鋳造メーカーの愛知ドビー(名古屋市中川区)が製造・販売する炊飯器「バーミキュラ ライスポット」が売れている。「『発売前から予約が入る白物家電は初めて』と家電量販店に言われた」と、土方智晴副社長は微笑む。8万円を超える価格ながら、想定していた販売台数を3割超える注文が入り、製造が追いつかない状態だという。

愛知ドビーが製造・販売する炊飯器「バーミキュラ ライスポット」のブランドサイト
愛知ドビーが製造・販売する炊飯器「バーミキュラ ライスポット」のブランドサイト

 ライスポットのヒットは、製品開発から販売に先駆けたプロモーションまで、あらゆる場面でデジタルを活用したマーケティングを仕掛けたことが大きな要因になっている。そもそも、このライスポットは、SNS上の顧客の声に着想を得て開発したもの。土方氏は、「ネットを見ていたら、『バーミキュラでご飯を炊くと美味しい』といった意見が多いことに気が付いた。それが開発のきっかけだ」と振り返る。

 バーミキュラは同社が展開するホーロー(ガラス吹き付け塗装)鍋のブランドだ。鍋とフタとを精密加工して密閉性を高め、食材から出た蒸気や風味を逃さない構造になっている。この構造により食材の水分だけで調理する「無水調理」が可能になった。煮物やスープ類を作るのに向いているが、ご飯を炊くことは想定していなかった。「バーミキュラでご飯を炊くのは火加減が難しく、誰でもおいしくできるわけではない。それなのにご飯を炊いている人が多いのなら、最初から炊飯に適した新製品を開発すれば、市場性があるのではと考えた」(土方氏)。

SNSの声を印刷してファイリング

 SNSの投稿を製品開発に生かすことができたのは、そもそも愛知ドビーには日ごろから顧客の声を重視する企業文化が根付いていたからだ。同社では「Twitter」や「Instagram」に投稿された、自社製品のクチコミを見つけると、わざわざ印刷して、ファイルに納めて社内で共有している。既に集めたクチコミは、ファイル15冊分もあるという。「SNSの良いところは、顧客の正直な意見、本音が投稿されていること。どんな料理を作っているのか。どんなシーンで利用しているのか、という顧客理解につながる。製品を褒められたらうれしいし、品質に問題ないという社員の自信にもなる」と土方氏はいう。

 2010年にバーミキュラの販売を始めた当初、同社は自社サイトでの直販にこだわっていた。産声を上げたばかりのバーミキュラはブランド力が弱く、既存の小売りに取り扱ってもらうことは難しいと考えたからだ。現在のバーミキュラの販売数は累計25万個だが、そのうち約15万個は直販。直販だからこそ、顧客の声を集めやすい。「バーミキュラ オーナーズデスク」と呼ぶ専用の問い合わせ窓口を用意し、メールや電話で、どんな内容にも対応している。

 このような、顧客の声に耳を傾けて一人ひとりに対応する「徹底した顧客主義」によって、顧客からの信頼を得ている。その評判が新たな顧客獲得につながり、一時は15カ月待ちとなる人気ブランドになった。そして2015年に、ついにリアル店舗での販売も始めた。それも一気におよそ200店舗で販売を開始したが、「これが大きな失敗だった」と土方氏は言う。

ライスポット開発前にブランド存続の危機に直面

 自社サイトで販売していたときは、サイト上での製品の見せ方や、機能を伝えるコンテンツの作り方などを、自社でコントロールできていた。しかし販路を広げすぎたことで、取り扱い店のブランド理解が不十分なまま販売されるケースが増え、「これまで作り上げてきたブランドが崩れてしまった」(土方氏)。

 古くからの顧客からは、「販売員の説明を聞いたが、全くバーミキュラのことを理解していないね」といった意見がメールなどで寄せられた。SNS上にも同様の声が広がっていた。その影響は売り上げ減少という形で如実に表れた。「初めてブランド存続の危機を感じた瞬間だった」と土方氏は話す。実は、そのころはすでにライスポットの開発が検討段階に入っていたが、手をこまぬいていれば共倒れになりかねなかった。

 そこでブランドの再構築に取り掛かった。具体的には、機能をうたうのではなく手料理の楽しさを伝えるブランドであることを打ち出すことに決めた。「手料理と、生きよう。」という新たなブランドコンセプトを作り、ウェブサイトやカタログのビジュアル、コンテンツを変更した。ビジュアル面では「高級感を打ち出すために、やや暗めのトーンを採用した」(土方氏)。

新たなブランドコンセプトに基づきサイトを刷新
新たなブランドコンセプトに基づきサイトを刷新

 販売店は“目が届く数”の半分以下に絞った。一部店舗には、「コンシェルジュ」の資格を持つ正社員の販売員を配置した。コンシェルジュとは、バーミキュラを使って100種類以上の料理を作った社員に与えている資格の名称だ。同社には、その認定のための資格制度がある。「コンシェルジュに認定されるような社員でなければ、製品の魅力をきちんと伝えられない」と土方氏は言う。

 こうした諸施策によって、バーミキュラは再び成長軌道に乗った。そのタイミングで、ライスポットの製品サイトを(発売に先駆けて)公開した。リブランディングしたイメージで作ったサイトの出来が良かったことも手伝い、ライスポットは発売前から話題になった。また、15万を超える既存顧客には、発売前の1カ月間、先行予約を受け付けたりした結果、予約数は8000台を超えた。

 元々、メーカー向けに機械部品を製造する小さな町工場だった愛知ドビー。そんな会社がブランドを作り、ヒット商品を生み出せた裏には、見事なデジタル活用があった。国内での成功を受け、今年中には米国でも、ライスポットの販売を始める予定だ。

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