ネット炎上に関与している人は極めて少数だ──。インターネット上で批判的な意見や一部擁護する意見が集中して騒がしくなる「炎上」について、昨今、こんな論調が幅を利かせている。
例えば2017年9月、文化庁が公表した「国語に関する世論調査」(平成28年度)の結果によると、「いわゆる『炎上』を目撃した際に書き込みや拡散をするか?」との問いに、「大体すると思う」「たまにすると思う」と回答した人は計2.8%にとどまっている(図1)。一方、「ほとんどしないと思う」「全くしないと思う」を合わせた“しない派”は63.2%と圧倒的だ。こちらは個別面接調査ということもあり、ネットリサーチではなかなか得られない「インターネットを利用しないので答えられない」という回答も30%を超える。パーセンテージで表せば、確かに炎上にかかわる人の割合は非常に少ない。
問題はその解釈である。文化庁の調査結果を補うように、メディアは学者などの専門家から、「炎上が起こるとネットのユーザー全体が批判しているように見えるが、実際には少数」「炎上が全員の意見だと鵜呑みにしないことが大切」といったコメントを引っ張ってくることが多い。
この解釈を果たして企業は“鵜呑み”にできるだろうか? つまり、炎上が起きてもそれは特異な少数派が騒いでいるだけだから気にする必要はない、と割り切って構わないのか? それを本特集で検証したい。
問われるアンケート調査の中身
まず、アンケート調査で本当に「炎上参加者」を正しく把握できるのかが問題になる。本誌を読んでいるマーケターの多くは、個人SNSアカウントから情報を発信していて、企業の炎上が報じられた際には何らかのコメントなり、感想なりをこれまで何度か投稿したことがある人が多数派だろう。その意味では立派な炎上参加者である。
では、あなたがアンケート調査で唐突に「炎上についてどう思うか?」「あなたは炎上参加者か?」と問われたら、どう答えるだろう。「炎上=ネットの秩序を乱す行為」「炎上参加者=ネットモラルに欠けた人間」とハナから決めてかかっている節が感じられる調査の場合、「炎上は好ましくない」「私は参加しない(したことがない)」と答えるのではないだろうか。 これは自分が良く見られたいという見栄ではない。嫌いな芸能人が発言するたびに悪口を投稿し続ける粘着ストーカー系や、日の丸アイコンを掲げて思想の異なる相手を売国奴と罵倒するネトウヨ系などの炎上加担者と一緒にされたらかなわない、という当然の反応である。
炎上の定義で変わる参加規模
炎上参加者の実態をデータで浮き彫りにしたことで定評のある『ネット炎上の研究』(田中辰雄/山口真一、勁草書房)も、炎上参加者の定義は極めて狭義だ。この研究では、ネットリサーチ会社マイボイスコム(東京都千代田区)のモニター2万人弱を対象に大型の調査を手掛けているが、炎上の認知、参加経験を問う設問は次のようになっている。
(以下抜粋)
Q. 炎上事件についてあてはまるものを1つ選んでください
(図2)
いかがだろうか。他社の炎上事例を他山の石として何が問題だったのかコメントや分析を試みるような投稿は、この炎上の定義に照らせば、炎上に参加したうちに入らない。まるで「リンチ(私刑)に参加したことがありますか?」と問いただすような質問に、「1度ある」「2度以上ある」と堂々と答える人が極めて少数なのは当然だ。実際、同研究の調査では、ネットをあまり使わない人を考慮していない補正前段階で、炎上参加者は1.5%でしかない。
企業が本当に恐れるべきは、この手の炎上参加者だろうか。
ここ1年で起きたことを振り返ると、サントリーの「頂」や宮城県の観光PRなど、「性差別的だ」と批判され、最終的に取り下げた動画CMのケースが印象深い。性差別的な表現に敏感なフェミニズム界隈で批判の声が上がり、「BuzzFeed」「ハフポスト」といった新興メディアが早い段階で動画CMを問題視する記事をアップして、次々とシェアされていく。企業としては一番堪える、最も回避したい炎上パターンである。
話題になってなんぼの動画CMの世界では、許容されるギリギリを狙ったきわどい作品が候補案に挙がり、テレビCMほど予算をかけずチェック体制も甘いことから、“可燃性”の高い作品にGOサインが出てしまう場合がある。一部で批判の声が上がりつつも、それを材料に盛り上がってくれるのでは──。そんな淡い期待と裏腹に、ほぼ批判一色になってしまったのがこの2作品だ。
では、この2作品に声を上げたり、記事をシェアしたりしたネットユーザーは、上記「炎上事件」に1度または2度以上参加している1.5%のうちに入る人なのか? 答えは恐らく否だろう。この調査では、企業が本当に恐れる必要のある炎上参加者を捕捉できていない可能性が高い。
投稿・アクション経験者は15%超
そこで本誌は、サントリーや宮城県の例を念頭に、「問題動画CM」について認知度合いや感想コメントの投稿経験を尋ねる調査を実施した。
まず企業や自治体の動画CMを見た経験を尋ね(表1)、「一度も見たことがない」人を除いて、「問題動画CM」の認知・視聴経験を質問(表2)。ここから問題動画CMの存在を全く知らない人を除き、感想の投稿経験を聞いた(表3)。

Q.企業や自治体がYouTubeなどで公開している動画CMを見たことがありますか?

Q.企業や自治体の動画CMをめぐって、内容が性差別的であったり、家事・育児の負担が一方的に女性にかかっていたりする描写などが問題視され、「炎上」にまで至るケースがあります。あなたはこのような問題になった動画CMを見たことがありますか?

Q「. 問題動画CM」が話題になっている際、その感想をSNS(Twitter、LINE、Facebookなど)やニュースのコメント欄、掲示板などに書いたことがありますか?※内容に対する賛否は問いません
これらを整理したのが図3である。問題動画CMについて、投稿や「いいね!」などのアクション経験がある人は、15%を超えた。炎上の一パターンに過ぎない問題動画CMだけで、『ネット炎上の研究』の参加者1.5%と1ケタ違う結果が出たことになる。

企業が本当に恐れ、対応する必要がある炎上参加者は、極めて少数などと言っていられないと理解できただろう。聞き方ひとつでこれほど結果は変わってくる。「声を上げる人は特異な少数派だから気に病む必要はない」という助言は、実際は慰めにもならず、対応が後手に回るだけだ。
動画CM批判「さしつかえない」が多数派

Q「. 炎上」という現象を好ましいと思うか?
文化庁の調査では、炎上について「どちらかと言えば好ましくない」「好ましくない」と回答した人が計77.5%と圧倒的多数を占めた(表4)。だが本誌調査で「問題動画CM」の炎上をどう思うか聞いてみると、「炎上は望ましくないので批判的な感想・意見はいっさい投稿するべきではない」は15.8%と少数。「批判的な感想・意見は企業が耳を傾けて改善するきっかけにもなるので、誹謗中傷にならないように十分注意した上で投稿することはさしつかえない」という考え方が6割を超えた(表5)。

Q「. 問題動画CM」をめぐって賛否が割れたり、批判が集中したりして「炎上」状態になることについて、あなたの考えに近いものを選んでください。
Twitterなどで不用意な発言をした一般人を追い込んで個人を特定し、執拗に攻撃する類の炎上は、非常に問題があり、参加もしない。一方、企業や自治体が一般ネットユーザーに向けて発信した動画CMについて感想を語るのは自由。問題点があれば投稿の中身が批判的になることもある。これが大方のネットユーザーの考え方と言えるだろう。
文化庁調査や『ネット炎上の研究』で浮かび上がった少数の炎上参加者は、本誌調査の表5で「自由なインターネット空間では、脅迫のような犯罪に該当しない限り何を言っても構わない」と回答する“好戦的”なタイプと重なりそうだ。彼らは少数の割に声が大きく、一見厄介ではあるが、エキセントリックゆえに大衆を巻き込む力はない。彼らよりも、良識派と認識されているオピニオンリーダーやメディアが問題点を指摘し、その通りと感じた一般ユーザーがコメント投稿や拡散をしていくパターンの方が、企業にとってずっと脅威だ。
表6に主なジェンダー系・差別系の炎上事例をまとめた。この領域はおよそ以下の3パターンに大別できる。①過度な性的アピール ②性別による役割分担の強要 ③脅し商法である。「不寛容社会だ」と世の中のせいにする前に、広告表現がこの3点に該当しないかチェックしておきたい。