2月2日から2週間、ミネラルウォーター「From AQUA<フロムアクア>~谷川連峰の天然水~」のCMキャラクターになっているアイドルグループ、乃木坂46が車両と車内広告を全面ジャックしたADトレイン1編成が、山手線をぐるぐる走っている。乃木坂メンバーがCMで手にしているFrom AQUAのペットボトルは、キャップを落とす心配のない「落ちないキャップ」を採用しているのが特徴。カバンに入れて持ち歩く移動中の飲用に配慮した商品として好評を得ている。開発・販売元のJR東日本ウォータービジネス(東京都渋谷区)は、年間2億本に上る駅ナカ自動販売機の販売データを分析して、商品開発や改良に生かし、これが同社の業績を下支えしている。

自販機台数は微増ながら売り上げを大幅に伸ばしたJR東日本の駅ナカ自販機
自販機台数は微増ながら売り上げを大幅に伸ばしたJR東日本の駅ナカ自販機

 飲料自販機ビジネスを取り巻く環境は厳しい。日本自動販売機工業会の統計によると、清涼飲料の自販機設置台数は2009年の214万8000台から2014年は220万3000台と2.5%増えているが、売り上げは1兆8795億円から1兆8725億円と微減。つまりこの5年で1台当たりの販売効率は大きく低下している。

 一方、同期間(年度)のJR東日本ウォータービジネスは、設置台数が9382台から1万53台に7.2%増えたのに対し、売り上げは236億2400万円から274億7600万円に16.3%の伸びを見せた。JR東日本の管轄内で飲料を扱うグループ企業を統合して同社が設立された2006年度と比べると、台数6.5%増に対し、売り上げは実に46.6%増に達する。

台数微増で売り上げ大幅増

 JR駅構内という恵まれた立地だけでは、逆風下でのこの大幅増収は説明がつかない。同社取締役営業本部長の本間雅人氏は、「自販機を小売業と考え、顧客視点のマーケティングで飲用シーンを徹底的に分析してきた」と説明する。分析する材料となったのが、年間2億本に上る販売ビッグデータだ。

 かつて同社自販機の販売データは、機内の在庫状況をオペレーターが確認してから商品補充をしにいく2往復の作業が必要で、乗降客数の少ない駅ともなると週次でしか売れ行きを確認できず、売れ筋商品の把握や品ぞろえの入れ替え判断がタイムリーにできていなかった。

 そこで2009年の暮れ、新型Suica決済端末「VT-10」を導入し、自販機から単品別の時間帯売り上げや購入場所などのPOSデータを取得できるように変えた。そして利用者がSuica決済したものについては、カード1枚ごとに割り振られている番号「IDi」から購入商品の履歴を取得し、購入商品群やリピート購入の傾向を把握できるようになった。

 さらに駅ナカの小型売店「KIOSK」やコンビニエンスストア「NewDays」で購入するとポイントが貯まる「Suicaポイントクラブ」の会員からは、性別・年代、郵便番号から居住エリアを購入商品と紐づけて取得できるようにした。なお現在、設置自販機約1万台のうち新型Suica決済機は約8000台。Suica決済の割合は55%に達し、Suicaポイントクラブの会員数も昨年3月末に200万人を突破している。

 これによって、「商品Aは先週○本売れた」という販売データだけでは見えなかった飲用シーンが見えてきた。データ分析で分かった購入傾向から商品開発につながったケースをいくつか例示する。

 まず、時間帯×商品カテゴリー分析。自販機全体では通勤・通学中の朝8時台が売り上げのピークで、大半のカテゴリーがこの時間帯に午前の山を迎える。だが、朝は低調で夕方から夜にかけて売り上げがピークを迎える異質な動きをする商品群があった。甘味性の高い"おやつ飲料"と呼んでいるカテゴリーだ。しかも「女性が中心かと思いきや属性分析してみると、30~40代の男性の購買割合が高かった」(本間氏)。

 この結果から、帰宅の時間帯に"リラックスニーズ"と、冬場は"あったまりたいニーズ"があると踏み、2011年10月、ホット果汁飲料「青森ぬくもりりんご」を発売。翌年10月には生姜エキスを加えた改良品を発売し、夕方の需要を開拓。売り上げ増に貢献した。

 時間帯×容量のデータ分析からも、具体的な飲用シーンが浮かび上がってくる。午前8時台の売り上げピークを牽引するのは500mlのペットボトル商品だが、280ml商品はその後もあまり売り上げが落ち込まず、10~13時台は500mlと280mlの売れ行きがほぼ同等。午後の山を形成する14~18時台は、280mlの売り上げが500mlを上回る。属性分析すると、午後は女性、40代以上の購買割合が高まることが分かった。

 そこで2012年の春には午後の女性需要を狙って、「夏みかんゼリー」など280mlペットボトルを"持ち歩き飲料"として積極的に投入した。伊藤園の紅茶「TEA'S TEA」シリーズなどナショナルブランドの商品についても270~280mlの小容量ミニボトルを優先して導入。売り上げの底上げに貢献したという。

 データ分析は、商品開発・選定のみならず、容器の改良のヒントにもなる。時間帯×購入場所をデータ分析すると、郊外居住者が朝、ミネラルウォーターを購入する場所は郊外エリアに集中しており、出勤時に自宅最寄り駅あるいは乗換駅で購入するケースが大半であることが分かった。アンケートでも移動中に飲んでいることが裏付けられ、キャップの開け閉めが頻繁にあること、飲んでいるときはボトルとキャップで両手がふさがり、キャップを落としやすいといった欠点が見えてきた。

 そこで「持ち歩きたくなる水」をコンセプトに国産初の「落ちないキャップ」を開発。2012年3月にデザインリニューアルしたFrom AQUAに採用した。これが話題を呼び、"落ちない"ことと、キャップが戻らないようにカチッと固定することを掛けて翌年から「"落ちない"キャップで"カチッ"(勝ち!)」と題した受験生応援キャンペーンを展開。"きっと勝つと"の「キットカット」と並ぶゲン担ぎ商品として合格祈願グッズの新定番になるオマケまで付いた。

会員組織でリピーター育成

 データに基づく商品開発・改良により、2010年度には年間約900万人だったSuica利用購入者が2012年度に約1100万人へ増えるなど、利用者のすそ野が広がった。だが半面、月2回以上購入するヘビーユーザーの構成比は10%から7%へと減っている課題もデータから浮上した。

2015年12月1日発売の青森りんごシリーズ6の第3弾「青森りんご トキ」
2015年12月1日発売の青森りんごシリーズ6の第3弾「青森りんご トキ」

 そこでリピート利用促進を目的に2013年5月、会員組織「acureメンバーズ」を開設した。SuicaのIDを登録してSuica読取機が付いている駅ナカ自販機「acure」で飲料を購入した会員に1ポイントを付与し、ポイント数に応じてプレゼントなどに応募できる仕組みだ。プレゼントが飲料の場合、当選者は商品選択画面にデジタルサイネージを導入している次世代自販機で受け取ることもできる。また、2015年4月から年間の累計取得ポイントによって5段階にグレード分けし、次世代機で購入後に表示する動画をグレードが高い会員ほど豪華にするなど、細かい演出でリピートを促している。

 acureメンバーズは、CRM(顧客関係管理)プログラムであると同時に、acureメンバーズコミュニティでお題を出してメンバーが投稿するというコミュニティ機能も持ち合わせている。ここで新商品の感想や、飲用シーン、もう一度飲みたい思い出のドリンクなどを尋ねて開発のヒントにするほか、パッケージデザインのWebアンケートを実施することもある。

 「青森りんご」のパッケージについて実施したWebアンケートでは、黒を基調としたデザインが人気を集めた。これは同社社員も予想外の結果だったが、実際に商品に反映したところ、売れ行きは好調だという。データ分析×会員のリアルの声の組み合わせが、最適解に近づく王道のようだ。