レトルトカレーの代名詞、大塚食品の「ボンカレー」のテレビCMと聞いて思い浮かぶのは、松山容子か、ボンカレーゴールドの王貞治か、あるいは松坂慶子か。世代によって答えは変わろうが、いずれにしても有名人を起用したテレビCMを長年放映してきた、マス広告の象徴のような存在だ。あさって2月12日で発売から48年を数えるロングセラー商品である。
ところがそのボンカレーが2013年に45周年を迎えて以降、テレビCMから撤退している。広告宣伝費を実に6割減らしたボンカレーだが、売り上げは微増で推移しているという。テレビCMに代わって取り組んだ動画広告が有効に機能した格好だ。
同社製品部レトルト担当プロダクトマネジャーの垣内壮平氏は、「アンケート調査をすると、ボンカレーの認知率は9割を超えている。テレビCMは新商品を広くアピールするには向いているが、15秒や30秒では生活者にとってボンカレーがどういう存在でありたいか、メッセージを伝えることは難しい。そこで今までの広告宣伝スタイルを見直し、PR中心で進めていこうと方向転換を図った」と説明する。
テレビCMに代わってYouTubeの長尺動画を活用
テレビCMに代わって活用したのが、YouTubeで公開する数分間の長尺動画だ。ターゲット層を明確にするため、「ボンカレーは誰を救えるのか」を突き詰めた結果、共働き率が高まりながらも家事負担がなかなか軽減しないワーキングマザー(ワーママ)に訴えかける内容にした。
2014年7月に公開したボンカレースペシャルムービー「ねえ、お母さん」篇がそれだ。仕事と家事・育児に疲れ、夫の帰りを待ちつつテーブルでうたた寝をしている母親が、幼少の自分に戻って母親が食事の準備をする包丁の音を耳にする──。そんな昭和と平成がクロスする、ドラマ仕立てのワーママ応援ムービー。シンガーソングライターの山崎まさよしが制作した応援ソング「うたたね ボンカレーVer.」を動画内に挿入し、対象商品の購入者限定で同曲をサイトからダウンロードできるキャンペーンを実施した。評判は上々で、再生回数は100万回を超えた。
だが、垣内氏は100万回という数字にも決して満足はしていなかった。クチコミによる拡散はあったものの、動画への集客はバナー広告やTrueView広告などに頼っており、出稿を増やして集めた再生回数は、最後まで視聴される完視聴率の面で満足のいく水準には達しなかったためだ。垣内氏は、「再生回数は大台に乗ったが、主目的であるエンゲージメント強化の面では深さがやや足りない。バナーで誘導する形自体、従来の広告主導の発想から抜け出せていなかった」と振り返る。
この結果を踏まえて翌2015年、ワーママ応援ムービー第2弾の制作に取り組んだ。プロモーションのキャッチフレーズは、「Smile Table Day ママもみんなも笑顔になる食卓3カ条」。3カ条の内容は、「ごはんをラクにする(レトルトも使っちゃおう)」「席を立たない(みんなで『いただきます』と『ごちそうさま』)」「おしゃべりを楽しもう」の3つだ。

子供がいて共働きの多忙な3世帯の協力を得て、部屋にカメラを設置して平日の夕食の様子を撮影。保育園から一緒に帰宅するなり母親に甘えたがる子供をなだめすかしながら夕食の準備に追われる、そんな気が休まらないワーママの姿を追いかけた。そこで食卓3カ条を実践してもらったところ、Aさん家族は、食卓滞在時間が1.7倍、会話数は1.2倍、笑顔の数は1.3倍に増えた。そんな“ボンカレー Before After”ムービーである。
この動画への誘導ルートとして活用したのが、ニュースサイトなどへのネイティブ広告、すなわち提供企業名を明記したPR記事だ。ワーママ1000人を対象に実施したアンケート調査の結果なども交えた読み物を3つのサイトで公開し、記事内でインライン再生できる動画を張って誘導をかけた。再生回数は第1弾に及ばないものの、完視聴率は大幅にアップしたという。
記事の「熟読率」を測定してさらに深い分析
さらに昨年暮れから年明けにかけての15日間、3つのサイトの記事の「熟読率」を測定できるツールを導入し、動画の完視聴率との相関についても調査した。
導入したのは、デジタルPR支援のビルコム(東京都港区)が開発した「Content Analyzer」。従来の「滞在時間」では、離席している間や、ブラウザーが最前面に出ないまま他の作業をしている間でも、アクセス中とカウントしていた。同ツールでは、最前面に表示されたサイトに対してマウスやキーボードが一定時間、操作された場合を「注目時間」として割り出し、それに「スクロール動作」を掛け合わせて、記事のどこまでが表示されて読んだかを示す「熟読率」を算出する。
3つのサイトの記事では、「壮絶な食卓リアル事情」というやや煽り気味のタイトルを付けた記事がビューを集め、熟読率も高かった。だが熟読率が一番低かった教育・受験情報のニュースサイトが、動画の完視聴率は一番高いという結果だった。
記事タイトルに引かれて最後まで記事を読んでくれる人が多いが、その勢いで動画を最後まではなかなか見てくれないのが前者とすると、後者は堅い内容で熟読率は低いが、熟読してくれた人は最後まで動画を見てくれる人が多い、と言えるだろう。垣内氏は、「PV(ページビュー)やUU(ユニークユーザー)では分からなかった記事の読まれ方が把握できて、メディア選定やタイトル付け、動画の配置場所などを今後考えていく上で参考になる」と語る。今後、コンテンツの熟読率や誘導精度をさらに高めていくことで、デジタルPRの効果を高めていきたい考えだ。