「Uber」は世界のタクシーのあり方を一変させ、その衝撃は日本にも及ぼうとしている。そんな危機感からデジタル変革を急ぐ日本交通。その野心的な戦略を追った。
「彼がなぜ広告技術の先端を行く当社ではなく、タクシー会社という古い業態の会社を選んだのか、最初は信じられなかった」
DSP(デマンド・サイド・プラットフォーム)事業のフリークアウトで開発マネージャーを担当していた溝口浩二氏はこう振り返る。溝口氏の言う「彼」とは、フリークアウトが中途採用で内定を出していた、あるネットサービス開発者のこと。現フリークアウト・ホールディングスGlobal CEO(最高経営責任者)で、当時社長を務めていた本田謙氏が直に口説きにかかるほどの優秀な人材だ。その彼がフリークアウトの内定を蹴って選んだのが、大手タクシー会社、日本交通(東京都千代田区)の子会社であるJapanTaxiだ。
創業から80年を超える老舗。しかも、タクシー会社という先端技術とは縁遠そうな業界にそれほど優秀な開発者を奪われる理由が、溝口氏には分からなかった。しかし、その開発者を通じてJapanTaxi取締役CMO(最高マーケティング責任者)の金高恩氏と知り合うことで、「古い体質のタクシー会社」という溝口氏の印象は払拭された。「デジタル技術を使い、タクシー業界に変革を起こす。そうした志を抱く会社があることを初めて知った」(溝口氏)。
これが1つの縁となり、誕生したのがフリークアウトとJapanTaxiの共同出資会社IRIS(東京都港区)だ。フリークアウトの広告技術を用いて、タクシーを活用した新たな広告事業の開発を目的とする。そして当の溝口氏は今、同社の副社長を務めている。
「デジタルトランスフォーメーション」という言葉が生まれて久しい。「ITの浸透が、人々の生活をあらゆる面で良い方向に変化させる」という概念だ。スマートフォンやIoT(インターネット・オブ・シングス)機器の普及によって、このデジタルトランスフォーメーションが急速に加速している。ボタン1つで注文が完了して必要な商品が届く「Amazon Dash Buttons」はその典型例だろう。
アマゾンのようなネットサービス事業者に限らず、小売り、メーカー、あらゆる企業にとって、デジタルを取り入れて事業に変革を起こし、消費者により価値の高い便益を提供できるかが喫緊の経営課題となっている。しかし、具体的にどう変革すべきか、その道筋を示せず、二の足を踏んでいる企業は少なくない。その理由についてコンサルティング会社の経営共創基盤(東京都千代田区)取締役マネージングディレクターの川上登福氏は、「多くの企業はデジタルを取り入れるべきだと、漠然とは考えているものの、危機感を持って強力に変革を推進するリーダーが不足している」と分析する。
その点、日本交通グループは、日本交通の会長でありJapanTaxiの社長でもある川鍋一朗氏の強力な求心力をもって、事業モデルの変革を成し遂げようとしている。その変革を一言で言い表せば「プラットフォーム化」だ。川鍋氏は「モビリティー業界において、グーグルのような存在を目指す」と意気込む。その原動力は強い危機感だ。
「企業としての姿勢には問題があるが、Uberがもたらしたアプリやサービスの利便性は素晴らしい。その利便性を日本の消費者が享受できていないとなれば、(現状、日本では制限のある)ライドシェアサービスも規制緩和に進む可能性が高い。その時までにタクシーもIT武装をして、Uberと同等の利便性を提供する。それができなければタクシー業界に未来はない」と川鍋氏は危惧する。
IT化を推進するため、主に基幹業務システムを開発していた子会社の日交データサービスを2015年8月にJapanTaxiへと社名を変更。自社のシステム開発から、デジタルを用いてタクシーをより便利にするためのさまざまなプラットフォームの開発へ、その役割を変えた。当初は10人程度の組織だったが、積極的な採用を進めたことで現在は約60人規模にまで拡大している。
JapanTaxiが開発を進めるプラットフォームは、日本交通だけで利用するのではなく他のタクシー会社も利用できるように提供していく。「当社はタクシー業界が生き残るために必要な武器を開発している。その武器を同じ志を持った仲間に配る。その対価はいただくが圧倒的に安価な上に、タクシー会社が開発したものだから、より使いやすいと認識している」(川鍋氏)。これにより、グループ全体の収益構造は大きく変わろうとしている。
4つのプラットフォーム事業
具体的には、どのように収益構造を変えようとしているのか。それを示すのが下の図だ。これまで日本交通グループの収益の大半は乗車賃から得ていた。ここに、JapanTaxiが開発する4つのプラットフォームから得られる新しい収益が加わることになる。

まず「配車プラットフォーム」は、スマートフォン向けアプリ「全国タクシー」を通じたタクシーの配車サービスが中心となる。もちろん他社のタクシーも参加することが可能。タクシーの配車によって配車手数料を徴収する。次に「広告プラットフォーム」だ。タクシーを媒体とした広告サービスを展開するほか、タブレット端末を活用した動画広告ネットワークの構築を進めている。広告掲載料が収益となる。
「決済プラットフォーム」は、JapanTaxiにとって最も新しい領域だ。アプリに登録したクレジットカード情報を使ってアプリ上で決済を可能にした。日本交通のタクシーでサービスを開始したばかりだが、将来的には他社にもプラットフォームとして提供することで、決済手数料を徴収する。
そして最後に「データプラットフォーム」だ。全国を走るタクシーに設置したセンサーから走行データを取得し、自動車メーカーや地図メーカーなどへの販売を検討していく。そうして乗車賃以外の収益が十分に確保できれば、「将来は無料タクシーも視野に入ってくる」(川鍋氏)。ただ、当面は、次のサービスの研究開発や、過疎地域でのサービス向上のための投資に充てていく方針だ。
次回から、それぞれのプラットフォームについて、JapanTaxiがどのような方針で開発を進めていこうと考えているのか、詳細に紹介していこう。
記事掲載時、フリークアウト・ホールディングスの本田謙氏の肩書に誤りがありました。本文は修正済です。[2017/6/19 14:10]