コナカとストライプインターナショナルは、デジタルを活用して全く新しい事業を生み出すことで、オムニチャネルを推進している。とはいえ、すべての企業が新事業の開発に取り組めるわけではないだろう。既存店舗を軸にオムニチャネルを進めるにはどうすべきか。

メガネ販売チェーン大手、メガネスーパー店舗営業本部デジタル・コマースグループジェネラルマネジャーの川添隆氏が出した答えはこうだ。「店舗を持つ企業にとって最重要チャネルは店舗。デジタルを店舗の補完に活用することで、店舗運営の効率化を図る」。
では、どうすれば効率化につながるのか。メガネスーパーでは、メガネが主力の商材であることはもちろんだが、コンタクトレンズも大きな売り上げを生んでいる。中でも、使い捨て型のソフトコンタクトレンズは、ユーザーが同じ商品を何度も購入するリピート性の高い商材だ。一方、「メガネ販売では、検査を含めて接客に1時間以上かけることもある」(川添氏)。専門知識を持つスタッフがメガネスーパーの強みでもあるがカウンセリングなどを必要としないコンタクトレンズは、デジタルを活用してネットで購入しやすい仕組みを整備。店舗ではメガネの購入希望者の接客に集中してもらい、強みを最大限に引き出そうと考えた。
コンタクトしか買えないアプリ
開発したのが、ボタン1つでいつもと同じコンタクトレンズが届くスマートフォン向けアプリ「コンタクト簡単注文アプリ」だ。「小売企業が提供するアプリの多くは、店舗検索やポイントカードのデジタル化などの機能を持つが、機能を削ぎ落とし、とにかくコンタクトレンズの繰り返し購入をしやすくするアプリを目指した」と川添氏は言う。同アプリの提供より早く、Amazon.co.jpは昨年12月から、ボタン1つで同じ商品を繰り返し購入できる「Amazon Dash Button」の提供を始めている。メガネスーパーのアプリも発想はこれに近い。「コンタクトレンズは一度買った店で買い続ける人が圧倒的に多い」(川添氏)ため、購入の手間を省き、簡単に購入できる仕組みを用意すれば顧客を囲い込める。そのため、アプリの利用者は基本的に店舗の既存顧客が対象となる。
顧客がアプリを利用する場合、まず店舗で発行されるポイントカードに記載されている顧客管理番号や生年月日などを入力する。すると、トップ画面には最後に購入したコンタクトレンズとケア用品が、既にカートに入った状態になっている。そのため顧客は商品を選ぶ必要がない。会員データに基づいて住所なども入力済み。後は必要な個数を設定したり、購入しない商品を削除したりすればよい。注文ボタンを押し、確認ボタンを押せば注文が完了する。
このアプリ経由の売り上げはすべて注文した顧客を持つ店舗の売り上げとなる。店舗側はコンタクトレンズ販売の手間が軽減されるうえに売り上げ向上も見込めるため、協力を得やすいわけだ。EC側は関与売り上げという形で貢献度を評価する。
今後はこうした仕組みを、スマートフォン向け無料通話・メールアプリ「LINE」でも実現する。「アプリのインストールを面倒だと思う層は確実に存在する。そうした層には、既に利用しているLINEというチャネルを使ってリーチする」(川添氏)。メガネスーパーの売り上げに占めるEC化率はわずか2%。コンタクトレンズは94%が店舗で購入されている。この94%に当たる金額をデジタルで伸ばし、店頭でのメガネの購入も増やすことができれば、売り上げへの影響は大きい。こうした考えから、店舗の売り上げを増やすデジタル活用をさらに進めていく考えだ。
ここまで、各社の取り組みを紹介してきた。最後にそれらの事例から、オムニチャネルを成功に導くポイントを「サービスを設計する」「体験」「事業全体で収益化」という3つにまとめた。実はこれらのポイントは、野菜のECサイト「Oisix」を展開するオイシックスが、直面する課題を解決するためにオムニチャネル戦略を転換し、今後目指す新しい方向性と合致する。同社の事例を交えながら解説していこう。
成功のための3つのポイント
まず、1つ目のポイントは「サービスの全体像を設計」することだ。オイシックスが店舗を開設し、リアルに進出したのは2010年のこと。現在、東京都内に2店舗の直営店を運営している。ただ、当時はオムニチャネルという概念は存在しなかった。それゆえ、「チャネルの拡大という発想だけで進めた面もある」とCOCO(チーフ・オムニチャネル・オフィサー)の奥谷孝司氏は言う。店舗運営のノウハウを持たず、かといってネット企業ならではの顧客データ活用などにも取り組めていなかった。これでは既存スーパーなどに対し競争優位性はない。サービスの全体像を設計せず、チャネルごとに個別に取り組んだがゆえに、オイシックスが持つ資産を活用し切れていなかった。

一方で好調なのが、既存の流通企業の店舗内にオイシックスの販売コーナーを設ける「Shop in Shop」だ。こちらは昨年から店舗の刷新を進めており、2016年7~9月期の各店の売上高の平均が前年同期比で27%増加した。そこで2018年3月期は、ブランドとの接点拡大に寄与しながら売り上げ増加も達成しているShop in Shopの形態を推し進めながら、直営店に関しては新しい事業モデルの展開を探る方針だ。
その新しい事業モデルを考えるうえで重要なのが、2つ目の「ブランドの体験だ」と奥谷氏は言う。例えば、1つの案が飲食業態。全国1000以上の契約生産者から仕入れる野菜など、オイシックスならではの商品を直接体験できる場を提供する。オイシックスの持つブランド価値を食を通じて体験してもらい、その場で会員化につなげるといった考えだ。オイシックスは2017年秋をめどに、有機野菜の宅配事業を手がける大地を守る会(千葉市美浜区)と経営を統合する。大地を守る会は既に飲食業を営んでいる。そうしたノウハウを生かしながら、新しい業態を模索する。
またオイシックスは昨年、トラックによる移動型スーパー事業のとくし丸(徳島市南末広町)を傘下に収めた。今後はオイシックスの顧客データを用いて地域ごとの購買傾向を分析。その傾向に合わせて、商品ラインアップを充実させた移動スーパーによる販売強化にも取り組む。
そして3つ目の、成功の一番のポイントは「事業全体で収益化」を目指すことだ。オムニチャネルでは、顧客はどのチャネルで商品を購入しても構わない。全体の中でLTVを大きくするという考えを持つ必要がある。
だが、一方でこの点は、「ネット発の我々であっても苦労する」とオーマイグラス社長の清川氏は言う。既存の販売方法の経験を持つ場合、意識変革が困難というのだ。そのため、オーマイグラスでは新卒採用を強化しているという。「最初の段階からオムニチャネルという考え方をインプットしていかないと、肌感として身につかない」(清川氏)からだ。
既存流通の場合、組織の問題も大きい。「オムニチャネルを突き詰めればチャネルの境がなくなるため、店舗事業部、EC事業部といったチャネル型の組織は実情に合わなくなる」(清川氏)。だが組織の在り方を根本から覆すのは並大抵のことではない。ならば、いっそ既存店舗中心主義に振り切ることも1つの手だ。
セブン&アイは当初、成長率の高いECを中心にオムニチャネル戦略を立案した。だが既存流通の大半は、売り上げ規模で見れば、店舗がECを凌駕しているだろう。「店舗に閉塞感を感じて、伸ばしやすいネットを強化する企業は多いが、すぐに限界が訪れる。消費の大半はリアルで行われているからだ。であればデジタルを活用して、店舗売り上げをどう伸ばすかに注力した方がよい」とオイシックスの奥谷氏は指摘する。オンラインからの集客、O2O(オンラインtoオフライン)に注力して店舗の来客数を増やすのも選択肢になる、というわけだ。
さて、以前に比べて、その未来が見えにくくなったとは言え、特集冒頭で挙げたメイシーズなどの蹉跌は、そのままオムニチャネルという概念の挫折を意味するわけではない。固定観念から離れ、顧客の体験価値につながる事業モデルを独創する。そんな、前例にとらわれずに考え抜く力が今、求められている。