AIを顧客分析の精緻化に用いる試みも始まっている。AIを活用して顧客ごとに商品別購入予測確率と最適のチャネルを算出し、それに基づいてマーケティングを進める新生銀行の取り組みはその一つだ。

最適な商品を薦める新生銀行

 新生銀行が目指したのは、顧客ごとに、カードローンや外貨預金、住宅ローンといった商品別の購入確率をそれぞれ算出し、併せてそれぞれの場合でWeb広告、ダイレクトメール(DM)、電話などアプローチすべきチャネルまで、AIモデルで示すこと。そのため、まずは社内で保有する約300万人の顧客データから30万人の過去5年分のデータを抽出し、AIに学習させた。利用したデータは、生年月日や職業といった個人属性、Webサイト上の行動履歴、口座の入出金やATMの利用時刻などだ。

新生銀行のAIを使った顧客ごとの商品別購入確率予測モデル
新生銀行のAIを使った顧客ごとの商品別購入確率予測モデル

 新生銀行の関連会社で、AIなど先端技術の研究開発を担うセカンドサイト(東京都千代田区)が、これらのデータを分析して独自のアルゴリズムを考案し、AIモデルを開発。残り270万人分の顧客データと照らし合わせて検証し、実用の域に高めた。

 2月からは、まずはカードローンを成約する予測確率が高い人を対象に、確率の高いチャネルでマーケティングを展開し、従来の手法との違いを検証する。次いでカードローン以外の商品にもテストマーケティングの対象を拡大していく計画だ。同行の大竹博貴リテール営業統轄部長は、「今年4~6月期までには何らかの成果を出したい」と語る。

 新生銀行がAIを活用したマーケティングを強力に推進するのは、「データ分析に基づく顧客主体のマーケティングを展開したい」(大竹氏)という考えがあるからだ。

 新生銀行として創業した2000年以来、同行は主にネット上で取引を進めるインターネットバンキングの普及に注力してきた。しかし、その一方で、33ある店舗の多くは前身の日本長期信用銀行時代から富裕層の多い顧客と付き合いを続けており、同行の従来のマーケティングはチャネル別になっていた。ネットで口座を開設した顧客と、店舗で口座を開設した顧客とは、別々の部署がマーケティングを担当していたのだ。

 しかし、そのままではいかにも効率が悪い。そこでこれを改め、顧客主体のマーケティングを志向した。2014年7月に顧客分析部を設立し、データサイエンティストを配置して、統計解析に基づく予測など顧客データの分析に取り組み始めた。次いで2015年10月、チャネル別ではなく顧客主体で管理する新しいCRM(顧客関係管理)システムの開発を開始。そのうえで昨年4月、店舗とネットの2つに分かれていたマーケティング担当部署と顧客分析部をまとめてリテール営業統轄部を発足させ、「データ分析に基づき、顧客にとって最適な商品を、最適なチャネルと最適なタイミングでアプローチするマーケティング」(大竹氏)を目指した。

 昨年10月にセカンドハウスと第1フェーズの打ち合わせを始め、今年2月にはテストマーケティング開始にこぎ着けた。今後はオープンデータや他社との提携で得られる外部データも活用し、モデルを改善しながら予測の精度を向上させる考え。近い将来、新生銀行だけでなく、例えばクレジットカード会社のアプラスなどグループ会社の顧客データも分析し、グループ全体で顧客主体のマーケティングを実施して、収益を向上させることも視野に入れている。

広告運用にAI活用

 顧客のニーズに沿った広告配信の最適化を目的にAIを導入する動きもある。住信SBIネット銀行は、4月からAIを活用した広告運用を試験的に始める。同行ビッグデータ部シニアマネージャーの坂本博勝氏は、「ネット広告は運用に手間がかかりすぎて、最適な出稿プランの立案や本当のターゲットを見つけるための分析に時間を割けなかった」とこれまでの課題を挙げる。AI活用で属人的だった広告運用の負荷を下げ、マーケターがより上流の戦略立案などに当てられる時間を増やすのが狙いだ。

住信SBIネット銀行は、DMPに蓄積されたデータを分析し、商品への関心の高さで顧客をスコアリングし自動的に広告を配信する
住信SBIネット銀行は、DMPに蓄積されたデータを分析し、商品への関心の高さで顧客をスコアリングし自動的に広告を配信する

 同行が活用するAIは、データ処理や機械学習を活用したシステム開発を手掛けるAutomagi(東京都新宿区)の「AMY OPTIMIZER(エイミー オプティマイザー)」だ。このAIを活用して、DMP(データ・マネジメント・プラットフォーム)に蓄積したデータを分析する。DMPには金融取引や購入した商品などを要約化した顧客データ、Webサイトのアクセスデータ、DMP事業者の持つ第三者データ、広告配信データなどを蓄積する。「住宅に関心が高い、クルマの購入を検討しているといったことは、自社のデータだけでは分からない。それを第三者のデータで補う」(坂本氏)。これらのデータから、商品ごとの成約と相関性の高い変数を洗い出す。

 例えば、単純な例では、旅行サイトをよく見るようになると、カードローンを申し込む傾向がある。であれば、旅行サイトの閲覧がカードローンのニーズを押し上げる要因である可能性が高い。こうしたロジックに基づき、見込み客1人ごとに商品の関心の高さでスコアリングをする。そしてスコアの高い層に自動的に広告を配信する。

 BtoC事業者がそこまで細かくスコアリングの仕組みを取り入れるのは珍しい。ただ、「銀行業界は元からその素養があった」と坂本氏は言う。住信SBIネット銀行でも以前から、ローンの審査で顧客一人ひとりをスコアリングしていた。そこから転じてマーケティングでもスコアリングを使い、紙のDM効果が高い層にだけDMを送るといった取り組みはしてきた。それをさらに発展させていく形だ。「第三者の持つ趣味嗜好データに金融情報をかけ合わせて、総ざらいで定量的に判別するのはAIだからこそできること」と坂本氏はAIに期待をかける。

 当初はディスプレイ広告中心の取り組みから始める。将来的にはアフィリエイト広告や検索連動型広告など、複数の広告プラットフォームを横断した出稿の自動化やクリエイティブの最適化にも、AIを活用できるように研究を進めていく考えだ。

走行車両にターゲティング

 AIを活用してマーケティング活動を支援するサプライヤー側の取り組みから、目に留まった活用事例を2つ紹介しよう。

 ビルの壁面などを利用した屋外広告(OOH)は、複数のデジタルサイネージをネットワーク化したり、設置エリアの通行者属性や時間帯による違いに合わせて広告を変えたりする取り組みはあるものの、基本的には人出の多い場所に看板を設置する発想で運用されているものが多い、レガシーなメディアだ。そんなOOHがAI活用で化けようとしている。

300メートル先を高速走行すクルマの車種を判別し、見合った広告を表示する
300メートル先を高速走行すクルマの車種を判別し、見合った広告を表示する

 昨年9月10日と17日の土曜日早朝、東京・六本木の麻布警察署に隣接するビル屋上のビルボード脇に、ビデオカメラが設置された。カメラが捉えているのは、六本木ヒルズ森タワー近くにあるマクドナルド付近の高速道路を、六本木交差点方面に向かって走るクルマだ。撮影するクルマまでの距離は約300メートルに及ぶ。

 プロジェクトは、電通と、ストレージ製品を扱うクラウディアン(東京都渋谷区)など4社共同で実施。ディープラーニングを用いて、約300車種のクルマを1車種約5000枚の画像を使って学習させ、走行するクルマの車種や年式を自動認識するシステムを構築した。

 実験では、メルセデス、BMW、アウディなど高級車にはゴルフの広告、プリウス、アクアなどファミリーカーには遊園地の広告を各10秒間表示した。結果、高速走行するクルマをカメラが捉えてAIが広告対象車両の車種を判別するまで約0.5秒。そこからほぼリアルタイムで広告を切り替え、10秒間、時速80km走行で約200メートル超走行するクルマのドライバーに最適化した広告を見せることに成功した。10秒表示後は再び車種判別→広告表示を繰り返す。

 実験を主導した電通アウト・オブ・ホーム・メディア局業務統括部部長の神内一郎氏は、「従来、屋外広告は設置場所の交通量で価値が決まっていたが、車種別のターゲティングに成功して時間帯別にメディア価値を算出でき、広告価値が高まる」と成果を語る。実験した六本木のOOHでは、今春から車種別ターゲティング広告が本稼働する予定。今後は車種の認識率を向上させ、交通量調査への適用や、ショッピングセンターの駐車場で車種に応じたテナントの広告をサイネージに展開するなど、応用範囲を広げていく考えだ。

コーデ写真から購入できる

 Instagramを眺めながら、あるいは女性誌をめくりながら、「このコーディネート素敵!このスプリングコート欲しい」などと物欲が湧くことは、若い女性に限らずあるだろう。問題は、それがどこの何という商品なのか分からないことだ。

欲しい服の写真を投稿するとAIが類似の商品を探してくれるアプリ「PASHALY」
欲しい服の写真を投稿するとAIが類似の商品を探してくれるアプリ「PASHALY」

 そんな悩ましい問題をAI技術で解決するアプリが今年2月に登場した。サイジニアがリリースした人工知能ファッションアプリ「PASHALY(パシャリィ)」だ。

 ユーザーが必要な作業は、「欲しい」「かわいい」と思った写真を撮影、またはスクリーンショットを撮って画像を送るだけ。ディープラーニング技術により、ユーザーが投稿した写真から人物を切り出し、頭や肩などの位置を把握することで、着用している服を「コート」「トップス」「ワンピース」「スカート」などジャンル別に分類して表示。ファッションECサイトに登録されている約60万点のアイテムの中から、類似性の高い商品を見つけてくる。あらかじめ自分の好みを教え込む手間は不要だ。

 同社の吉井伸一郎社長は、「アパレル分野では、商品名をテキスト検索する検索エンジン起点のマーケティングから、Instagramのような写真を通じたコミュニケーション、エンゲージメントにシフトしている。このビジュアルコマースアプリで、新しいショッピング体験を提供したい」と語る。アプリの利用は無料。ECサイトに対し、CPC(クリック課金)、またはCPA(成果報酬型課金)で提供していく。

 投稿にURLを張れず、ECとはあまり相性がよくなかったInstagramが、パシャリィの登場で俄然、購入に直結するメディアに変わる可能性が出てきた。

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