自社EC(電子商取引)に寄せられたクチコミを、商品の開発や改善、営業提案にまで活用。独自のデータ経営に取り組むリンナイの「強さの秘密」を徹底取材で解き明かす。
レシピ本、グリル用スポンジ、料理用ミトン。これらはこの半年間にあるメーカーが新発売した商品群である。そのメーカーとはリンナイ。言わずと知れた大手ガス器具メーカーである。同社の主な製品は、ガスコンロや給湯器といったガス器具だ。当然これまで出版の経験などはない。ではリンナイはなぜ、“本業”とは言い難い商品を相次いで発売しているのか。その理由は明快で、顧客が望んでいるからだ。
リンナイは、ネットを活用した顧客の声の収集に熱心に取り組んでいる。新商品を発売する度に、商品に対するクチコミを取得する。集まったクチコミデータを解析することで、商品改善や新商品開発の芽を見つける。そして実際に顧客の声を生かすことで、満足度を高めてリンナイへの愛着を持ってもらい、長期的な顧客との関係を構築していく。

その舞台となるのが自社運営のEC(電子商取引)サイト「R.STYLE」だ。リンナイ製品の交換部品を販売するサイトとして、2006年に開設された。当初は小さな存在だったが、年を追うごとに会員を順調に増やし、現在は会員数が約40万人に達している。会員の増加によって、同サイトに集まるデータも大きく増えている。実はこのデータがリンナイの経営にとって極めて重要な存在になっているのだ。流通を介して商品を販売するメーカーでありながら、エンドユーザーの望むことが、手に取るように分かるからだ。それに応えることが、リンナイへの信頼につながる。
データの活用先は、商品の改善・開発から営業部門など多岐に及び、さまざまな意思決定の中で使われる。ECサイトで取得した顧客データがリンナイの経営の根幹となっている。まずは、最新のデータ活用事例から紹介していこう。
7カ月で6000件のクチコミを獲得
実は冒頭で紹介した商品群は、このR.STYLEに集まった顧客のクチコミ解析から生まれた。リンナイはビルトインコンロ「DELICIA(デリシア)」のオプション品として2014年、DELICIAのグリルで使える金属製鍋「ココット」と「ココットダッチオーブン」を発売した。同商品の発売に合わせて、DELICIAを購入してR.STYLEに会員登録し応募すればココットが必ずもらえるというキャンペーンを実施。このキャンペーンによって、DELICIAの販売台数は前年比で11%増加した。それだけでなく、応募の条件としてクチコミの投稿を設定した。「これまでにない商品なので、良し悪しを見極めるため、すぐにでも顧客データを集めたかった」(管理本部eビジネス推進室の福本啓史室長)。その結果、ココットに関するクチコミは発売から7カ月で6000件を突破した。ECサイトというプラットフォームを使うことで、短期間で全国からクチコミを集めることに成功した。
クチコミは単に集めただけでは意味がない。そこに眠るヒントを見つけ、次の施策に生かさなくてはならない。そこで、クチコミを解析して5660の単語群に落とし込み、改善すべき点などを分析した。すると、最も多く見受けられた意見が「レシピが弱い」だった。「新しい商品のため、どう使えばいいのか分からないという声が多かった」(福本氏)。
この声に応えることで、ココットの利用促進、ひいては市場拡大につながると判断。リンナイ初の出版物として、ココットを使ったレシピ本「Bonappetit!! 100 CUISINE」を制作し、2015年9月に発行した。

レシピ本を制作する上でも、掲載するレシピ選びのために顧客データを活用している。リンナイは、DELICIA購入者向けのプレゼントキャンペーン応募時のR.STYLE登録のタイミングで、料理の頻度やよく作る料理など、8問のアンケートを実施している。過去のキャンペーンでも同様のアンケートを実施しており、これらを合わせると4万人超の顧客データを集めていた。そこでこれらの顧客がどういった価値観を持っているのかを分析した。
顧客の価値観に合わせたレシピ本
分析に活用したのは、デジタルマーケティング支援のシナジーマーケティングが提供する顧客の価値観分析サービス「iNSIGHTBOX(インサイトボックス)」。データを分析し、購買などの行動の要因となる顧客の価値観を12のパターンに振り分けるサービスだ。顧客にどんなタイプの人が多いのかが分かる。
分析によると、DELICIAの顧客は「社交的な堅実ホームメーカータイプ」が23.4%を占め、最も多いことが分かった。このタイプは「協調性があり人に喜んでもらう事で幸せを感じる。また、好奇心も旺盛で、自分磨きも怠らない」傾向にあるという。
また、「料理をする頻度も高く、自宅に友人を呼んでパーティーを開くなど、人をもてなすことに喜びを感じる人が多かった」(福本氏)。そこで、レシピ本の制作に当たっては、著名なシェフの協力を得て、パーティーの時などに使えるレシピを中心に掲載することにした。
また顧客の声からは、ココットで調理をした場合、鍋そのものが高温になり、「付属のミトンでは熱い」といった意見や、「鍋のふたの汚れが落としにくい」という意見も多く見られた。そこで、意見を参考に専用のスポンジや300度にも耐えられるミトンなどを開発。R.STYLE上で2015年10月から販売を開始した。スポンジは既に5000個以上を出荷するヒット商品となっている。
他にも、クチコミの内容から「ヘルシーに」「油はねしない」「スイッチを押すだけ」といった、顧客がよく利用する言葉や表現を抽出。従来は機能などスペックをうたう内容だったパンフレットを、ライフスタイルを伝える形に刷新し、その中の文言に生かしている。
このように、リンナイにおいてECサイトで得られるデータは、商品開発からパンフレットの刷新まで、幅広い範囲で活用されるようになっている。しかし、ここまでの道のりは決して平坦ではなかった。経営企画部門の下のeビジネス推進室を拠点とする福本氏らの取り組みは、それまで似た経験がなかったゆえ、当初は社内からの理解は得にくかった。