Webサイトでチャットサービスを提供する企業が増えている。このニーズの高まりと共に注目を集めているのが、AIとチャットbotを組み合わせた無人対応だ。営業時間外でもまるで人が応対するかのように顧客と会話するため、実現できれば大幅な効率化が期待できる。昨今では、問い合わせの初期段階ではチャットbotを使い、より具体的な相談になってからコールセンターのオペレーターが応対するケースも増えている。
課題編
AIは勝手に答えを導かない
ところが、中古車販売のIDOMが昨年始めたチャットサービス「クルマコネクト」はAIを活用せず、すべて有人対応で始めた。

実は同社もチャットの開始に向けて、「AIを開発する色々な会社と相談」(デジタルマーケティングセクションの中澤伸也セクションリーダー)してAIの導入を検討した。だが、結果としては「テスト運用をするまでもなく、AIで対応するのは無理」(中澤氏)と判断し、導入を見送った。
その理由を中澤氏は、「AIは会話の中で情報を絞り込んでいくことは得意だが、逆に顧客の情報を引き出しながら話を膨らませることは不得意だから」と説明する。IDOMが販売するのは中古車だ。全国レベルで見れば在庫は潤沢だが、それでも顧客の求めるクルマの在庫がない場合は多い。もし、中古車を探している人から「ある車種の2005年に発売した型を100万円で買いたい」といった要望が寄せられた時、AIが在庫データベースを検索して在庫がなかった場合は、「そこで会話が終わってしまう」(中澤氏)。
クルマの購入を検討している人がその型番にこだわりがあるのか、あるいは何か別の理由があって探しているのかといった情報を引き出せれば、代替案を提示できる可能性が残されている。「そのような文脈を理解して、商品を推奨するような会話のテクニックをAIに求めるのは難しい」(中澤氏)という結論に達し、すべて有人で対応することを決めた。
とはいえ、すぐに成果が上がったわけではない。当初は「店舗のトップ営業マンの会話をそのままチャットで再現すれば、大きな成果につながるはず」(デジタルマーケティングチームデジタルコミュニケーションセクションの孫健真氏)という戦略を立てた。顧客が趣味の話をすれば、それに同調して話を広げることで、親近感を持ってもらうといった会話術だ。ところが、チャットではこれが大失敗に終わる。
「チャットでは目的と関係のない会話はかえってまどろっこしく感じられてしまう。もっとシンプルに探しているクルマの情報を提供したほうがよい」(孫氏)。その結論に達するまでに3カ月を要した。
そこで昨年11月からは、会話の台本を作り、見込み客が求める情報になるべく近道でたどり着けるように会話を簡素化した。会話の台本は、チャットに至るまでにどのLP(ランディングページ)を経由したかといった流入経路や、どの車種を検索したのかといった行動に合わせて、細かく設計している。
これにより、接客後の店頭での成約率が2倍に増加。サービスが黒字転換するなど劇的に成果を上げた。AIブームは過熱傾向にあるが、導入に当たってはIDOMのように、本当に自社に必要かどうかを冷静に判断する必要がある。
根強いAIに対する誤解
「自社にはビッグデータがあるから、それをAIで解析すれば新しい発見があるに違いない。そういう期待から問い合わせを受けることがあるが、それは大きな誤解だ」
こう指摘するのは、AI活用のレコメンデーションサービス「SENSY」を開発するカラフル・ボード代表取締役CEO(最高経営責任者)の渡辺祐樹氏だ。データがあっても「AIで実現したい目的に合わないデータであることも多い」(渡辺氏)からだ。データを持っているかより、活用目的に合わせてAIを動かすために必要なデータを、どうやって集めるかに知恵を絞る方が重要になるという。
これを示す事例がある。カラフル・ボードは昨年、三菱食品と共同で、味覚に合わせて好みのワインをAIがお薦めする「AIソムリエ」の取り組みを始めた。ワインを試飲してもらい、それぞれのワインについてタブレット端末を使って「甘み」や「酸味」といった5つの項目を5段階で評価してもらう。
このデータに基づいて、好みに合ったワインをお薦めする。大丸松坂屋百貨店の大丸東京店で昨年10月に開催した催事では、試飲によって取得したデータから、AIが催事で用意されている1000種以上のワインの中から一人ひとりの味覚に合わせてワインを推奨する企画を実施した。このように、AIで実現したい目的と、それに合わせて必要なデータをどのように取得するかをセットで検討することが重要だ。
AIに対する誤解はまだある。AI「KIBIT(キビット)」を開発するFRONTEO(東京都港区)CTO(最高技術責任者)の武田秀樹氏は、「ディープラーニングは教師データを必要としない機械学習と言われる。だが、決して勝手に問題を解いてくれたり、答えを導き出してくれるものではない」と言う。
FRONTEOは、言語解析技術とAIを組み合わせたソリューションを得意とする。ある大手アパレルメーカーでは、顧客からの膨大な問い合わせメールを商品部門やお客様相談室など対応する部門に自動で振り分ける上で、A Iを活用しているという。こうした事例では、該当するメールを機械学習させるほか、一方で該当しないメールも学習させることで、振り分ける必要がないケースもあることを教え込ませていく。
こうして学習させた上で、仮に10万通を分析する場合には、まず100~300通程度を実際に振り分けさせる。その結果から誤っているメールを取り除き、再度学習させるだけで、高い精度で振り分けられるようになる。「人工知能が担うのは分析と実行。データの用意、何を報酬や成果とするかは人間が決めて、教えなければならない」(武田氏)。
データを丸投げするのではなく、AIが得意とする領域についてマーケターが学習し、自社の接客や顧客分析で何が足りていないのか、問題意識を持つ。そうすることで、有効なAI活用の道が開けてくるだろう。