消費者から企業へ抗議やクレームが相次ぐ時代になっている。真っ当な指摘には耳を傾け、必要なら毅然と対応するにはどうするか。難しい舵取りを取材を踏まえて考えた。

 「皆様のご意見を真摯に受け止め、当CM、『OBAKA'S UNIVERSITY』シリーズの第一弾の放送を取り止めることに致しました」

放映中止となった日清食品カップヌードルのCM。YouTubeには動画のコピーが残っている
放映中止となった日清食品カップヌードルのCM。YouTubeには動画のコピーが残っている
CM放映を開始してから9日後に、サイトに掲示された日清食品のお詫び
CM放映を開始してから9日後に、サイトに掲示された日清食品のお詫び

 4月8日、日清食品は「カップヌードルのCMに関するお詫び」を同商品のブランドサイトに掲示し、3月30日から放映していたテレビCMを打ち切った。このCMは、ビートたけしさん演じる学長のもと、独立騒動があった歌手の小林幸子さん、「ムツゴロウさん」こと畑正憲さん、ゴースト作曲家として騒動になった新垣隆さん、不貞騒動から復活した矢口真里さんらが教授陣として登場する。失敗やトラブルを乗り越えて頑張っている個性派の面々が、テレビ朝日系の人気番組「しくじり先生」のごとく教訓を語ることで、カップヌードルの顧客層である若者にエールを送る趣旨だった。

 ところがCM放映開始後、同社には多数の苦情が寄せられたため、CM放映中止の決断に至った。クレームの対象となったシーンは複数あるが、主だった批判は矢口さんの起用と演出についてである。既に不倫騒ぎについては謝罪し、バラエティ番組などで復帰を果たしたが、いわゆる“アンチ”も根強く存在する。

 タレントの好き嫌いは誰しもある。また不倫のようなモラルの問題についても、一通りの禊ぎを済ませた後、どの程度許すかは個々人によって差が大きい。しかしながらクレームが集中してCMが中止に追い込まれたとなると、穏やかではない。

 4月中旬に熊本地震が発生した後、実家が全壊し途方に暮れている心情を綴ったタレントの井上晴美さんのブログに、「愚痴りたいのはお前だけではない」などと中傷するコメントが複数寄せられ、失望から井上さんがブログ更新を停止する“事件”があった。逆に、笑顔の写真をInstagramに投稿した女優に「不謹慎だ」と抗議する“不謹慎狩り”に勤しんだり、巨額の寄付をしたタレントに「売名行為だ」と難癖を付けるケースもあった。

 かようにネットの言語空間は刺々しさを増している。脳科学者の茂木健一郎氏は日清食品のCM放映中止について、「日本の世間の許容度の低下を図らずも示すことに」なったと自身のブログで指摘した。不寛容な社会になっている昨今の状況を懸念する声、記事がほかにも多く飛び交った。由々しき事態である。

 さりとて企業は、ターゲット顧客がネットに長く滞在する今、ネットを活用した広告宣伝活動を抑制するわけにはいかない。また、いかに不寛容な社会であろうとも、多くの人に好かれる“愛され企業”は一定数存在する。無論、真っ当な指摘は、いかに耳の痛い内容であっても聞くべきであり、それを十把一絡げに不寛容扱いすれば手痛いしっぺ返しを食らうだろう。では理不尽な言いがかりと正当なクレームの境界はどこなのか。そんな難しい時代の舵取りを考えるのが、本特集の狙いである。

 まず、クレームはどのように発生して中止や撤回に至らしめるほどの力を持つのか。カップヌードルのテレビCMに話を戻して、その推移を振り返ってみたい。

Twitter上では好評だった日清カップヌードルCM
Twitter上では好評だった日清カップヌードルCM

 上図は、CM放映5日前の3月25日から、中止決定2日後の4月10日まで、Twitterで「カップヌードル」を含む投稿があった件数をグラフ化したものだ。ホットリンクの協力を得て、クチコミ分析サービス「クチコミ係長」からデータを得た。

日清CMへは好意的評価が多数

 中止の決断をしたくらいだから、CMが放映されるやツイート数が急増し、投稿内容が肯定的(ポジティブ)か否定的(ネガティブ)かを示すポジネガ判定はネガティブ一色だったに違いない──。そう思われるかも知れないが、実際は大きく異なる。

 CM放映前の平時のツイート数は1000件前後、放映開始後は2000件前後から徐々に減っていく規模で推移した。実は放映2日前の3月28日、カップヌードル史上初のプレミアムタイプ「カップヌードル リッチ」2種類を新発売するニュースが流れた。この日のツイート数は3000件に達しており、CM放映中よりもTwitter界隈は盛り上がっていた。

 CMの評判はどうだったのか。放映前、3月25日から3日間のポジvsネガは、「良い」が16.0%に対し「悪い」が6.1%。それが放映開始後の3月30日から5日間のポジvsネガは、良い26.0%、悪い5.9%と、ポジ率が10ポイントも向上した。ネットの総意はCMを好意的に評価していたのだ。

 CM放映から1週間が経過して、ツイート数が平時の水準に戻ってきた矢先の4月8日、日清食品は突如CM放映中止を発表した。その日、ツイート数は一気に9000件近くまで急上昇。翌9日も7000件のツイートがあった。数字の推移からすると、放映中止になったことで脚光を浴びたCMと言った方がむしろ正確かもしれない。中止の報で初めてCMの存在を知った人も多そうだ。

 では中止決定後のポジvsネガはどうだったか。良いが9.5%と一転して10%を割り込み、悪いが16.4%と形成が逆転した。投稿内容を観察すると、「なぜ中止にした」「残念だ」などの声が目立つ。不満や悲しむ声をネガティブ判定しているようだった。

 したがってこのCMは、公開されるやいなや非難轟々で炎上し謝罪に追い込まれるといった典型的な炎上劇とは趣が異なる。批判はどんな内容だったのか。同社広報部は次のように回答する。

 「電話やWebフォームを通じてたくさんのご指摘をいただきました。矢口さんの起用・演出についてだけではありません。ムツゴロウさんのシーンでヘビが出てくるのは食品のCMとして不適切ではないか。ゴーストライター騒動をパロディーネタにするのは好ましくない、などのお叱りがありました。これらを総合的に判断した上での決断です」

 矢口さんについては具体的に何が気に入らなかったのか。ツイートでは少数派のネガティブな声を探っていくと、「やっちゃえ皆さん」というセリフに対する違和感、嫌悪感が浮かび上がった。実はこのセリフ、YouTube限定の60秒バージョンにのみ収録されているもので、テレビで放映する15秒・30秒バージョンには含まれていない。「危機管理の権威 心理学部准教授」という役回りで登場する矢口さんは、15秒・30秒版では「二兎を追う者は、一兎も得ず」という自虐ネタを披露するシーンだけで終わっている。

企業が振り回される可能性も

 「やっちゃえ~」が意図するところは不明だ。矢沢永吉さんが出演して話題になった日産自動車のテレビCMに「やっちゃえNISSAN」というセリフがあり、そのオマージュとの見方が強い。ただし日産のCMは、「やりたいことをやっちゃう人生とやらない人生では、やっちゃう人生の方が間違いなく面白い」という内容。矢口さんのセリフは、たけしさんの「お利口さんじゃ時代なんか変えられねえよ」の直後に入ることもあり、解釈次第でかつての不倫を肯定しているように聞こえなくもない。

 さりとて、何か差別的な表現や問題発言という類いのものではなく、これが抗議行動を誘発するのは通常考えにくい。しかし、矢口さんのCM出演を不快に思いながらも「嫌いだから」という個人的な感情だけでは抗議しにくかった“アンチ矢口”派にとって、やっちゃえ発言が批判する大義名分となって、抗議行動に至ったのではなかろうか。視聴者側が何か一言言いたくなるような突っ込みどころや引っかかる部分を残しておくことは、バズる動画作りの鉄則の一つ。だがそれが引き金となって放映中止を決断する要因になったと考えられる。「不倫を擁護しているのでは」との指摘が寄せられた背後には、そんな事情が垣間見える。

 結果、多数が好意的に評価していたCMの放映が打ち切られることになった。傷つく人が特段いるわけでもないケースで放映中止に追い込まれるのはやはり異様だ。何より、学長役のビートたけしさんが「世間の声とかどうでもいい」と主張していたCMにもかかわらず、世間に配慮せざるを得なかった点が残念だ。

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