携帯電話事業者(キャリア)はどこの国でも、さまざまな規制に縛られつつ、競合との競争に勝とうとしのぎを削っている。そうした中、他社とは全く異なる事業戦略を展開し、加入者数で米国第3位に成長したのがT-Mobile US。ドイツテレコム子会社であるT-mobileの米国法人だ。

同社を劇的に変貌させた原動力は、2012年9月にCEO(最高経営責任者)に就任したジョン・レジャー氏が進める「アンキャリア(Un-Carrier)」戦略である。その特徴は、価格でも品質でもなく、顧客体験を差別化の源泉としていることにある。
同社はこの戦略を徹底し、競合の後塵を拝していた4G LTEへのインフラ投資を2013年に強化し、今では全米最大規模の4Gネットワークを持っている。さらに2016年8月には、それまで200以上あった複雑な料金体系を改め、T-Mobile ONEという利用無制限のプランに一本化した。このような取り組みが功を奏し、同社の顧客ベースは2012年の3300万人から7200万人にまで拡大している。
「アンキャリア戦略で最も優先するのは、顧客が抱えるペイン・ポイント(悩みのタネ)を緩和すること」と、デジタル担当SVPを務めるニック・ドレイク氏は語る。顧客一人ひとりが抱える悩み、不便さ、不満などを明らかにして対応することが、ブランドによる顧客体験をより良くする提案につながる。そんな同社の考えに基づいているカスタマイズした顧客体験の提供は、テクノロジーなしには実現が困難。そこで同社は「Adobe Marketing Cloud」を活用し、サービスや料金だけでなく、より快適な顧客体験の提供に取り組んだ。
データに基づきコンテンツを出し分け
取り組みは新規顧客向けと、既存顧客向けとに大別できる。新規獲得に対しては、Webサイト「T-mobile.com」を再構築し、訪問者のデータに基づいてコンテンツを出し分けられるようにしたことが大きい。同サイトのユニークユーザー(UU)数は年間300万人。そのサイト上の行動データを分析し、競合会社のユーザーかなどを判別した上で、「アンキャリア」の魅力を訴求するコンテンツを見せたり、訪問者が興味を持ちそうな各種オファーを提供したりしている。例えば、ニューヨーク市におけるモバイルネットワークのカバー状況をビジュアルで見せたり、デバイス購入後に割引分を還元するキャンペーンを紹介したりといったことだ。
こうしたコンテンツをほぼリアルタイムで出し分けられるようにした結果、購入につながるクリック率は施策の導入前と比較して60%増に、プロスペクト化率(=「カートに商品を入れた」人の割合)は3倍に、そしてCVR(コンバージョン率)は485%も増加したという。
既存客に対しては、モバイルアプリ「T-Mobile App」での顧客体験をより便利なものにしたことが目玉だ。アプリではアカウント管理などの基本機能のほか、セルフサービス機能を用意した。アプリ上で担当者とチャットで会話しながら、さまざまな相談や付属品購入などができる。わざわざカスタマーサポートに電話したり、店舗に行ったりする手間が省けるわけだ。その結果、App Storeでのアプリの評価が、改善から3カ月で、1.2からほぼ最高の4.5まで改善したという。T-Mobile USは今後も現状に満足することなく、「アンキャリア」戦略を進めていく考えだ。