【フェーズ1 社内啓蒙】
顧客からの改善要望を社内クチコミ閲覧サイトで伝達
「R.STYLEのデータ分析に携わるようになった頃から他部門を巻き込みたいと話していた。そこで、データがある程度たまった段階で福本氏と共に工場まで行き、顧客の声を商品開発に生かすことを提案したことがある。しかし、当時は壁を感じた。開発部門にも、それまでのスキームがあり、すぐに受け入れてもらえなかった」と、シナジーマーケティングのiNSIGHTBOX事業推進室の後迫彰室長は語る。
開発部門が懸念したのは、「既存の顧客からのデータだけではバイアスがかかるのでは」(福本氏)という点だ。福本氏らは、R.STYLEの会員へのアンケートを有効活用すれば商品開発にも生かせると考えてはいたものの、現場の懸念を払拭するのは簡単ではない。一足飛びに商品開発にデータを生かすのは難しいと判断し、まずは、粛々とECサイトのメールの開封率や会員獲得に力を注ぎ、データを蓄積。他部門にそのデータを提供していきながら、時間をかけて理解を得ていくように考えを改めた。
そうして、R.STYLEを運営していく中で、福本氏はあることに着目する。それは、交換部品という極めてニッチな商品の販売サイトにもかかわらず、多くのクチコミが投稿されるという点だ。しかも、そのクチコミを解析してみると、通常のECサイトとは性質が大きく異なることに気が付いた。
通常、多くのECサイトでは、商品を購入した人が、次に購入を検討している人に対して、商品を利用した感想などを投稿するケースが多い。一方、R.STYLEに投稿されるクチコミは「この点を改善してほしいなど、明らかにリンナイに対するメッセージが多かった」(福本氏)。
R.STYLEでは商品購入者の5.3%がクチコミを投稿する。例えば、グリルで使う網には175件ものクチコミが投稿されている。その内容は「フッ素加工がはがれている商品が届いた。加工が弱いのではないか」といった具合だ。なぜ、たかが焼き網にこれほどのクチコミが投稿されるのか。福本氏は直接会員に聞いてみることにした。
その結果、62%の会員が「自分の意見を製品に生かしてほしいから」と回答した。つまり、メーカーが運営しているから、意見を伝えれば改善などにつながるのではないかと期待を抱いている会員が多かったのだ。
R.STYLEには、これまでメーカーが持てなかったエンドユーザーの声が集まり始めていた。この期待に応えることが、リンナイへの信頼度を高め、ひいては買い替えなどの継続的な製品利用につながるはず。そこで、顧客の声が集まっていることを社内に知らしめ、その価値を啓蒙するために開設したのが、社内向けのクチコミ閲覧サイトだ。
「どれだけクチコミが多くても、単に並べただけでは誰も見ない。各部門が自分たちに関係するクチコミを見られるように整える必要があると考えた」(福本氏)。
そこで社内向けクチコミ閲覧サイトを開設。eビジネス推進室では毎朝、R.STYLEに投稿されたクチコミを集約し、給湯器、コンロ、サービスなど製品やカテゴリーごとに振り分け、クチコミ閲覧サイトに掲載するようにした。クチコミは型番や商品ジャンルで検索できるのに加え、ポジネガ(好意的か否定的か)でも検索できる。
「R.STYLEはスタートの時点では経営企画部の下の実験的プロジェクトと表向きには言っていた。しかし、裏ではかなり本格的に運営してきた。そしてデータの蓄積や売り上げ実績が出始めた4~5年後に、本格開始と銘打って顧客の声を社内で共有できるクチコミ閲覧サイトを整えた」。R.STYLEの立ち上げを主導したリンナイ取締役の小杉將夫常務執行役員はこう振り返る。
これが奏功した。「これまで多くの社員は、商品を実際に使ったときの感想や、交換部品がすぐ手に入ったときの喜びの声など、生々しい顧客の声を聞いたことがなかった。そんなリアルな声が寄せられていることが、次第に他部門にも伝わっていった」(小杉氏)。その結果、商品開発部門がついにR.STYLEに集まる声に基づいて、商品改善に乗り出した。
【フェーズ2 商品改善】
4年で2度のマイナーチェンジ、前年比4倍以上の売れ行き
クチコミに基づいて改善した1つが「ハッチガード」と呼ばれる商品だ。ガステーブルコンロに取り付けるオプション品で、コンロを設置した時、後ろ側にできる隙間に、食材や油はねが落ちることを防ぐ。ハッチガードはフタ付きなので、ガスの元栓の点検時にも、取り外さずにフタを開けるだけで済む。しかし、一部の商品ではフタが閉まらないことが、クチコミから明らかになった。
クチコミで指摘されたのは、ガラストップのテーブルコンロだ。天板には排気口が備え付けられているが、デザインを重視してガラス面を広げた結果、排気口が通常より後部へと追いやられ、結果的にハッチガードのフタが排気口に引っかかり、閉まらなかった。「テーブルコンロの中でも高額なガラストップ製品に加え、オプションまで買ってくれるようなロイヤルティの高い顧客が、結果として不満を持つことになってしまう」。福本氏はそう開発部門を説得。商品を改善した。
こうして改善を施した場合は、必ず商品の詳細ページに改善点を掲載するようにしている。「不具合を認めることになるため、掲載を危惧する声もあった。しかし、きちんと改善したことを伝える姿勢が信頼につながり、さらなるクチコミの投稿につながると考えた」(福本氏)。
既存の商品の改善だけではなく、会員とともに商品を徐々に進化させる、いわば共創にも取り組んでいる。その対象商品の1つが白いコンロの「HOWARO」だ。HOWAROは R.STYLE発のオリジナルテーブルコンロ。通常、テーブルコンロは汚れが目立たない黒やシルバーの筐体を主に採用する。しかし、若い女性を中心に「かわいいコンロがほしい」というニーズが高まっていた。この声に応え開発したのがHOWARO。 販売ルートはR.STYLEのみだ。
このHOWARO、発売から4年の間に2度のマイナーチェンジをしている。いずれも購入者の声に基づいたものだ。初代は天板の色がわずかながらグレーがかっており、「すべて真っ白を実現してほしい」という声が多く寄せられた。これを実現し、魚を焼くグリル部分も白で統一したのが2代目だ。その2代目には、「グリルを水なしにしてほしい」など、機能についての要望が多く寄せられていた。
そして、2015年4月に発売したのが3代目HOWAROだ。要望の多かった水なしグリルを実現した。また、「過去の購入者は20代後半~30代が多く、想定よりもターゲット層は少し年齢が高いことが分かった」(福本氏)。そこで、従来より上の世代を狙 ったデザインを採用した。
その結果、3代目のHOWAROは前年比で4倍以上の売れ行きを見せ、年間目標をわずか5カ月で達成するヒット商品となった。さらに、商品力が増したことで、広告のコスト効率も向上する副次的な効果まで表れた。「広告の運用方法は変えていないのに、1台を販売するのにかかっていたCPA(顧客獲得単価)は半分以下にまで落ちた」(福本氏)。これにより収益性は大幅に向上した。
こうした経験の積み重ねにより、新商品を販売する場合に顧客の声を集めるという文化が、リンナイには根付きつつある。「顧客とメーカーが生活を通じて直接つながっていく。常に顧客のことを気にかけている姿勢こそがブランドの支持につなが る」(小杉氏)。商品の開発から、販売、そしてアフターサービスという、マーケティング活動の上流から下流までを、ECサイトというプラットフォームを通じて一気通貫でつなぐ。それは次世代のメーカーのあり方とも言えそうだ。