人株の売却計画を明かしていた米国本社も態度を一変。業績の急回復を受けて株式売却の凍結を表明した。マクドナルドは今、回復から再成長のフェーズに入ったと言っていいだろう。
ここからはマクドナルドの取り組みを、不祥事からの信頼回復を図る初期の段階、イメージがネガティブからポジティブに変わりつつある転換の段階、昨年半ばからの攻勢の段階の3段階に分けてみていこう。
信頼回復を図る初期段階の施策:ソフト、ハード、組織を改善
不祥事などで信頼を失い低迷してしまう企業と、失った信頼を取り戻したマクドナルドのような企業との差は何か。マーケティング、広報・PR領域に詳しい東京都市大学都市生活学部の北見幸一准教授は、信頼を失った直後からしばらくの間に相当する「信頼回復局面」で必要な取り組みについて、次のように語る(下図)。

「組織風土を変える仕組みやそれを推進する人など『ソフト』の改善、設備や装置など『ハード』の改善、経営陣やマネジメントの仕組みなど『組織』の改善。この3領域で取り組むべき課題をリストアップして、まず改善に着手する。その上で、改善した結果や取り組んでいる内容などいわば変わった感を、対外的にしっかり伝えていくコミュニケーションの力が重要になる」
必要な改善を放置する企業は論外だが、すぐに改善に着手したとしても立て直しは内向きの取り組みが多いため、外からはその様子がうかがいしれない。ともすると、「何も手を打っていない」「反省していない」などと解釈される恐れがある。取り組みを見える化することで、改善の進捗状況が消費者や取引先を含めたステークホルダーに徐々に伝わり、理解・共感が得られ、やがてはブランド回復へとつながっていく。
鶏肉事件に異物混入事件が重なり、それまでの信頼を失った直後からマクドナルドが取り組んでいた数々の施策も、こうしたソフト、ハード、組織という3領域のいずれかに分類できる。
客の質問・要望に真摯に回答
マクドナルドの場合、3領域の中でとりわけ目立つのが、ソフトの改善である。2014年夏の鶏肉事件後、品質検査の強化など対応策の公表後に、まず取り組んだのが、消費者向けの分かりやすい説明というソフトの改善だった。

2014年8月、品質に関してよく寄せられる質問に答えるQ&Aサイト「マクドナルドのまるごとQ&A」(開設当初は『品質管理について、お話しします』)を、同社サイト内に設置。まずチキン製品について、「鶏肉はどのような状態で輸入されているの?」などのQ&Aを用意し、その後、タイのチキン加工工場の映像を公開したほか、ビーフ、ポーク、ポテト、レタス、バンズと回答する食材のジャンルを追加していった。
興味深いのは、当たり障りのないQ&Aに終始するのではなく、「それを聞くか!?」と突っ込まずにはいられない内容を網羅していることだ。ビーフ編の「ミミズ肉が使われているって本当ですか?」、バンズ編の「マクドナルドのバンズは腐らないって本当ですか?」などだ。これら都市伝説と言ってもよい類の質問に、食肉加工業者のスターゼンの工場長や、製パン事業者の品質管理責任者が登場し、動画で回答を寄せている。
こうした設問設定の妙技で、通常は公開(見える化)してもアクセスが集まりにくい品質管理に関するQ&Aサイトが、SNS上で話題になった。食の安全と情報公開にマクドナルドが前向きに取り組んでいる姿を伝えることに成功している。