Warby Parkerはオフラインでの体験を重視し、通常の買い物行動のプロセスである「選択→購入→使用」から、「使用→選択→購入」に組み替えている。メガネは日用品や洋服のように、年に何度も購入する商品ではない。いくら価格が下がったとしても、「失敗してもいいか」という気持ちにはならない。視力検査の処方箋を伴うため、わざわざ店舗にいくという面倒さがある一方で、やはりどうしても、オンラインだけでは不安が残る。そのような顧客にとって、Warby Parkerのチャネルは大きな価値がある。同じメガネを買うにしても、チャネルデザインによって、従来とはまったく違う購買体験を作り出しているのだ。
使用段階を前に持ってくるこの戦い方は、顧客の不安をなくすだけでなく、顧客との最初のつながりをつくるハードルを大きく下げている。Warby Parkerは、顧客の氏名や住所や好みを入力してもらう代わりにサンプルで提案するという対話を通じて、顧客とのつながりを築いている。
このつながりが、購入前に商品を身につけた写真をSNSにあげてもらうという、Warby Parker独自の販促策をつくりだしている。SNSで友人やWarby Parkerからのコメントを受けることで、さらにお気に入りの1本を選び、Warby Parkerへの愛着も深まっていく。
顧客がサンプルを使用してみて、どれを選び、どれを選ばなかったのかというのは、貴重なデータだ。このプロセスを多くの顧客と繰り返すことで、ヒットする商品の予測が立てやすくなる。商品のデザイン開発のためだけにリサーチを行ったり、ヒットするかどうか分からない商品を大量に製造したり、大量の広告を打ったりする必要はない。これらが95ドルからという圧倒的な低価格を実現することにも、つながっているはずだ。
Warby Parkerの事例に2つの発見
Warby Parkerの事例からは、2つの発見がある。1つは、オフラインでの使用体験を重視し、買い物行動プロセス自体を組み替えるという発想である。「購入前に使用する」というチャネル設計は、物流の進化によって他のオンライン企業にも拡がってきている。Amazonもファッション・カテゴリーであるAmazon Fashionで「返品0円」とし、「自宅で、自由にフィッティング」と打ち出している。試着後に最大30日間は返品が可能で、返品・返送料も0円というシステムだ。
顧客は気になったものをまとめて注文しておいて、気に入らなかったものをすべて返品する。これはもはや返品というよりも、購入前に試着するための仕組みである。Warby Parkerのチャネル設計は、まさに「購入前に使用する」というこれからのトレンドをいち早く捉えたものと言える。
もう1つは、このようなチャネル設計が適用できる業界は、ほかにもありそうだということである。メガネやアパレルといった嗜好性の高い商品は、企業から見れば返品のリスクが高く、顧客から見れば失敗のリスクが大きい。先に体験させることでハードルを下げ、それによって顧客とのつながりをつくることが可能になれば、ビジネスを有利に進めることができる。
ファッション・アイテムでは、前述したLE TOTEなどもレンタルという形を採って商品を先に体験させ、購入へのハードルを下げている。インテリアや高額な耐久財にも、この発想を使ったチャネル設計はあり得そうである。
チャネルシフターの1つであるWarby Parkerは、顧客時間に寄り添ってオンラインとオフラインのチャネルを柔軟に組み合わせ、他社にはない購買体験を描いている。そしてそれによって、顧客とのつながりを強めていることが、理解頂けたと思う。
さて、この連載も次回でいよいよ最終回だ。次回もチャネルシフトの戦い方の全容を、極力お伝えできるように努力したい。しかしどうしても、誌面には限りがあるため、本誌での掲載内容も含めて書籍にまとめることになった。「世界最先端のマーケティング ~顧客とつながる企業のチャネルシフト戦略」(日経BP社)というタイトルになる予定である。
連載では取り上げ切れなかった多くの国内事例や背景理論なども、詳しく解説している。こちらもぜひご期待いただきたい。