レコメンドよりも、さらに高度なシステムを自社開発しつつあるのが、トヨタ自動車だ。同社は昨年から、DMPの自社開発を進めている。DMPは広告分野から登場したサービスのため、現状、その多くはDSP(デマンド・サイド・プラットフォーム)を利用してディスプレイ広告を配信する際の、ターゲットのセグメント作りという用途から脱却できていない。

だが、トヨタが求めたのは、データを統合的に管理し、そのデータに基づいてさまざまなマーケティング施策を実行するためのプラットフォームだ。そこで、DSPだけではなく、CMSと連動して訪問者ごとにWebサイトにコンテンツを出し分ける機能や、事前に設定したシナリオに基づいてメールやスマートフォン向けアプリのプッシュ通知を自動配信するMAの機能もDMPに持たせようとしている。
自社のマーケティング目的に合わせた機能を盛り込むために、トヨタはDMPを自社開発することを選んだわけだ。
内製化で得られる3つのメリット
これまで紹介してきた、マーケティングツール内製化の取り組みによって得られるメリットは大きく3つある。1つ目は「事業に適した機能開発」だ。東急ハンズは、パッケージ化された既存のサービスに自社にとって必要な機能が備わっていなかったことがきっかけとなり、内製化を進めた。このように、自社の事業のことをよく理解している社員が開発を手がけることで、マーケティングにおいても、どのような機能や仕組みが必要かを適切に判断できる可能性は高まる。
逆に何が不要かも、現場をよく知る社員であれば判断できる。「大手ITベンダーに開発を一任すると、要件定義の段階で各部門にどのようなフローで仕事をしているかをくまなく聞き、それらをすべてシステム化しようとする。それが間違いの原因だ」。こう指摘するのは、コンサルティング会社のタウ マーケティングコンサルタンツ(東京都港区)の田中義啓社長だ。その結果、必要のないフローもシステム化されることになり、開発コストがかさむ。
また、「ITベンダーが考える拡張性は、基盤そのものの変化ではなく、単にデータ量の増加への対応といった程度」(田中氏)。結果的には、進化するデジタルマーケティングに柔軟に対応できない仕組みができあがってしまうケースが多いという。自社にとって本当に必要な機能を盛り込み、かつ無駄を避ける上で、内製化は1つの選択肢となろう。

メリットの2つ目は「開発スピードの向上」だ。一休では、榊氏が開発した2つのロジックと、自社のエンジニアが開発した2つのロジック、そしてパーソナライズしない場合という計5つのレコメンドロジックを同時に走らせている。そして、この中から最も効果の高いロジックにアクセスを寄せることで、最適化している。
これらのロジックには日々改善を加えており、アイデアが浮かべばすぐに反映している。「外部のベンダーを利用していたら、即対応してもらうことは難しい」(榊氏)。自社開発だからこそ、PDCA(計画、実行、評価、改善)を高速で回すことができるのだ。
東急ハンズでは以前、複数商品の同時購入で料金を割り引くセット販売のアイデアが出たが、POSの改修コストがネックとなって実施に至らなかった。そのため、「システムの変更がない範囲で企画を実施しよう」(長谷川氏)という雰囲気になってしまい、手を打ちたくても打てないというジレンマに陥っていた。それが内製化によって払拭された。今では「良くも悪くも営業部門から次々に要件が寄せられる」と長谷川氏は言う。その結果、マーケティング施策のスピードも大幅に向上している。
そして3つ目は、「外注コストの大幅な減少」だ。ローソンはキャンペーンを実行できる仕組みやLPの制作を内製化することで、都度、開発会社に発注する必要がなくなった。初期投資はかかったが、「今後は、ランニングコストをほぼ必要とせず、キャンペーンを高速に実施できる」(白井氏)ため、結果的に大幅なコスト 削減につながると考えられる。
広告運用では内製化進まず
こうしたメリットを感じた企業の中で、マーケティングシステムを内製化する動きが活発化している一方、内製化が進んでいないのが広告運用の分野だ。米国企業の中には、ユニリーバやプロクター・アンド・ギャンブル(P&G)、ケロッグなど運用型広告を担うトレーディングデスクを社内に設置している企業が少なくない。国内ではほぼ例がなく、唯一、全日空商事が3月1日に設立した、運用型広告に特化したANA-Kuroko Strategic Solutionsという合弁会社がそれに近い存在と言えるかもしれない。同社は全日本空輸(ANA)の広告、DMPの運用も担うという。
なぜ、日本にはトレーディングデスクを自前で設置している企業がほとんどないのか。デジタルインテリジェンス取締役の楳田良輝氏はこう分析する。「日本企業の多くが、未だ商品やブランドを軸にマーケティングを行っているからだろう」。消費者の多くは、同一企業が展開する複数のブランドや商品を利用している。本来であれば、その消費者の行動や広告接触を踏まえた上で、消費者視点に立ち、ブランド横断的にアプローチすべきだろう。
だが、多くの日本企業はそうした消費者視点のマーケティングに移っていない。そのため、ある1人の消費者に広告を配信する上で、同じ社内のブランド同士で入札を競い合っている可能性さえある。こうした事態を防ぐには、ブランド横断型でデータを見て、今、その消費者にアプローチすべきなのはどのブランドなのかといった判断が求められる。
東急ハンズやローソンなどが進めるツールの内製化も、それと根は同じだ。マーケティングツールを経営目線で最適化することを考えた時に、内製化という選択肢が出てくる。こうした新しい認識が一般的になってくれば、内製化というさざ波は、より大きなものに変わるだろう。