■【特集】2020年のマーケティング
前編 動画広告もAIで自動作成できるようになる
中編 SNSは企業のブランディングに活用できるツールになる

ソーシャルメディア:
企業ブランディングの主役に躍り出る

 2つ目のテーマはSNSだ。FacebookやTwitter、Instagram、LINEなどのSNSの役割はどう変化しているのか。グーグル日本法人やツイッター日本法人を経て、LINEでLINE Ad Businessセンターを担当する葉村真樹執行役員に占ってもらった。

葉村 真樹 LINE執行役員<br>東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。博士(学術)。コロンビア大学建築・都市計画大学院修士課程修了(MSc取得)後、1995年富士総合研究所(当時)入社。大手広告代理店、ブランドコンサルティング会社、グーグル日本法人、ソフトバンクモバイル、ツイッター日本法人などで広告事業やブランド戦略を担当。2017年現職
葉村 真樹 LINE執行役員
東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。博士(学術)。コロンビア大学建築・都市計画大学院修士課程修了(MSc取得)後、1995年富士総合研究所(当時)入社。大手広告代理店、ブランドコンサルティング会社、グーグル日本法人、ソフトバンクモバイル、ツイッター日本法人などで広告事業やブランド戦略を担当。2017年現職

 「マーケティングとは企業が提供する商品やサービス、企業そのものと、ユーザーとの間の『心的距離』を縮めることだと考えている。この心的距離の縮め方が、2020年に向けて重要なテーマになるはずだ。

 現在はSNS上でも、ユーザーに一方的なメッセージを投稿や広告などの形で発信する企業が多い。LINEのユーザーから『LINEおじさん』と揶揄される投稿も、発信する側がそれに気づいていないから起こる。

 2020年にはこうした発信は目に見えて減ると思う。自社公式アカウントを使ったオーガニックな投稿にしろ、広告の出稿にしろ、ユーザーが受け入れないような、悪くすると拒絶反応を起こしてブロックしてしまうようなメッセージをSNS上に発信することは、マーケティングを進めるうえで大きなマイナスになる。企業は今以上に、LINEおじさんと思われないようなメッセージ、ユーザーが受け入れてくれるような文脈で、受け入れてくれるようなコンテンツを発信していくことになる」

 しかし、万人に受け入れられる文脈やコンテンツを展開するのは難しい。そこで重要になるのが、ターゲティングである。

 「企業には今よりも緻密なターゲティングが求められるようになる。企業が持つ顧客データと連携できるLINEや、実名から住所、経歴、場合によっては年収や家族構成まで分かるFacebookなど、SNSにはターゲティングの特性がある。それらの特性と、自社が狙うターゲット層の組み合わせを考慮して、ターゲティングすることが当たり前になる。

 ただSNSの場合、現在のリターゲティング広告のように、絞り込んだ少数のユーザーにアプローチを重ねることにはならないと思う。ターゲティングをしても、それなりの規模のユーザーにアプローチできる。それがSNSのメリットになるはず」

 ではSNSの活用で、もはや欠かせないものとなっている動画はどのように進化していくのか。

 「SNSにおける動画活用が始まった当初は、テレビCMと同じ内容の動画を流すことが一般的だった。だが今では、SNSで見やすい動画クリエイティブを最初から制作し、長さを数秒にするなどしているケースが当たり前になっている。

 例えばInstagramで今、話題のストーリーズ機能なども、企業がマーケティングに活用するのが当たり前になっていくだろう。私自身も、友人の投稿だと思ってInstagramのストーリーズを見ていたら、実は某航空会社の投稿だったという経験がある」

 こうしてユーザーと同じ土俵に立ち、心的距離を縮めていく先に何があるのか。葉村氏は、「企業のブランディングに活用できるツールになっていく」と語る。

 「これまでもエンターテインメント色の強いコンテンツを使って、SNS上でブランディングを図る試みはあった。今後は『楽しさ』や『面白さ』を追求した投稿や広告に加えて、具体的なサービスを提供。ユーザーからの支持を得てブランディングにつなげるケースが増えていくのでは」

 その1つの例として挙げるのが、昨年8月にダイナースクラブカードが始めた「ごひいき予約」だ。優良飲食店で突然キャンセルされた予約席を、ダイナースクラブLINE公式アカウントを通して会員に提供する。

 「ごひいき予約は、カード加盟店である優良飲食店にとっても、ダイナースクラブの会員にとっても、喜ばしいサービス。たとえごひいき予約を利用しなかったとしても、このようなサービスをLINEを通じて提供しているという認知が広がれば、加盟店や会員のダイナースクラブに対するロイヤルティーは上がるだろう」

 このダイナースクラブのサービスのように、「SNSを通じてサービスを提供し、ユーザーの支持を集め、マーケティングの一環としてのブランディングを進める企業が増えていく」。そう葉村氏は見通している。

フルファネルマーケティング:
人の気持ちを捉えたコミュニケーションが可能に

 3つ目のテーマは「フルファネルマーケティング(FFM)」である。一般に認知、興味関心、比較検討、購入、そして優良顧客化(繰り返し購入)などの順番で進むとされる消費行動のプロセス全体をデータで把握、分析。現状よりも精緻なデジタルマーケティングを展開しマーケティングROI(投資対効果)を大きく高めることを目指す考え方だ。

永山 悟 電通デジタル アカウントイノベーション部門統合プロデュース事業 部事業部長<br>1976年神奈川県生まれ。大学卒業後、入社したセールスプロモーション会社を約3年で退社。社員7名のクリエイティブブティックに参画し、コミュニケーションの戦略策定から制作・実施に至るまで現場業務をみっちりと経験。31歳で電通入社。営業として大手食品メーカーを担当し、 コミュニケーションの成功による大幅な売り上げ増を経験。広告による売上貢献を突き詰めるべく、自らダイレクト領域に足を踏み入れる。2016年7月電通デジタル設立に伴い出向。様々な業界、領域におけるデジタルマーケティングの統合を推進している
永山 悟 電通デジタル アカウントイノベーション部門統合プロデュース事業 部事業部長
1976年神奈川県生まれ。大学卒業後、入社したセールスプロモーション会社を約3年で退社。社員7名のクリエイティブブティックに参画し、コミュニケーションの戦略策定から制作・実施に至るまで現場業務をみっちりと経験。31歳で電通入社。営業として大手食品メーカーを担当し、 コミュニケーションの成功による大幅な売り上げ増を経験。広告による売上貢献を突き詰めるべく、自らダイレクト領域に足を踏み入れる。2016年7月電通デジタル設立に伴い出向。様々な業界、領域におけるデジタルマーケティングの統合を推進している

 このFFMの実現に取り組んでいる1社である電通デジタルアカウントイノベーション部門統合プロデュース事業部の永山悟事業部長は、「FFMの定義は人により異なる」としつつ、2020年にはFFMと呼べる取り組みが実現しているだろうと予測する。

 ではFFMが実現すると何が可能になるのか。一般的にはWeb上のデータだけでなく、消費者のリアル店舗などでの動きやテレビなどの“アナログ”なデバイスのデータなども入手し、今よりもより精緻なデータマーケティングが可能になると期待されている。

 永山氏は、確かにそうした側面はあるとしつつも、FFMが実現した場合の“効果”は何よりも「人の気持ちを捉えたコミュニケーション設計が可能になることだ」と指摘する。

 「現在の広告コミュニケーション、特にデジタル広告は、ある意味で“嫌われ者”になっている。例えば、ターゲティング広告は、せっかくランディングページを見に来てくれた人に対し、商品を購入せずに離脱したらその途端に、今度はリターゲティング広告で追いかけ回すようなことをしている。企業からすると広告は消費者に対するラブレターのようなイメージなのだが、実際はそうなっていない。段階を踏まずに、いきなり『結婚』(=商品の購入)を迫るストーカーのような存在になっているのではないか。これではコストを掛けてコミュニケーションをしても成果は出ない。本末転倒だ」

 では技術的には2020年にFFMが実現可能だとして、それを生かすためにはどのような準備が必要なのだろうか。

 「FFMという統合マーケティング環境を生かす構想力、実行力を兼ね備えた人材育成が必要となる。現在はマーケターの役割分担が細分化しすぎている。例えばマス施策担当、デジタル担当、さらにCRM担当というように、分野ごとに担当者、組織が分かれている。つまりデータだけでなく、人、組織の面でも“断片化”している。FFMの実現を目指すなら、データやツール、プラットフォームを統合化するのと同時に、人や組織の統合化も実現しなければならない」

 こうした課題はテクノロジーやツールで解決できるものではないために、解決は難しそうに見えるが、永山氏は「将来を楽観している」と話す。

 「FFMの実現をマーケティング上の課題と捉えて努力している企業なら、人や組織の問題をきちんと認識しているリーダーがいることが多い。そうした企業は自らを変えるスピードが早い。当社も課題意識を持ってFFMに取り組んでおり、私自身もFFM時代に相応しい人材と組織をつくることが役目だと考えている」

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