米メーシーズやセブン&アイが戦略を転換するなど、オムニチャネル企業に異変が目立つ。一世を風靡したこの事業モデルに未来はあるのか。先進企業の挑戦から探った。

 米百貨店大手のメーシーズは2016年11~12月の既存店売上高が前年比で2.7%減少するなどの業績低迷を受けて、2017年中に68店舗を閉鎖し、1万人の従業員を削減する予定だ。同社は自らを「オムニチャネルリテーラー」と称し、COO(チーフ・オムニチャネル・オフィサー)を設置するなどオムニチャネルの推進に力を入れてきた。しかし、店舗の弱体化を防ぐには至らなかった。

 国内においてはセブン&アイ・ホールディングスが、オムニチャネル戦略を大幅に転換することを明らかにしている。従来のEC(電子商取引)サイトを起点とした戦略から、グループの共通顧客IDを導入したCRM(顧客関係管理)戦略へと軸足を移す方針だ。

 セブン&アイがオムニチャネル戦略に大きく踏み出したのは、セブン&アイ・ネットメディア前代表取締役社長の鈴木康弘氏が、米国で前出のメーシーズなどを視察し、刺激を受けたことが1つのきっかけとなった。奇しくもその両社がオムニチャネルで成果を出せず、戦略の見直しを迫られている。

 一方で、ネット企業によるリアルへの進出が相次いでいる。ネット通販市場は拡大しているとはいえ、今も消費の多くはリアルの場で行われている。このリアルの消費を獲得するのが狙いだ。米アマゾンが米国で試験運用を始めた、デジタルを活用した無人店舗「Amazon Go」はその象徴だ。こうしたネット企業はECを起点としながら、店舗も含めたサービス全体を設計している。この点で、店舗を重視する既存の流通企業とはオムニチャネルの戦略が大きく異なる。

 「本来、オムニチャネルを推進するならば、顧客が店舗とネットのどちらで買ってもよく、事業全体の売り上げを増やすという考え方が求められる。ところが、フランチャイズ展開するような企業の場合、店舗オーナーの意向もあり、大胆な戦略転換はしづらい」。眼鏡専門のECサイト「Oh My Glasses」を運営するオーマイグラスの清川忠康社長は、店舗網を持つ企業のオムニチャネル化が進みにくい要因をこう分析する。

スーツ販売のコナカは昨年、オーダースーツブランド「ディファレンス」を立ち上げた。同ブランドは店舗は採寸、注文はネットというオムニチャネルを意識した事業モデルだ
スーツ販売のコナカは昨年、オーダースーツブランド「ディファレンス」を立ち上げた。同ブランドは店舗は採寸、注文はネットというオムニチャネルを意識した事業モデルだ

 こうした課題を抱える流通企業では、オムニチャネルの実現は不可能なのだろうか。必ずしもそうとは言い切れない。スーツ販売のコナカは、ネットと店舗を連携させたオムニチャネル型の事業モデルを確立することに成功している。昨年10月にオーダーメードのスーツブランド「ディファレンス」を立ち上げて、青山に最初の店舗を開設。「当初の計画通りに順調に売り上げを伸ばしている」(コナカ ディファレンス事業部の中嶋傑ゼネラルマネージャー)ことから、4月までに12店舗を順次オープンする。このコナカの新ブランドからオムニチャネル成功の糸口を探っていこう。

事業をサービスとして捉える

 中嶋氏は、事業を立ち上げるうえで最初の仕組みづくりが肝要だったと言う。というのも、既存の店舗にもデジタルツールを導入しようと試みてはいるものの「本部と店舗では温度差がある」(中嶋氏)ため、思うように進みにくいという壁にぶつかっていた。既存の仕組みを大幅に変更するには、社内の理解を得ることも含めて時間がかかる。そこで、あえて消費者の新しい消費行動に根ざした新事業の開発を目指した。事業の計画段階から、店舗とECサイトを全体として設計することで、難しかったオムニチャネルを実現させた。

 「店舗スタッフにディファレンス事業を説明する際、店舗もECも顧客の買い物を支援するツールと位置付けて、事業全体をサービスとして捉えてほしいと話している」(中嶋氏)。 顧客のライフスタイルに合わせて、好きな時に好きなチャネルを利用してもらう。こうした事業設計ゆえに、販売チャネル単位ではなく事業全体で採算を見ることになる。

店舗で採寸してネットで注文するオーダースーツ
店舗で採寸してネットで注文するオーダースーツ

 それぞれのチャネルの役割は明快だ。まず、店舗は採寸とスーツに使う生地の確認を担い、ECサイトは採寸データを基にした販売の役割を負う。顧客は、いきなりネットで買うことはできない。「オーダーメードのスーツの不安要素はサイズと仕上がり」(中嶋氏)。顧客一人ひとりに最適なスーツを仕立てるため、まず店舗での採寸を重視する。

 初回購入時には、スマートフォン向けのアプリやECサイトから希望の日程で来店予約してもらう。予約の受け付け時に希望の色柄やスーツのシルエット、利用シーンなどのアンケートに回答してもらい、事前にニーズを把握。その希望に合わせて、店舗でスーツの仕立てに必要な肩幅やウエストなどを採寸する。採寸したデータは店舗スタッフが顧客IDにひも付けて登録する。以降は来店しなくても、その時の採寸データを基に、ECサイト上で購入したいスーツの生地などを選ぶだけで注文できる。ウエストがきつくなった場合などは、既存のサイズデータを基に調整を加えて注文することも可能だ。

 このような仕組みのため、店舗の在庫はワイシャツなど一部、突発的な需要に対応するための商品程度。スーツの在庫は一切持たない。その代わり、常時150種類以上のスーツの生地サンプルが棚に並ぶ。顧客はこのサンプルで生地の柄や質感を確かめられる。

商品写真はすべてデータで作る

 とはいえ、その生地を使ってスーツに仕立てた時の仕上がりが気になる人もいるだろう。この課題に対してもデジタルで解決している。ディファレンスは生地を仕入れた後、すべてスキャンしてデジタルデータとして取り込む。この生地の画像データを使い、スーツに仕立てた際のイメージ画像を作る。これを店舗スタッフが「iPad」に表示して案内する。従来は実際にスーツに仕立てた後に撮影作業などが必要で、すべての生地の商品写真を撮影するのに時間もカネもかかった。デジタルを活用することで、コストを抑えながら、すべての生地について、スーツに仕立てた場合のイメージ画像を提供できるようになった。こうした技術進歩もディファレンス事業の展開を後押しした。

 ディファレンスの店舗は通常の業態と違い、在庫を置く倉庫などが必要ない。「15坪程度のスペースがあれば店舗を展開できる。在庫管理もほぼ不要で接客など顧客対応に注力できるのが強みだ」と中嶋氏は言う。店舗面積が小さいため光熱費や賃料のほか、店舗スタッフが少数で済むため人件費なども抑えられる。

 さらに、ディファレンス事業では紙媒体の広告を一切出稿しておらず、Web媒体やSNSに広告出稿するなどしてECサイトに集客する。そして、ECサイトから来店予約につなげる。だから「店舗を出店する場所は、必ずしも人通りの多いところでなくても構わない」(中嶋氏)。こうした理由により、事業開始からわずか半年で13店舗という急速な店舗拡大が可能になった。

 コナカはディファレンスの好調を受け、従来から展開していたオーダー・メード・スーツ事業をすべてディファレンスに集約する。今後3~4年で、50店舗まで拡大させる方針だ。

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