自動販売機にデジタル化の波が押し寄せている。スマートフォンと連携して自販機でたまるポイントサービスを実現したり、スマホにデジタルクーポンを配信して自販機を通じた商品サンプリングを実施したりできるようになった。さらに、誰がどの自販機で何の商品を購入したかといったデータも吸い上げられる。小売り業者を介して商品を販売するメーカーでは持ちづらかった、顧客の購入情報を取得できる可能性も広がっている。

 キリン子会社で自販機事業を手掛けるキリンビバレッジバリューベンダー(東京都中野区)は今春、無料通話・メールアプリ「LINE」と連携してポイントがたまる自販機の稼働を始める。まずは東京と大阪を中心に数千台から稼働を始め、年末までに数万台にまで、対応する自販機を拡大する方針だ。

 キリンは自販機のデジタル連携を進めて、自販機経由の売り上げの減少を食い止めることを目指す。日本自動販売機工業会によれば、自販機で売れる飲料などの年間販売金額は2012年以降、前年を上回ることなく下落中。2015年の年間販売金額は4兆8811億8320万円で、10年間で約2兆円も市場は縮小したことになる。

キリンはLINEと自販機を連携した
キリンはLINEと自販機を連携した

 キリンはこの状況を打破するため、ポイントカード会社が発行する磁気のポイントカードをカードリーダーで読み込ませることでポイントがたまる自販機などを開発してきた。だが、「カードを持ち歩いていない、もしくは財布から取り出して読み込ませるのが面倒に思われる」(キリンビバレッジバリューベンダーのイノベーション推進部ソリューション担当の岡部愼一郎部長代理)といった理由から、思うように利用が拡大しなかったという。

 一方で、消費者が常に持ち歩くようになっているのがスマホだ。このため、スマホと自販機を連携することで新たなサービス開発の可能性を探った。その際、キリンが自販機とスマホの間で通信する機器として採用したのがビーコンだった。自販機にビーコンを取り付けるだけなら、大掛かりな改修を施さなくても済み、コストを抑えられる。問題はどのように連携するか。

 まず、自販機と連携したスマホ向けアプリの開発を検討したがすぐに見送った。その理由は2つある。まずプロモーション費用だ。アプリは開発しても、ダウンロードしてもらえなければ利用者は増えない。利用者の獲得を目指したプロモーションには、開発費以上の大きな費用がかかる。また、消費者が普段から利用するアプリの数には限りがある。調査会社ニールセンによれば、スマホで月1回以上利用されるアプリは平均30個。この中に選ばれるのは至難の業だ。

 これらの課題を解決するうえで目をつけたのがLINEだった。LINEの利用者は国内で6600万人に達する。さらにキリンのLINE公式アカウントには既に1700万人の「友だち」が登録していた。この公式アカウントと自販機を連携すれば、短期間で利用者を獲得しながら、高い継続利用が期待できると考えられた。

 こうして開発したのが「Tappiness(タピネス)」だ。Tappinessは、LINEと自販機を連携したポイントプログラム。キリンのLINE公式アカウント上で、自販機でたまるポイントカードを取得できるようにする。消費者はLINEを起動し、対応自販機の指定の箇所にスマホをかざしてから商品を購入すれば、LINE上のポイントカードにポイントがたまる。かざす際、キリンのLINE公式アカウントを開く必要はない。また、ポイントカードを所有していない場合、かざした時にキリン公式アカウントへの登録を促して簡単に取得できるようにする。

 稼働後は、ポイント倍付けや無料クーポンの配信などさまざまなマーケティング施策を実施する。LINEに情報を発信し、自販機へ直接誘導する施策も実行可能になる。また、グループの事業会社と連携して、飲料ブランド部門のサンプリングキャンペーンなどを利用可能にするなど、直接の接点を生かしたマーケティングのプラットフォームとしても活用していく方針だ。

スマホ広告を核とする異例の施策

 LINEとの連携で一気に利用者を獲得しようと意気込むキリンに対して、デジタル対応自販機で先行する日本コカ・コーラは、スマホ向け広告に広告予算の過半を投下する大胆な広告戦略を取り始めている。

 コカ・コーラは、対応自販機で飲料を買うとポイントがたまるスマートフォン向けアプリ「Coke ON(コークオン)」の提供を昨年4月に始めた。対応自販機は、既に国内で13万台を超えている。同社はこのCoke ONの利用者の拡大を目指して、昨年末に広告キャンペーンを実施した。

日本コカ・コーラが、顧客と直接の接点の中核と位置づけて注力する「Coke ON」
日本コカ・コーラが、顧客と直接の接点の中核と位置づけて注力する「Coke ON」

 通常、コカ・コーラではテレビCMの予算を確保した上でネット広告などに予算を振り分けることが多い。ところが、年末の施策はスマホ広告を中心としたデジタル施策に広告予算の3分の2を割く、「コカ・コーラとしては異例」(マーケティング本部IMCコネクションプランニング&メディアの池田哲也グループマネージャー)の内容だったという。施策では広告から直接、アプリのダウンロードを促すことを狙ったため、ブランド認知などを目指す通常のキャンペーンとは異なり、ダウンロード1回当たりの単価を軸に予算を組み立てた。その結果、スマホ広告をキャンペーンの中核に据えることになった。

 キャンペーンは、缶コーヒーブランド「ジョージア」のサンプリングキャンペーンに合わせて実施した。まず俳優の山田孝之さんを起用したジョージアのテレビCMと連動した動画広告を制作した。動画広告は、Coke ONをダウンロードすることで、対応自販機でジョージアを1本無料でもらえることを伝えてダウンロードを促す内容。最近はスマホを横向きにせず、縦向きのまま全画面で視聴できる動画媒体も増えているため、縦型と横型の両方の動画を制作。また広告の長さも、5秒のものから長いものでは50秒まで、さまざまなフォーマットを用意した。

 これらの動画広告を、AppLovin(東京都渋谷区)の広告配信サービスを活用して配信した。また、配信方法でも工夫をした。テレビCMの放送に先駆けてスマホの動画広告を先行配信し、媒体やターゲティングのセグメントと動画広告のクリエイティブの相性などから、効率よくアプリがダウンロードされる組み合わせを事前に見極めることで、高い相乗効果を狙った。これにより一気にダウンロード数を稼ぎ、アプリの利用者は280万を超えた。これは当初の目標の1.4倍に当たる数だ。

 自販機のデジタル化を進める2社だが共通する点がある。それはスマホとの連携で、これまでメーカーが持ちづらかった購入情報を取得できるようにしたことだ。スマホと連携した利用者であれば、どの自販機で何の商品を購入したか分析できる。コカ・コーラでは、Coke ONを顧客と直接の接点の中核とするために、自社EC(電子商取引)サイト「コカ・コーラ オンラインショップ」を閉鎖するほどの熱の入れようだ。今後は、両社とも自販機で取得した顧客の購入データを活用したマーケティング施策に取り組んでいく。

この記事をいいね!する