このほど50万人を超えたとアナウンスがあった日経電子版の有料読者のうち、気づいている人はどれくらいいるだろうか。アステラス製薬が日本経済新聞の金曜日の朝刊に出稿している企業広告「120文字のアステラス」の、ある工夫についてである。
アステラスの広告は、新聞紙面のほぼ下半分近くを占める広告スペースのすぐ上に位置する、5~6cm四方の「突き出し」広告と呼ばれるもの。社内の各部署から業務内容と仕事にかける想いを募り、部署名と実名、本人の顔のイラスト付きで120文字のメッセージとして掲載している。2016年8月から2017年3月まで35週にわたって原則金曜日に掲載中の広告企画だ。


突き出し広告はスペースが小さいため、読者の目に留まりやすくするにはひと工夫が必要だ。そこで、赤い枠線で広告枠を囲うことにした。工夫としては至ってノーマルな方法だ。しかしこれがオンラインメディアの日経電子版では効力を発揮する。
スマートフォンやタブレット上で新聞紙面そのままを閲覧できる有料会員向けの専用アプリ「紙面ビューアー」には、あらかじめ登録したキーワードの記事を赤枠で囲って表示する機能がある。自社名や商品名、気になるキーワードなどを登録しておくことで、見落としを防げる。このアプリ利用者でキーワードを指定している人は、アステラスの広告の赤枠が目に留まり、思わずスクロールする手が止まる、というわけだ。結果として電子版に最適化した“ネイティブ風広告”になっている。
有料読者かつ紙面ビューアーアプリ利用者、さらにキーワード登録者と、対象者のハードルはかなり高いが、「拡大したらアステラスの赤枠広告だった(笑)」といった声がSNS上で上がり始めている。この企業広告を担当する同社広報部コミュニケーショングループ係長の塚原宏樹氏は、「まず紙の新聞紙上で目に留まることを目指した工夫だが、アプリを使いこなしている方にも注目していただけたら嬉しい」と語る。
元は朗読CM企画だった
「それにしてもなぜ120文字なのか」「Twitterに合わせて140文字がいいのではないか」と思う人もいることだろう。この企画は元々、2010年8月から半年間、テレビCMで100話を超えるエピソードを一話一回限りで朗読するCM企画だった。120文字は、30秒CMにちょうど合う長さだったためだ。
これは予定通り半年で終了したが、塚原氏が広報に着任した2015年、過去に好評を博した120文字企画に着目し、ラジオCMと新聞広告で展開することにした。このメディア選定について塚原氏は、「ラジオは近年若い人にも熱心なリスナーが多く、個々人が呼びかけられている感覚を持てる、古くて新しいメディア。また120文字のメッセージ訴求力は、企業のトップ対談記事などと比べても、読後の好感度や理解度、期待度などの向上が遜色ないことが、リサーチの結果、把握できている」と語る。
ラジオは、大阪・朝日放送(ABCラジオ)で一社提供している「アステラス製薬・健やかライフ」のコーナーで毎週、名物アナウンサーの三代澤康司氏が朗読している。首都圏でも2016年春から半年間、「TOKYO FM」の朝番組「クロノス」で、人気の高い女性アナウンサーが読み上げていた。
今回改めて社内から募った、仕事にかける想いやエピソードには、感動的なものが多い。くすりの開発とは直接関係が薄い経理部からも、「私の仕事は『決算書』というアステラスの健康診断書をつくること」「世界にまだないくすりで、患者さんを健康にする。そのために、まず会社が健康でないといけない」といった原稿が寄せられ、掲載になった。
ジャンルとしてはコーポレートPR施策ではあるが、「イントラネットで公開することで社内広報にもなり、医療従事者向けに配布している冊子『Astellas Square』に載せることでMR(医薬情報担当者)にとって医師向けのコミュニケーションツールになり、さらには就活学生にさまざまな部署の社員の姿を伝える役目も果たしている」(塚原氏)。
アステラス製薬は2005年に山之内製薬と藤沢薬品工業が合併して医療用医薬品(処方薬)専業になり、市販薬を通じた一般消費者との接点を失って久しい。そのため、社員が語る形式をとることで、身近さを演出する狙いがある。一連の120文字広告展開は、BtoB専業企業における企業広告の多重活用例として、参考にできるところが多そうだ。