JINSや住信SBIネット銀行などAI(人工知能)をマーケティング活用する企業が増えている。その取り組みからAIの可能性と課題解決のヒントを探った。
「ウエリントンタイプのJINSクラシック コンビネーション:マッチ度87%」──。ユーザーがオンライン上で選んだメガネの“お似合い度”を判定するサービス「JINS BRAIN」を、大手メガネチェーンのジェイアイエヌ(JINS、4月1日からジンズに社名変更)が昨年11月から提供している。

約200タイプのメガネを数百人が装着した画像、計6万点をクラウド上に用意し、国内300超の店舗に所属するJINSスタッフ約3000人が「似合う」「似合わない」と評価。日頃店頭で“お似合い”のメガネを薦めているスタッフの目利き力を結集させた膨大な画像評価データを、コンピューターが機械学習することで、JINSオリジナルAI(人工知能)によるレコメンドサービスが完成した。
似合うメガネをAI判定
昨今、さまざまなジャンルでAIの活用が進み、マーケティング領域でもAIを導入する事例が見られるようになった。本誌でも幾度となく取材、掲載しているが、どちらかというと企業におけるAIの活用は、省力化、コスト・人員削減といった“引き算”の方向に話が進みがちだ。
しかしAIの本領は、膨大なデータ処理によって紡ぎ出される、従来型のレコメンドでは難しかった商品との出合いを創出すること。顧客の趣味嗜好を汲み取ってさらに最適なアイテムを提示し、末永く愛用してもらえる、そうした“足し算”あるいは“掛け算”の関係を構築するものであってほしい。本特集では、巷間あふれるAI脅威論とは一線を画し、AIで何ができるのか、また活用するうえでの課題は何かを事例編、課題編に分けて示す。まずはAIを接客・レコメンドに活用した、冒頭のJINS BRAINのケースを紹介する。
事例編:
レコメンドや広告配信で成果
JINS BRAINの開発をリードした同社デジタルコミュニケーション室マネジャーの向殿文雄氏は、「アパレルや靴と比べ、メガネはサイズ感、度数などの条件を考慮するとネット購入にはハードルが高い商材。またユーザー調査では『自分に似合うメガネが分からない』という声が約半数に上っていた。当社では顧客に似合うメガネをお薦めする接客スキルの向上に日々努めているため、この知見を集約して“見える化”できれば、購入へのハードルを下げられるのではないかと考えた」と、サービス導入の狙いを語る。
ユーザーはJINS BRAINのサイトで、自分の顔写真を自撮りして指定し、画面の指示に従って目・鼻の位置を微調整する。そして「オーバル」「スクエア」など6種のフレーム別に用意された計100超のメガネデザインから好みのメガネを選ぶと、マッチ度がほんの1~2秒で判定される。
ユニークなのは男性スタッフの評価「BRAIN MAN」と女性スタッフの評価「BRAIN WOMAN」の2種類を用意したことだ。面長の顔にはこのタイプのメガネが似合うといった基本的なセオリーはあるため、評価に男女間で大きな差は生じにくいはずだが、それでも選んだメガネによっては、男性評価は80%台と高いのに女性評価はイマイチだったり、その逆だったりということが起こる。2つのAIを用意したことで、購入に当たって誰ウケを狙うのか、新たな選択基準を提示したといえる。
「お似合いですよ」と店員から言われても、迷っているお客は、「お世辞かもしれない」「他の店員の評価は違うかもしれない」などと疑心暗鬼になりがちだ。それがJINSスタッフの頭脳を結集した判定ならば、納得がいく。実際、JINS BRAINはEC(電子商取引)の売り上げにも寄与している。「JINS BRAIN利用者のコンバージョン率は非利用者と比べて10%高い」(向殿氏)。店頭でも、メガネ選びに悩む来店客とのコミュニケーションツールとしてJINS BRAINが活用され、好評を得ているようだ。
向殿氏は、「例えば企業の採用担当者を集めて評価してもらえば、“面接官ウケ”を判定するAIをつくることもできる。そうしたニーズから新たな商品開発も可能になるだろう」と今後の展望を語る。AI判定がお墨付きとなって購入の背中を押し、カスタマイズしたAIが新たな商品需要やヒット商品を生み出すヒントになる。JINS BRAINは、AI導入が企業に相乗効果をもたらす理想的なモデルになりそうだ。
「AI活用は予算のある大企業が取り組むもの」──。そんな先入観から自社は対象外と考えているなら、それは早計だ。月額3万円から働くAIロボットが、ラーメン店や居酒屋などで実稼働している。
ラーメン店でおもてなしロボ
「いらっしゃいませ、コバヤシさん、2度目のご来店ですね。ありがとうございます。限定メニューの〇〇〇はいかがですか?」──。東京・浜松町から増上寺に向かう、大門近くにある人気ラーメン店「鶏ポタラーメンTHANK」。入口すぐの券売機横で、背丈30cm弱のヴイストン(大阪市西淀川区)製小型ロボット「Sota(ソータ)」君が出迎える。

この接客を受けられるのは、専用のスマートフォン向けアプリ「コグニメン for 鶏ポタ」で、事前に自分の顔写真を登録した客。「お顔を僕の方に見せてね」というSotaの指示に従って顔を向けると、Sotaのおでこにあるカメラで顔認識し、アプリに登録した顔画像とクラウド上で照合し、名前を呼んで来店回数に合った挨拶をする仕組みだ。来店3回ごとに提供するトッピング無料券は、Sotaとプリンターを連携させて発券する。スタンプカードなしで常連客をもてなす、いわば顔パスサービスである。今年1月23日に試験導入し、2月23日から本稼働させている。
もっとも券売機とは連動していないため、Sotaの横にタブレット端末を持った店員が立ち、客が購入した食券を受け取って麺の硬さなどの要望を聞いて入力した上で、厨房に注文を伝える。顔認証されると、店員が持つタブレット上に前回までの注文履歴が表示される。
店主の田邉雄二氏は、「新人スタッフが応対しても、常連客に『いつもご来店ありがとうございます』と一言添えるおもてなしができる」とメリットを語る。鶏と野菜で作るポタージュスープがウリの同店は、小ぎれいなカフェのような雰囲気で来店客の男女比はほぼ半々。クチコミサイトでは味もさることながら接客で高評価を得ている。その接客力をAIの導入でさらに高めたい考えだ。
このサービスは、クラウドコンピューティングプラットフォーム「Microsoft Azure」のAI機能「Cognitive Services」と、ヘッドウォータース(東京都新宿区)が提供するクラウドロボティクスサービス「SynApps」を統合したソリューションパッケージ「クラウド型顧客おもてなしサービス」を利用する。顔認識による顧客個別識別や、注文データなどをクラウドで管理・分析といった機能を、初期費用無料で月額3万円からの価格で利用できる。このため中小企業や小規模の小売店、飲 食店でも採用を十分に検討できる。
顔写真から性別・年代を把握できるため、何時台にどの属性の客がどんなメニューを注文するか、BI(ビジネスインテリジェンス)ツールを使ってつぶさに分析できる。「トッピングを付ける客単価の高い客ほどリピート回数が多い」「ピーク時間を過ぎた時間帯は男性比率が高くなる」など、発券履歴の集計では分からなかった来店客の傾向や好みが見えるようになった。田邉氏は、「データを基に新たな期間限定メニューを投入して反応を確かめたい」と意気込む。
実店舗への導入に当たっては、来店客の顔を認識・照合するまでのタイムラグがネックになりやすい。そこは、照合の間にロボットが「思い出し中」としゃべるなど、「ペッパー」のアプリ開発で実績があるヘッドウォータースが、間を持たせる工夫を凝らすことで実用化した。
ヘッドウォータース代表取締役の篠田庸介氏は、「受付にロボットがいるだけで物珍しさから客寄せできる時期は過ぎた。消費者を引きつけ楽しませる発話内容や、再来店したくなる仕組み作りなどを顧客企業とともに考え、AIが寄与するポイントを見出して設計する力がAI技術者に必要になる」と語る。
実店舗で来店客の行動分析
AIを活用した顔画像認識は、来店回数のカウントや注文商品の把握だけでなく、来店客の店舗内における行動を把握する顧客分析にも応用できる。「ショップジャパン」ブランドでテレビ通販番組やECサイトを展開するオークローンマーケティング(名古屋市)が実践している。
同社は2015年10月、「寝具は実際に触れてから買いたい」という顧客の声に応え、名古屋市内にある大型ショッピングモール「イオンモール熱田」内に、寝具「トゥルースリーパー」専門の直営店を出店した。しかし、「お客様の声やデータを使って可視化し、品ぞろえなどに役立てている」(同社広報部)という通販とは勝手が異なり、POSデータだけでは顧客のニーズを把握し切れなかった。
そこで2016年8月、画像解析やAI関連技術を持つマーケティング支援会社ABEJA(東京都港区)のソリューション「ABEJA Platform for Retail」を導入した。店内に設置した4台のカメラで店の前と店内を撮影。映った人間の顔の画像をAIで分析し、個人を特定することなく90%以上の精度で来店者の年代と性別を判定。これにより、店の前を通った客の数や、来店した割合(入店率)、来店客で実際に購入した割合(買い上げ率)などを年代・性別で把握し、顧客動向を分析できるようにした。
その結果、年代・性別に関係なく、入店率はモール全体の来店状況の動きと合致するのに、買い上げ率は閉店時刻が近づくと跳ね上がることが分かった。寝具は重くてかさばるため、来店して一通り店内を見た後、帰り際に立ち寄って購入する客が多いと予測できた。しかし、この動きは来店後に途中で購入をやめている客がいる可能性を示している。そこで2月1日から、店舗で購入した商品の自宅直送サービスを始めた。「最初の来店時にご購入を決めたお客様に向けた取り組みで、閉店間際の混雑も避けられる手立て」(ホールセールディヴィジョン次長の小川雄一郎氏)だ。効果はまだ検証し切れていないが、サービスを始めて1カ月の間に10件以上の利用客がいたという。
また、当初、来店客の多くは女性と想定していたが、AIの分析で実際の来店客の男女比はほぼ50:50と判明。年代も、通販番組で主に寝具を購入する60代以上より若い30~40代中心だと分かった。このため、2月から品ぞろえを変更した。寝具とともに販売する、アイマスクや寝間着といった寝装具やタオルなどの関連グッズについて、若い人向けにタオルの色数を増やしたり、男性向けの寝装具などを増やしたりしている。