【フェーズ3】営業との連携
営業によるWebサイト運営でデータ活用の重要性を浸透

 R.STYLEの開設に当たって、福本氏らが、激しく衝突した相手が営業部門だった。それまでリンナイの製品の大半は、ガス会社や工務店などの取引先を介して販売していた。直販はいわばそうした流通企業の中抜きにもなりかねない。取引先の間で不信感が広がれば、真っ先に影響を受けるのは営業部門だ。「ECサイトによる直販に乗り出すという話が出た当時、営業部門としては、やはりすぐには受け入れがたい部分はあった」と営業本部営業部営業企画室の中尾公厚部長は言う。

 もちろん、R.STYLEで販売する商品はあくまで交換部品。主力商品は販売しない。それでも、「取引先の中には、商品購入後のメンテナンスサービスも含めて提供している企業もある。たとえ交換部品であっても直販は困るという声があった」(中尾氏)。そのため、長らく営業部門とeビジネス推進室の間には溝があった。

 しかし、顧客の生の声を持つという強みは営業の現場でこそ生きる。今、自社で販売ルートを持たない多くのメーカーは弱い立場にある。顧客の情報を持つ流通企業の声が強くなり、メーカーに対して、流通企業が売りたい商品の製造を要求することも少なくない。だが、流通企業が顧客のニーズを十分に把握できているかというと必ずしもそうではない。あまりにもメーカーが顧客のことを知らないため、直接顧客と対面している流通の意見に反論するのが難しかったのだ。

 メーカーが顧客のことを知れば、流通との間にあるギャップを埋め、営業力を高められる。例えば、流通企業に対してどういう売り方をすべきか、どんな商品を消費者は求めているのかを提案できるようになる。

 だからこそ、R.STYLEのデータは営業部門でも有効活用できる可能性があった。そのため、「連携をすべきと判断した上層部が営業部門との定例会を設けてくれた。その場で、R.STYLEに集まるデータの重要性を説明していった」(福本氏)。

 営業部門との連携が大きく前進するきっかけとなったのが、電気とガスを組み合わせたハイブリッドな暮らしを提案するサイト「オール電化の次は?navi」の運営だ。同サイトはオール電化に対抗し、給湯や暖房、キッチンなどさまざまな分野で電気とガスを組み合わせることのメリットやデメリットを伝えることを目的としている。このサイトの運営主体は営業部門だ。「テレビCMや流通を介した説明では、新しい暮らしを提案してもそのメリットが伝わりづらい。きちんと伝えるにはネットが有 効だと考えた」(中尾氏)。

アンケートで得たデータを営業活動に生かす
アンケートで得たデータを営業活動に生かす

 ところが、営業部門ではWebサイトの運営経験がなかった。そこで、協力したのがeビジネス推進室だ。eビジネス推進室はオール電化の次は?naviのSEO(検索エンジン最適化)対策などで集客を支援したほか、「ハイブリッドな暮らしの読本」など の小冊子を作り、サイト上で会員登録を申し込んだ人に無料配布して会員を集めた。これまでに寄せられた資料請求の件数は累計14万件に上る。そして、同サイトでは定期的に住まいや光熱費などに関するアンケートを実施しており、これまで3万5000人分のデータを取得している。

 「資料請求をした人の中にはオール電化の家に住んでいる人も多い。そうした人たちに、年間の光熱費や、実際に使っている設備などについて簡単に尋ねられる。競合であるオール電化の家に住んでいる人の情報が手に取るように分かる」(中尾氏)。

 取得したデータは営業活動に大いに役立っている。例えば、住宅メーカーに対して、どのような世帯であればハイブリッドの方が向いているかを、会員アンケートから割り出した具体的な光熱費を基に、提案する。「従来なら建築会社に受ける提案だ けをしていたが、エンドユーザーが望む生活を自信を持って提案できるようになった」と中尾氏は言う。「営業部門が顧客の望む商品をデータで説明できるため、流通の不当な要求にも応える必要がない」(福本氏)。

 取得したアンケートデータは、消費者向けの冊子作りにも生かしている。オール電化のデータといっても、地域によって電力会社は異なり、料金体系や消費電力も異なる。そこで、全国からデータが集まる利点を生かし、掲載するデータを変えて地域別に冊子を作っている。これをオール電化の次は?navi上で配布し、さらなる資料請求獲得を狙う。

 eビジネス推進室の協力を得ながら、営業部門が主体となって自らサイトを運営したことで、顧客の声を聞くことがいかに重要であるかの理解が促進された。現在はR.STYLEにおいても、必要に応じて営業部門と協力しながら顧客からのデータを吸い上げている。冒頭で紹介したDELICIAのキャンペーンもその一環だ。「キャンペーンを実施するなら、その時に顧客の声やデータを取得しておけば後で役立つ」(中尾氏)。このため、営業部門でも積極的にデータを取得して活用するようになるなど、社内に変革が起きている。

グループ会社のデータ活用も支援

 さらに、eビジネス推進室はグループ企業のデジタルマーケティングの支援も任されるようになった。リンナイ子会社でセラミックプレート製造のジャパンセラミックス(岐阜県可児市)のWebサイト刷新は、eビジネス推進室が手掛けたのだ。

子会社ジャパンセラミックスは、eビジネス推進室の協力を得てWebサイトを刷新した
子会社ジャパンセラミックスは、eビジネス推進室の協力を得てWebサイトを刷新した

 主にリンナイ製品向けのセラミックバーナーを製造しているジャパンセラミックスの問題は、リンナイへの依存度の大きさ。リンナイの業績が悪化した場合、その影響をそのまま受ける恐れがある。リンナイ以外の企業から仕事を請け負うための外販を強化して、経営基盤を強化することが喫緊の課題だった。

 ところが、基本的にモノづくり一本の会社で営業担当者は全くいない。そこで、目をつけたのがWebサイトだった。当時、問い合わせは年に数件と極めて少なかったが、それらはすべて、ほとんど手を付けていないW e bサイト経由だったのだ。「きちんと整えれば問い合わせが増加する」と梅村武司社長は考えた。そこで、刷新に向けてeビジネス推進室に相談を持ちかけた。

 サイト刷新に当たり、まずアクセス解析を導入し、サイト訪問者がどのようなキーワードで訪れているかを調べた。それにより9つの核となるキーワードを洗い出した。そこから売り出したい商品などに絞り、「多孔質セラミック」「ハニカムセラミックス」「セラミックハニカム」「セラミックプレート」の4つのワードでSEOを強化した。その結果、いずれのワードでも検索サイトで100位圏外からジャンプアップし、検索結果の1ページ目に表示されるようになった。

 これにより年間の問い合わせ件数は大幅に増加した。ところが、自社の技術では追いつかない高度な問い合わせも多く、すべてに対応しきれない。そこで問い合わせを吟味しながら、自社で対応できる領域の情報に絞った形でのサイト刷新を検討し ているという。「問い合わせをデータとして管理することで、これまで分からなかったニーズなども見え始めた」と梅村氏は語る。小さな一歩かもしれないが、グループ会社のデータ活用も進み始めた。

 R.STYLEは2005年の内藤弘康氏の社長就任を機に、リンナイの経営を支える新たな柱になることを期待して開設した。それから10年が経ち、ようやく経営を支えるデータ基盤へと成長しつつある。「顧客を知る」。そのシンプルながら、簡単ではないことに挑戦することが、メーカーの未来につながることを、リンナイの事例は教えてくれる。

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