日本有数の温泉街である箱根で7軒の温泉旅館を運営する一の湯(神奈川県足柄下郡)が、3月9日に公式サイトをリニューアルし、AI(人工知能)を活用してよくある質問に対応するFAQシステムを導入した。訪日観光客の急増に対応するため、日本語と英語の2つの言語に対応しているのが特徴だ。

サイト訪問者がFAQページの検索欄に質問を書き込むと、システムがテキストを解析して質問の内容を把握。一の湯側があらかじめ用意してある200以上の回答文の中から、AIが質問の回答に合っていると判定した回答文を、ふさわしい順番で回答欄に表示する。サイト訪問者が検索欄に質問を書き込む前は、それまでの質問に基づき、表示された回数が最も多い順番で、回答文を示している。AIを含むシステムには、オラクルの「Oracle Service Cloud」を採用した。
一の湯が、AIを活用したFAQシステムを導入した理由は主に2つある。
まず、宿泊を検討する見込み客の質問や疑問を、FAQの段階で解消することで顧客の利便性を向上させ、同時に顧客からの電話やメールによる問い合わせを減らして、旅館の運営を効率化することだ。現在、一の湯が運営する旅館の利用客に占める訪日観光客の割合は、年間で約40%に達している。にもかかわらず、海外からの電話やメールに対応できるのは、英語を使いこなせる担当者1人だけ。それでも同社は人員増を計画していない。
「一の湯はもともと、従業員1人当たりの粗利をKPI(重要業績評価指標)にするような企業」(一の湯営業マネージャーの福岡昭憲氏)。人員増の代わりに、AIを活用してWeb上で回答することで、顧客の利便性向上と運営の効率化を目指すことにした。
もう1つの理由は、「FAQシステムに入力された顧客の声をデータベースとして蓄積し、サービスの改善に生かすこと」(福岡氏)だ。これまでは利用客から要望が寄せられるたび、個々の従業員が対応してきた。FAQシステムを使って顧客の質問や疑問をデータとして把握できれば、サービスの改善につなげやすいと考えた。
入れ墨やてすりに関する質問が多かった
FAQシステム導入後の結果は上々だという。FAQシステムに入力された疑問の数は、導入後1カ月で「予想をはるかに上回る数百件」(福岡氏)。メールや電話での問い合わせ件数は、FAQシステム導入前と比べてやや減少した。季節要因があるため年間を通して検証しないと正確には言えないが、効率化の効果はあったようだ。
少しずつではあるが、サービスの改善にもつなげている。例えば、英語による検索で予想よりも数が多かったのが、Tatoo(タトゥー、入れ墨)に関するもの。タトゥーをしていて入浴できるかを気にする訪日観光客が多いと分かったため、FAQの回答文の表示の仕方を英語、日本語ともに変えた。以前は「大浴場では隠していただけると幸いです」という文章を最初に表示していたが、それを「貸切のお風呂や、お風呂付きの客室がありますので、是非御利用下さいませ!!」を最初に示すようにした。「まずはより気軽に宿泊し、楽しんでもらう」(福岡氏)ようにサービスの姿勢を改めたのだ。
また、英語ではParking Lot(駐車場)、日本語では手すりに関する質問も多いと分かった。これまで訪日観光客は公共交通機関を利用すると考えていたため、英語による駐車場の説明はなかった。手すりの設置箇所についても積極的に示してこなかった。今後はできるだけ早く、駐車場の詳しい説明や廊下と室内に設置されたてすりの写真などを、回答文やサイトの説明に追加していく。その後も、伝統ある温泉旅館として守るべきところは守りながら、FAQシステムから判明した改善点を順次改めていく考えだ。