今回はOisix(オイシックス)における買い物体験から見えてくるエンゲージメント・コマース事例を考察していきたい。2000年の創業から16年目を迎えた弊社は、現在11万人近い会員を抱えるまでに成長している。2013年7月から開始した、ワーキング・マザーなどの忙しい女性の方向けに、安心・安全な献立が20分で完成するプレミアム時短サービス「KitOisix」を毎週お届けする定期宅配コース「KitOisix献立コース」は、会員が2015年12月に2万7000人を超え、累計販売数も180万キットを突破。安心・安全な野菜や食材の宅配から、現代の家庭におけるミールソリューションまでを手がける企業に成長を遂げている。

 今回の記事においてはまず、オイシックスの買い物体験を顧客時間で再定義し、次に弊社のヒット商品であるKitOisix成長の裏側に隠れている顧客時間の考察の2点についてまとめてみたい。

生鮮品の買い物に対する能動的検討時間を提案

 私は、オイシックスでの買い物を初めて体験した時の印象が今でも忘れられない。通常のネットストアの買い物とは違っていたからだ。どう違うのかというと、サイトを訪れるといきなり商品がショッピングカートの中に入っているのだ。ネットストアでの買い物と言えば、まずログインをしてサイト内を検索し、欲しい商品を1つずつ探して、カートへ入れていき、最後に決済をするというのが普通であろう。しかし、定期宅配コースが基本のオイシックスでは毎週木曜日に買い物がスタートし、そのコースごとに顧客に買っていただきたい商品が事前に入っている。それらの商品のうち、必要な物は残し、不要な物はカートから外し、確定したら、配送日を指定する。お気に入り商品を登録しておくと、その商品は原則毎回カートの中に入っているという便利な機能もある。決済も、登録済みのクレジットカードで月末にまとめて支払いをするか、コンビニ決済が主流となっているので、決済方法を毎回選ぶ必要もない。

 このような買い物体験を顧客時間の考え方で表すと、以下のような図となるだろう。

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 この買い物体験は確かに合理的だ。前回、クックパッドの事例で解説した通り、多くの人は献立に関する詳細なプランを持ち合わせてはいない。なるべく汎用性の高い商材をしっかりと提案し、弊社の味や品質、安全性、こだわりに関する情報を能動的にインプットいただくことで、少なくとも数回の献立に関する「能動的検討時間」を作り出し、来週以降に届く食材に関する「検討」を済ませてしまっているのだ。

 このように顧客が事前に「検討」の時間を済ませるという買い物体験は、食材宅配サービス業では当たり前のことなのかもしれない。他社においても定期的に旬の野菜が届き、その中身は企業側の提案に委ねられているケースがほとんどだ。つまり、顧客は食材購入に関する「検討」の時間を企業に委託し、その時間を削減するために食材宅配サービスを利用するわけだ。しかし、オイシックスでは提案したままの商品を購入し続ける人は顧客満足度が低下し、解約につながりやすくなることも把握している。弊社は積極的に検討の時間に入り込むことで、顧客とのエンゲージメントを維持、拡大している。つまりこの検討の時間は顧客にしっかりと左脳と右脳を駆使しながら、真面目に楽しく「検討」していただくことが大切なのだ。

 一方でここから得られる示唆を深く考察してみると、将来的には献立に基づいた買い物提案や、好き嫌いも考慮に入れたパーソナライズ化を実現することもオイシックスには可能だ。平均して月に2回起こるオイシックスでの買い物体験を顧客時間として大量に把握している。消費者からのプロダクトレビューもある。顧客とエンゲージメントを高めやすい仕組みになっている。このような技術革新が進めば、一瞬で生鮮品の買い物が終わり、サイトを回遊することすらも、KPI(重要業績評価指標)としては、なくなるかもしれない。食材購入のパーソナライズ化で、能動的検討が一瞬で完了してしまう。そんな日が弊社には遠くないであろう。

 弊社の人気商品KitOisix。こちらはどのような顧客体験なのだろうか。KitOisixは「忙しい女性の増加」を背景に、時間のない家庭の食のサポートを目的に開発された。基本コンセプトとして、オイシックス基準の安心、安全な食材を使用し、5種類以上の野菜が摂取でき、主菜と副菜が20分で出来ることがポイントだ。さらに全ての調味料や野菜が調理済みの状態で提供されるのではなく、味付けや一部の野菜のカット、炒める、煮るといった行為を敢えて残している。

 この商品を利用する顧客に提供している価値は単なる「調理時間の短縮」だろうか? 時間短縮という機能的価値を追求するのであれば、他社商品の方が調理時間が短いものも存在するようだ。また単なる時短なのであれば外食、GMS(総合スーパー)での惣菜購入でも実現できる。にもかかわらずKitOisixは、大変な家事から完全に逃げることなく、向き合いながらも上手にライフスタイル・マネジメントを行っている「賢い女性」たちの支持を得ているのだ。

 弊社が2013年に行った小学生以下の子供を持つ女性100人に対するアンケートによると、最も時短したい家事は、食事の準備から片付けで65%にも上った。また2011年に総務省が実施した「社会基本調査」によると、女性の家事時間は1日179分。そのうち食事の準備に1時間31分も使っている。ちなみに男性は家事全体でも37分である。このような家事負担の軽減をしたい女性に、KitOisixは強い味方となる。また、弊社の商品を通じて「食事の準備をしている」という精神的充足感も提供しているのだ。

 この商品が提供している顧客時間を図示してみると、下図のようになるだろう。

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「検討&購入」を一気に完了させるKitOisix

 この商品の提供する顧客時間を見ると「検討&購入」の時間が圧縮されていることがわかる。先述の通り毎日主婦を中心に、「食欲」というものに対する対応が求められるが、多くの人はそれほど詳細なプランを持ち合わせてはいない。考えるのも面倒だ。同商品を購入することで、事前の献立に関する能動的検討を終えれば、食事の準備と献立の検討という最もストレスフルな時間を短縮できる。さらにおいしくて、安心、安全な食材を「短時間で自ら調理する」という体験とともに家族に提供が出来るわけだ。家事を自ら行い、余った時間(使用&消費)を家族との団欒に使えるというスマートな女性を実現できる「顧客時間の時短商品」とも言えるのだ。

 もう1つ。この商品が提供しているもう1つの価値は心理学でいうところの自己効力感(self-efficacy)かもしれない。自分がある状況において必要な行動をうまく遂行できるかという可能性の認知を意味する。自己効力感を通して、人は自分の考えや、感情、行為をコントロールしていると言われている。KitOisixを利用することで、豊かな「使用&消費」の時間を確保し、自身の有能感が満たされ、彼女たちのストレスを軽減できているとすれば、この商品は機能的価値だけではなく、消費者の情緒的価値にも寄与している商品なのだ。

 今回の事例で、顧客時間において検討の時間を把握する、積極的に関与することの重要性を理解いただけたと思う。より多くの顧客に「検討&購入」まで決めてもらいたいのが企業の願いであろう。次回はこの「検討&購入」を一気に完了させるサービス事例を海外視察から見つけてきたので、紹介したいと思う。