前回は「無印良品」における優れたCランク商品、つまり販売数量では1位どころか下位に沈んでいるが、特定の顧客に対しては、値引きをしなくても(ネット経由で)一定数を販売できる商品が、顧客とのエンゲージメントによって生まれる過程を解説した。私の独自の考え方である「顧客時間」に当てはめた分析も試みた。顧客とつながり、時間を共有することの意義と価値を再認識していただけたのではないかと思う。

 今回はその論考を一歩進めて、あえてSランク商品を意図的に仕掛けないビジネスについて検討していくことにする。実は私の目からみると、国内外のベンチャーの中には「一見Cランク商品ばかりを集めてビジネスをしている非効率な企業!?」がいくつか存在しているからだ。

ファッション・レンタルサービス事業の「ル・トート」
ファッション・レンタルサービス事業の「ル・トート」

 その1社が、米ル・トート(LE TOTE)である。衣類やアクセサリーのレンタルサービスを月額49ドルで提供している注目のスタートアップだ。自らを「ファション業界のネットフリックス」と称し、ファッションアイテムのオンデマンド化をビジネスコンセプトとしている。

 同社のWebサイトで会員になる際には、まず自分のサイズや好きなデザインや色などを登録する。基本コースを申し込むと、洋服3着とアクセサリー2つが宅配されてくる。顧客はその商品を期間無制限で試着(使用)でき、気に入った(所有したい)場合は最大50%オフで購入することもできる。

利用を繰り返すほどパーソナライズが精緻に

 別の商品を試したい場合は、月内に何回でも返品・交換が可能だ。送料無料の範囲で済ませようとすると、配送リードタイムとの関係で「毎日とっかえひっかえ」とはいかないが、1カ月49ドルで毎週違うファッションに身を包むことができる。こうした試用、交換のデータと、サイト内でお気に入りに登録した商品データなどを分析して、利用を繰り返すほどル・トートから送られてくる商品が、よりパーソナライズされたコーディネートになっていく仕組みだ。

 このル・トートの創業者でCEO(最高経営責任者)でもあるラケッシュ・トンドン氏は投資銀行出身で、2012年の会社立ち上げに際して調達した資金は約1億7500万円に上る。出資者にはアンドリーセン・ホロウィッツ、グーグルベンチャーズといった米国のトップVC(ベンチャーキャピタル)が名を連ね、シリコンバレー在住の日本人ベンチャーキャピタリスト宮田拓弥氏がマネージングパートナーを務めるスクラム・ベンチャーズも出資している。

 名だたるVCが出資をしたのは、ル・トートのビジネスモデルが従来のファッションビジネスと全く違っていることが大きい。ル・トートは商品を「販売」していない。顧客は商品を「レンタル」する対価として月に49ドルを支払っている。この借りては返す、または購入するというサイクルの中で、顧客のファッションに関する趣味嗜好やニーズを詳細に把握して、オススメする商品の精度を高めている。このビジネスモデルを私の顧客時間の概念に当てはめると、購入(有料試着)→使用&消費→検討(購入or交換)となる(下図参照)。

「ル・トート」の場合、顧客時間のどのフェーズを重要視しているのか
「ル・トート」の場合、顧客時間のどのフェーズを重要視しているのか

 では従来のファッションビジネスはどうか。基本的には、その年に流行する、流行させたいスタイルやトレンドを企業側から発信して(BtoCなコミュニケーション)、多額のマーケテイングコストも投下し、売れ筋商品(Sランク商品)を作り出している。Sランク商品を大量に販売して利益を最大化するために、素材メーカーと交渉して生産コストを引き下げることにも注力する。

売れない在庫を抱えるリスクがない

 しかしル・トートには、従来のファッションビジネスでは必然の「大量の見込み発注・生産」と、それに伴って先に多額のキャッシュアウトが発生するようなリスクの高いプロセスがない。

 ル・トートが貸し出し用の在庫として持つ商品は、誰もが欲しがるSランク商品ばかりである必要はない。持っている商品の中から、顧客の利用履歴データなどに基づいて、気に入ってもらえそうな商品を選んで届けるプロセスを最適化すれば良いわけだ。

 メーカーのように売れない、お金を生まない在庫を大量に抱えてしまい、大幅な値下げを敢行して処分する必要もない。従来型のものづくりを経験してきた私からすると大変エコなビジネスである。

 このル・トートは、前回の無印良品の製氷トレイと同様に、検討→購入→使用&消費のプロセスではなく、購入→使用&消費→検討という流れで、顧客を理解・把握しているところがポイントだ。大勝はしないかもしれないが、負けないビジネスモデルを構築している。これは、データを活用してCランク商品の塊をネット経由で回転させることができ、結果生まれてくるSランク商品に焦点を当てることができるネット企業ならではのエンゲージメントコマース事例である。

 ファッション業界にとっては新たなる脅威となり得るが、同時に彼らはル・トートの持つデータに注目している。昨年11月の米フォーチュン誌の特集記事によると、ル・トートに商品を提供している企業が、同社のレンタルデータを商品開発に活用しようとしているようだ。このような「CtoBtoB」のデータはエンゲージメントコマースにおいて重要であり、お金を払ってでも手に入れたい情報であるのだろう。

 顧客とともに価値やサービスを共創する。そんなB with Cの関係性を作り上げた企業が、顧客とともにマーケティングを行い、業界に変革をもたらす時代になっている。顧客時間を理解した企業による新たなエンゲージメントコマースの発展に大いに期待をしたい。